地球上で私たち人類が集団で生活するようになると、言葉を話したり聞いたりすることにより、お互いにコミュニケーションを図る言語活動がみられるようになりました。さらに、古代文明において記録の手段としての文字が考案されて、文字を書いたり読んだりすることで、文明は一層の発展を遂げました。文字の使用によって法律や学問、さらには芸術などの文化が花開いたのでした。
集団生活を営むようになって、病気やケガは先史時代から今日に至るまで、私たちが避けて通れない苦難のうちの一つとなっています。したがって、障害者の存在も、歴史とともに古いといえるのではないでしょうか。キリスト教の新約聖書にも視覚障害者が描かれていますし、わが国においては平安時代に琵琶法師が活躍していました。
視覚障害者が文字の形そのものを触って認識できれば、文字文化の恩恵にあずかることは十分可能です。中世のヨーロッパにおいて、また、わが国の江戸時代においても先駆的な試みが行われています。それは、粘土板に書いた文字、木板に刻んだ文字、紙を切り抜いた文字、紙縒を張り付けた文字等々です。しかし、晴眼者と比べて遜色なく読み書きできたかというと、けっしてそうではありませんでした。
このような晴眼者が使用する文字の形から離れて、視覚障害者にとってたいへん都合のよい文字の考案に成功したのが、フランス人ルイ・ブライユ(Louis Braille、1809~1852年)でした。ブライユは3歳で失明し、1819年2月にパリの盲学校に入学しました。そして卒業後は、同校の教員として後進の指導にあたりました。ブライユは1825年に六つの凸点による点字の骨子を完成させ、1829年には『言葉、音楽、そしてグレゴリオ聖歌を点を使って書くための盲人用の方法』という本を著しました。これが、“点字の出生届”といわれる本です。最初のうち点字は、生徒の個人的なメモや宿題に用いられていましたが、やがてその使用も盲学校の教育全般へと拡大され、ついに1854年、ブライユの6点式点字がフランスで正式に承認されました。その後ヨーロッパ各国やアメリカ大陸にも普及し、今日では全世界でブライユの点字が広く使用されています。
わが国にブライユの点字が紹介されたのは、江戸時代の終わりから明治にかけての時期でした。しかし、盲児の教育を開始した京都盲唖院や楽善会訓盲院(後の官立東京盲唖学校)では、やはり当初は種々の方式による凸字が用いられていました。ブライユの点字を最初に教育実践にとりいれたのは、東京盲唖学校教員小西信八でした。小西は、1887(明治20)年に生徒の小林新吉にブライユの点字を教えてみました。それはアルファベットによるローマ字式ではありましたが、小林は1週間で自由に読み書きできるようになりました。ブライユの点字はたいへん便利で有効であることが実証され、その日本語への翻案が急務となってきました。同校の教員たちや生徒たちによる様々な工夫や研究が、熱心に進められました。そして選定会を開いて検討した結果、1890(明治23)年11月1日に同校の教員石川倉次(1859~1944年)の案が、採択されました。石川によって完成された点字の案は、五十音の構成に配慮したたいへん合理的で使いやすいものでした。この選定会において決定された事柄は、五十音、濁音・半濁音・撥音・促音・長音・つなぎなどの符号、数字に関してはブライユのものをそのまま採用すること、等々でした。晴眼者でありながら触読の特性を熟知していた石川は、濁点と半濁点を前置することにしました。これは卓見でした。なお、石川は“日本点字の父”と呼ばれ、現在11月1日は「日本点字制定記念日」となっています。
こうして日本の点字が制定されてから約10年間は、墨字(点字に対して、普通に書いたり印刷したりした文字)と同じように歴史的仮名遣いを用いていました。しかし、1898(明治31)年に石川は拗音点字を発表し、表音的仮名遣いへの道を開きました。1900(明治33)年の小学校令の改正で小学校の教科書に“字音仮名”が採用されると、それがすぐに点字表記にもとりいれられました。これ以後点字は、漢語(音読みの言葉)を表音式仮名遣いで書き、和語(訓読みの言葉)を歴史的仮名遣いで書く“折衷仮名遣い”の時期を迎えます。やがて大正期には、和語も表音式仮名遣いとなります。そして、今日では、点字の基本的な仮名遣いは、「現代仮名遣い」(1986年改定)にほぼ対応しています。なお、このようにして体系化されてきた日本の点字は、1901(明治34)年4月22日の官報に「日本訓盲点字」として掲載されました。
わが国において点字は、徐々に市民権を獲得してきました。1922(大正11)年には、国政選挙における点字投票が、世界に先駆けて実現しました。現在では、かなりの数の大学や一部の公立高校の入試は、点字で受験できるようになりました。また、一部の国家公務員試験およびいくつかの自治体の公務員や教員の採用試験も、点字受験を認めています。さらに、司法試験、情報処理技術者試験、実用英語技能検定などの公的資格試験も、点字による試験を実施しています。こうした点字受験の実現は、多くの視覚障害者や関係者の長年にわたる努力の賜物であるといえるでしょう。
