点字ジャーナル 2025年2月号

2025.01.24

目次

  • 巻頭コラム:キャッシュレス時代の陥穽
  • 振動で歩行を支援する「アシラセ」―― 誕生秘話とそのニーズく
  • イノベーションと古い制度が混在する中国
      ―― WBUAPアクセシビリティーセミナー・イン・北京
  • スモールトーク 死ぬほどつらい帯状疱疹痛
  • セントルシアで視覚障害指圧師を育てる(4)カリブ海クルーズ船
  • ネパールに愛の灯を ―― わが国際協力の軌跡(6)眼科診療所の落成
  • 長崎盲125年と盲教育(22)原爆の被害と仮校舎での生活
  • 自分が変わること(187)ポーシャの涙
  • リレーエッセイ:人生を楽しみDスタイルあれこれ(上)
  • アフターセブン(119) 物価高を乗り切る心得
  • 大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
      (270)引退危機から這い上がった33歳の逆襲が始まる
  • 時代の風:近視の進行を抑える国内初の目薬、
      障害者の困りごと解決へAIやVRを活用、
      運動で長期記憶力向上、
      健康寿命 前回調査からほぼ変化なし
  • 伝言板:かわさき冬のコンサート、
      劇団民藝公演、
      季節の語り冬、
      第1回春のチャリティー音楽祭プレミアムライブ2025
  • 編集ログ

巻頭コラム:キャッシュレス時代の陥穽

 私が初めてクレジットカード(クレカ)を作ったのは、1988年に単独で米国出張に行くことになったためだ。米国でピンチに陥ったときの用心のためにはマスターカードとビザカードを所持していたら心強いと聞き、それら2枚のクレカを作ったのだった。
 幸いなことにピンチは起こらず、その後は何年もまったくクレカを使わない時期が続いた。携帯電話を持つようになってからは、もっぱらその利用料金の支払いと、行きつけの書店に探している本がなかったときに、当時はオンライン書店であったアマゾンから書籍を購入するときにマスターカードを使うようになったが、それも月に1・2回程度だった。
 ここ数年、高齢となった両親の介護のために頻繁に熊本に帰郷するようになると、ちょっとした小物までクレカで買うようになった。だが、使うクレカはマスターカードだけ、買い物は多様な日用品も販売するようになったアマゾン一本に絞り管理を容易にした。しかもスマホのタッチ決済やおサイフケータイ等、便利な機能には落とし穴があると考えて、あえて使わないことにした。
 ところが昨年11月の日曜日の昼下がり、クレカ社員を名乗る人から私のスマホに電話があった。そして中東の通販業者の名前を言って、そこで5万数千円の買い物をした覚えがありますか? と聞かれた。私は猜疑心全開で、その業者の名前を聞き返してメモした。そして、「その業者と取引した覚えはまったくありません。私は買い物はアマゾンしか使いませんから」と答えると、「スカイマークとアゴダは使いましたか」と聞かれたので、相手が本物のクレカの社員であることを確信した。そして態度を改めて「使いました」と答えると、「旅行代金以外の買い物はアマゾンのみで間違いありませんね」と聞かれ「そうです」と答えると、今使っているクレカは今すぐ停止するので、私のクレカの番号を述べて確認を求めた。そしてクレカをはさみで切って廃棄するように言われた。
 私の周りで偽札を掴まされた人は皆無だが、クレカ情報流出によるトラブルに遭った人は何人もいる。国家としての威信以外に、日本でキャッシュレスを進める必要性は本当にあるのだろうか?(福山博)

振動で歩行を支援する「アシラセ」
―― 誕生秘話とそのニーズ ――

 【釈迦に説法だが、私たち視覚障害者は、白杖や盲導犬を使って残存視力を活用したり、耳や足の裏から情報を得ながら安全を確認している。
 (株)アシラセは、振動を応用したデバイスによる歩行ナビゲーションシステムAshirase(アシラセ)を開発した。視覚障害者向けに開発されたものだが、先頃家電量販店での販売を始めたことも注目されている。
 アシラセ開発の経緯を同社代表取締役の千野歩(チノ・ワタル)氏に聞いた。聞き手は本誌・岩屋芳夫。以下、敬称略】