近年では、ノーマライゼーションやバリアフリーといった時代の趨勢に従って、日常生活の様々な場面で、私たちは点字をよく見かけるようになりました。駅の券売機の点字表示、公共建築物や駅などで階段の手すりやドアに取り付けられた点字プレート、各種施設や公園などに設置された案内板(音声案内や触地図も組み合わされています)等々は、視覚障害者にとってたいへん便利なものです。また、酎ハイやビールの缶の上部には、「オサケ」とか「キリン」という点字が、打ち出されています。さらに、一部の家電製品では何文字かの点字が、操作パネルなどに表示されています。こうした点字表示の増加に伴い、今日「点字サイン」という分野が、注目を集めています。それから、ファミリー・レストラン、ファスト・フード店、居酒屋チェーンのうちの何社かは、点字メニューを各店舗に備え付けています。特異な例ではありますが、私は、市販のフランスワインや日本酒の瓶に貼られたラベルの点字を読んで、とても感激しました。また、Tシャツや食器に点字をのせる試みも、大変興味深いものといえるでしょう。視覚障害者の使用する文字、点字が社会において広く認知され定着していくことは、喜ばしい限りです。と同時に、正しい点字表記や点字固有のレイアウトも、尊重されなければなりません。ともかく、以上のような取り組みのさらなる広がりを、今後とも期待したいと思います。
点字は、墨字と比較して、次のような特徴をもっています。
なお、点訳とは、墨字の原文をその内容にできるだけ忠実に点字に置き換えることをいいます。
点字を書くために用いる道具は、点字器といいます。そのうちで広く用いられているのが、点字盤です。標準的な点字盤は、板と定規と点筆のセットで、両面書きです。板は、メーカーによって木製とプラスチック製があります。定規は、2行32マス書けるようになっています。点筆は、木製またはプラスチック製の握りの部分に金属製の細い先端部分がついています。点字用紙をセットする場合は、板の左側の縁に紙をあわせて、右側の縁からはみ出た紙の部分を折り返し、折り返した部分を右側の上にして、紙押さえで固定します。裏面に書く場合は、紙を裏返しにして紙押さえの上の方の針で開いた穴を下の針に刺して固定します。なお、ページ数は、表ページの上部だけに奇数ページを書きます。点筆は、握りの上部を人差し指の内側に当てて、親指と中指で支えて握ります。紙に対して垂直に打ち込むことで、点字を書きます。
比較的安価で携帯に便利な懐中点字器も、よく使われています。これは、板と定規が一体となっていて、片面書きです。様々なアイディアが商品開発に生かされた「日点オリジナルN632」(6行32マス、日本点字図書館発売)が、初心者のための練習器として最適でしょう。
点字タイプライターには、片面書きのものと両面書きのものとがあります。これに加えて、キーの配列に関しても、凸面用と凹面用の2種類があります。どの点字タイプライターにも、点字の六つの点に対応した六つのキー、マスあけのためのスペースキー、1マス戻すためのバックスペースキー、行を送るためのレバーがついています。それぞれの点に相当するキーを同時に押すことによって、点字を1マスずつ書いていきます。代表的なものは、ライト・ブレーラー(弘誓社、通称「カニタイプ」)とパーキンス・ブレーラー(アメリカ製)でしょう。
最近では、パソコンと点字エディタを利用した点字入力が、急速に普及してきました。六つの点に対応するフル・キーボードの中の六つのキーおよびスペースキーなどを使って、点字タイプライターと同じように、点字を入力します。そのデータは、ディスクに保存できます。各点字エディタは、通常次のような機能を選択できます。
こうした点字入力は、次のような理由でたいへん便利です。
わが国において一般的に用いられている点字用紙のサイズは、次の2種類です。一つは、B5判(182mm×257mm)に綴代分の幅をプラスした「標準」のサイズ(191mm×258mm)です。もう一つは、「標準」より縦がさらに12mm長いサイズで、「寸長」と呼ばれています。なお、綴代分の幅の取り方は、業者によって多少異なることもあります。
点字用紙の厚さの種類は、薄手(90kg)、厚手(110kg)、特厚手(135kg)などです。ここでいう90kg、110kg、135kgとは、点字用紙1連(B1判相当の紙1000枚)の重さで、この重さが紙の厚さを表す単位になっています。普通、点字用紙の色は白ですが、「標準」のサイズ110kgに限っては薄緑色などもあります。そのほかに、点字プリンター用の連続用紙も、発売されています。点字用紙類は、点字図書館などの関係施設でおおむね取り扱っています。