  アシラセ開発の強い動機

 アシラセは、デバイスとスマホの「アイフォン」アプリを連携して歩行をナビゲーションする。デバイスは重さ約60gで、本体と振動部からなる。本体は、電池やモーションセンサーが搭載された直径4cmほどの丸いプレートで、スマホとの通信で振動を制御する。
 振動部は、「エラストマー」というやわらかい樹脂で、幅3cm、長さ20cmほどの細長いベルト状をしている。本体を靴の外側に、振動部を靴の中に装着する。踵、足の横、足の甲の3箇所が振動し、左右合わせて6箇所に振動部が当たる。本体の電池は、振動させたままで10時間持つので、通常の生活なら3日から1週間に1度充電するだけでよい。
 両足の踵が振動すれば向きが違うことを知らせ、向きを変えると足の甲が振動し、進むべき方向を知らせる。曲り角に近づくと振動し、しだいに振動の間隔が短かくなり、曲り角に来ると振動部全体が振動して曲り角を知らせる。目的地に到着すると建物がどちらにあるかを振動で知らせるという優れものだ。
 千野は、青山学院大学理工学部卒業後、自動車メーカーの本田技研にエンジニアとして入社し、自動運転システム開発に従事した。
 2018年に目が不自由だった義理の祖母が川に落ちて死亡する痛ましい事故が起きた。自転車や自動車における単独での死亡事故は珍しくないが、人が単独で歩いていて外的な要因もなく死亡事故が起きたことに衝撃を受けた。歩行もモビリティーの一つと考えた千野は、歩行にテクノロジーが入っていないと感じた。それまで培ってきた経験が、視覚障害者の歩行に何か貢献できるのではないかと開発を志す。

  仮想点字ブロックの錯誤

 千野は、どのような情報伝達がよいかを考えた。においや味覚は難しい。音声による情報も考えたが、音声は、文章の最初から最後のことばまで聞かなければ理解できない。歩行中に音声を聞いていると注意力が散漫になる。また「50メートル先…。50メートル先…」と何度も聞かされるのは煩わしく、音声は繰り返してながすことが難しいなどの特性があるためよりよい方法を追求した。その結果、確実で安全な情報伝達の方法として振動を選択した。
 研究開発は、仕事が終わった夜や休日に進めた。千野の勤務先が宇都宮であったことから同市の視覚障害当事者に歩行の際の不便などについて聞き取り調査を行った。そして、靴の中に仮想的な点字ブロックが作れたら、インフラもお金もかからないので一石二鳥ではないかと考えた。
 すぐに音楽バンドが使っているスマホで操作できる振動式メトロノームを買って来て、サンダルに穴をあけてそれを埋め込んで試作した。スマホからそれを振動させ、足の裏から振動を伝えて点字ブロックのようなものとして使えないか実験した。だが、協力してくれた視覚障害者からは、「どこを振動させても、足の裏全体が振動しているように感じる」と不評だった。足の裏は感覚が鈍く、細かい指令ができないのだ。また、足が浮いている時は振動を感じにくくなるし、路上に設置されている点字ブロックがわかりづらくなるなどいろいろな問題が出て、仮想点字ブロックは失敗に終わった。

  加速度が大きい足元

 身体のどこに振動を伝えるかが課題となった。帽子は様々な形状があり、汎用的なものが作りにくい。また、頭や顔の周辺を振動させると煩わしさを感じる。白杖を振動させることも考えたが、「白杖は私達の目なんです」との指摘を受け、身体のどこがよいかを模索した。
 候補として最後に残ったのが腰と足の甲だった。足の甲は、顔や手に次いで3番目に振動を感じやすい部位だった。腰は振動の感度が若干鈍いものの、胴回りが広いので方向を伝えることができる。腰と足のどちらにするか悩んだが、これまでの生活行動と変わらないものを開発したいと考え、腰よりも足がよいだろうとの結論に達した。
 足を選んだ理由はもう一つある。足元は歩いている時に加速度が一番大きい。歩いている時、顔はあまり動かないが、足元は段差などに対応していろいろな動きをする。歩行者の歩き方はかなり高い精度で分析することができるので、その情報をナビゲーションに応用できるのではないかと考えた。
 向いている方向やどのように歩いて来たかという軌跡の情報をスマホに送ることによってGPSからの位置情報の誤差を補正することができる。また段差を越えた、階段を降りた、何段登ったという情報もとらえることができる。今後はユーザーが歩いた路面の状況をデータとして地図情報にインプットして、ルート検索に活用したいと考えている。

  「シーズ」と「ニーズ」

 新しいものの開発に関しては、シーズとニーズということがある。ユーザーの要望から課題を解決して作っていくのがニーズ。会社が持っている技術を使って製品を作るのがシーズである。シーズで製品を出したが全然売れないということはありがちだが、これは開発者と製品を使うユーザーとの距離が遠いケースが多い。ヒアリングを実施しているものの、今の日本ではニーズ視点での開発はあまりされていない。しかし「我々は、視覚障害者の皆さんの話を聞き、それを踏まえて何ができるだろうか、何が作れるだろうかと常にニーズを意識して開発してきました」と千野は胸を張る。
 千野は、ホンダに勤務しながら開発を続けた。内閣府のコンテストで得た賞金で3Dプリンターを購入したが、家族の理解を得ながらの自費での開発だった。
 2019年頃から機械に強い徳田とソフトウェアに強い田中の2人が千野の思いに賛同して開発に加わり、3人で開発を進めるようになった。
 転期は2021年に訪れた。ホンダからの出資を受けながら(株)アシラセを徳田・田中とともに3人で2021年4月に創業したのだ。
 視覚障害者のニーズは少なく、市場も小さいので会社としては大変だろうと心配する声もあった。だが、千野は誰もしなかったら何も変わらない、頭を使えばやれることはいっぱいある、チャレンジしないのは違うだろうとの思いから独立を決断した。

  利用者の声を聞きながらさらに開発

 会社を立ちあげた時点では、製品といえるものはなかった。当時のテスト機は、現在のものと形も質感も違っていた。現在、本体は靴の外側に装着するが、テスト機は足の甲につけていた。ソフトウェアは、当初アンドロイドでアプリを開発していたが、ナビゲーションといえるものではなかった。最初の1年は、投資家に投資をしてもらい製品化に向けた開発の日々だった。人から人へと数珠つなぎでネットワークが広がり、多くの視覚障害者に試してもらい、使い勝手の感想を聞いた。株式会社なので、寄せられた意見の全てを取り入れることはできない。様々な意見の中から、自分たちがやろうとしていることにつながり、ユーザーのために効果的だと思えるものを取り入れていった。
 アシラセは2023年3月に150台限定で先行販売し、現在、500台出荷されている。当初は今の製品よりやや大きく、靴の中の振動部はやや硬い素材だった。先行販売直後の満足度は残念ながら低かった。靴の中の振動部が破損し、断線して振動しなくなるトラブルが多発したため、製品を回収して社員総出で修理した。各地で体験会を開き、一緒に歩いて機能を説明し、意見を聞いた。「いけるぞ!」と思っても、思うように満足度はあがらなかった。体験会ではスタッフが靴に装着するので、「購入後、箱の中から機械を出す、スマホと接続する、アプリをインストールする」などをユーザー自身がしなければならないところにもハードルがあったのだが、体験会では気づかなかった。
 ナビゲーションも最初は、新しいところへ行くことを前提に支援する意識で開発した。だが、実際に使ってもらうと、自宅の周辺や最寄駅との間など様子を知っている道での利用が多かった。利用者に聞くと、「知っている道を確実に歩きたい」という。視覚障害者は多少遠回りであっても点字ブロックのあるところなど歩きやすいルートを選ぶことが多いが、そのルートがナビゲーションで検索した最短ルートと一致するとは限らない。これが、1度歩いたルートを記憶する「マイルート」の機能追加につながった。マイルートの利用は多く、1人当り5、6ルート、中には20~30のルートを登録している方もいる。このようなアップデートにより満足度は大幅に向上した。
 自宅からゴミの集積場所までをマイルートに登録した中途視覚障害者がいる。その方は、それまで家族に頼っていて負い目を感じていたが、ゴミ捨てができるようになったと喜んでいた。新しいところへナビゲーションして行動範囲を広げることも大事だが、例えばゴミ捨てのように、できなかったところを一歩踏み出すことについても、しっかり支援をしていこうと考え方を変えた。

  販売戦略とその価格

 靴装着型の振動ナビゲーションデバイス「アシラセ」の本体は5万4,000円(非課税)で、別途アプリの利用料は税込み月550円である。また、税込み440円の別料金でスマホカメラで写した映像や位置情報をコンタクトセンターが声で知らせる「アイコサポート」との連携プランもあり、月にアイコサポートが12分間利用できる。
 アシラセは営業での出会いが縁でビッグカメラでも取り扱っており、補聴器や眼鏡を扱っているビッグカメラ21店舗で販売されている。

  今後のハードな開発課題

 これまでに、アイフォンの音声認識・バーチャルアシスタントアプリ「シリ(Siri)」を使って音声でも操作できるようにした。また、AIを応用してショップ情報も得られるようになっている。ナビゲーション+αの情報提供を充実していきたいとし、今後の開発はアプリがメインになる見通しだ。
 他のアプリより位置情報の精度は高いと自負しているが、さらにその精度を向上させたい。千野は、屋内のナビにも取り組んでいきたいという。屋内の地図は建物の所有者が持っているのでそのハードルは高いが、千野たちの高い志に期待したいものである。

編集ログ

日本でキャッシュレス化が遅れている要因の一つは、偽札が少なく安心して現金決裁ができるからで、昨年、さらに偽造困難な新札を出したため、キャッシュレス化はさらに遅れることになりそうです。1988年当時でさえ米国では、100ドルを超える買い物に現金で支払おうとすると、紙幣鑑定に労力を費やされるので、途端に嫌な顔をされました。偽札をつかませられると自己責任ですが、クレカの不正使用の場合は本人に落ち度がなければ補償される場合が多いので、現金よりクレカの方が面倒がなく安心なのです。軽々にキャッシュレス化にあこがれるのはやめましょう。
 私は餞別代わりに3,960インドルピーを日本でもらったので、昨年12月にインド国境に近いホテルで両替したら2,000ルピー札だけ受け取りを拒否されました。
 2023年5月19日にインド準備銀行は2,000ルピー紙幣(同日レートで3,300円)の流通停止を発表し、9月30日以降は法定通貨としての地位を失い使えなくなったのです。
 突然に最高額紙幣無効を宣告したのは、脱税目的で銀行口座に預金せず、現金のまま自宅の金庫(タンス預金)で保有している富裕層の隠し資産を炙り出すためで、無効になる前にタンス預金を銀行に預けなさいという政策なのです。
 しかし、インドで大きな混乱が起きなかったのは、2,000ルピー札は全流通量の1割に過ぎなかったからです。日本人からすると5万円札という感覚なのでしょうか。したがって廃止されてもとりたてて不便ということもなく、そもそも一般庶民はほとんど持っていないので騒ぎはおきなかったのです。
 インドはルピーをネパールとブータン以外の外国に持ち出すことを禁止しているので、「実質的に国外で持っている人はいないはず」という前提で、この施策は行われたので、日本ではあまり報道されませんでした。
 しかし、無効宣告直前にインドへ入国した外国人は2000ルピー札の受け取りを拒否されて大パニックに陥ったことは想像に難くありません。(福山博)

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