点字ジャーナル 2024年12月号

2024.11.25

目次

  • 巻頭コラム:北京で核廃絶を叫んでみたら?
  • 「サイトワールド2024」でAIについて考える
  • (座談会)パリパラ柔道金メダリストに聞く(下)
  • 読書人のおしゃべり 誰のこころにも届く言葉
  • セントルシアで視覚障害指圧師を育てる(2)住まい
  • ネパールに愛の灯を ―― わが国際協力の軌跡(4)協定書締結まで
  • 長崎盲125年と盲教育(20)戦時下の教育 その3
  • 自分が変わること(185)浦島太郎みたいな性格
  • リレーエッセイ:ヨーロッパ夏から秋へ(下)―― パリ、パラリンピック編
  • アフターセブン(117) 電話で突撃!
  • 大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
      (268)元大関と思っていない“人間正代”の心の叫び
  • 時代の風:同行援護サービス提供責任者の要件緩和、
      視覚障害向け指標設定 読書バリアフリー法2期計画案、
      「国試黒本」が国家試験の対策模試を無料提供、
      膝前十字靱帯再建用の組織再生靱帯 治験開始
  • 伝言板:劇団民藝公演、
      大石亜矢子ライブコンサート、
      川崎アイeyeセンターまつり、
      2025年点図カレンダー、
      視覚障害者教養講座
  • 編集ログ

巻頭コラム:北京で核廃絶を叫んでみたら?

 2024年ノーベル平和賞は、日本被団協に授与されることが決まった。受賞理由をノーベル委員会は10月11日に次のように発表した。
 「1945年8月の広島と長崎の原爆被爆者によるこの草の根運動は、核兵器のない世界を実現するための努力と、筆舌に尽くしがたい目撃証言を通じて核兵器が二度と使用されてはならないことを実証し……核兵器の使用は道徳的に受け入れられないという強力な国際規範である『核タブー』を形成した」。
 日本被団協は核廃絶を強く主張しているので、今回の受賞により「核廃絶の訴えが、大きな実を結んだ」と報じた新聞もあったがミスリードに思える。むしろ核を使わせない「核タブー」の形成に重きを置いた受賞理由だったからだ。
 一方、中国外務省は10月16日が中国が核実験に成功してから60年にあたるのでこれを奉祝すると共に、「中国の核兵器開発は、核保有国の核独占を打破し、核兵器を廃絶するものだ」と改めて主張した。だがそれを真に受けて北京で核廃絶を叫んだら逮捕されること疑いなし。中国政府は日本被団協と同じ目標を掲げているのではないからだ。それが証拠に中国メディアは日本被団協のノーベル平和賞受賞をまったく報道していない。
 ウクライナは、1991年にソ連が解体した際、旧ソ連の核兵器が大量に残されていたので一時的に核兵器保有国となった。だが、ウクライナは核戦力を持たない方針をとり、1994年に「ブダペスト覚書」に署名して、核兵器をロシアに返還することにし、その代わりに米国、ロシア、英国から領土の保全と主権の尊重に対する保証を得た。かくしてプーチン大統領は後顧の憂いなく、ウクライナを侵略できたのだった。
 このような非の打ち所がない前例があるのに、保有国が核兵器を放棄することなどあるだろうか。被爆国なのでわが国の国民感情はわかるが、これを機に核廃絶などという空想から、きな臭い世界の現実を科学的に直視すべきではなかろうか。(福山博)

「サイトワールド2024」でAIについて考える

 11月1日(金)から3日間、「触れてみよう! 日常サポートから最先端テクノロジーまで」をテーマに、墨田産業会館サンライズホールにてサイトワールド実行委員会主催による第16回視覚障害者向け総合イベントが開催された。
 会場は、JR・東京メトロ錦糸町駅近くの錦糸町丸井の8・9階。8階には42の団体が出店し、9階では点字考案200年記念事業推進委員会によるシンポジウムや触地図作成のワークショップなど多彩なイベントが開催された。
 2日(土)に新潟大学工学部の渡辺研究室が触地図のワークショップを開催した。同研究室は、これまでも個人の要望に応じて多様な地図を作成し提供してきている。近々、韓国のプサンを訪れるという参加者が、プサン港と周辺の地図が欲しいと要望した。海外の都市の要望が出るとは想定していなかったのか、地図のデータからプサン港をさがすのに一苦労していた。
 今回新たに出店した団体が5社あった。その内の1つ、医療機器メーカーの(株)フォラケア・ジャパンは、スマホと体温計を組み合わせることで体温を音声で知らせたり、スマホとパルスオキシメータを組み合わせ、機械で人差し指を挟むことで「98%」と血中酸素濃度を音声で知らせることができる機器を展示していた。ただその音声は、体温計やパルスオキシメータから出るのではなく、それと連動したスマホから発せられた。スマホと組み合わせることで測定結果を記録することもできて便利なようだが、単体でも使えるようにして欲しいと思った。
 3日(日)午前、「AIは視覚障害者の生活をどう変えるか」をテーマとするセミナーが開かれた。静岡県立大学名誉教授の石川准博士が主催・進行役で、スクリーンリーダーJAWS(ジョーズ)を開発するVispero(ヴィスペロ)のトビアス・ウィネス上級副社長と将棋のプロ棋士の勝又清和七段がそれぞれの立場でAIがもたらす変化について報告した。
 石川氏は、5年くらい前は「AI」ということばを聞くと「AIスピーカー」を思いおこす人が多かったと思うが、今は「AI」と聞いて「AIスピーカー」を思い浮かべる人はいないのではないかと切り出した。続けて、仕事や生活で日常的にAIにふれていますか? と参加者に問いかけると、参加者の約3分の1が手を上げた。
 最初にジョーズ開発者のウィネス氏からAIについて以下の報告があった。
 AIによって画像情報、視覚的イメージへのアシスト機能が加わったことが最大の恩恵だといえる。個々の質問に基づいて、それにあった詳細な情報提供ができるようになるだろう。
 動画サイトのユーチューブでは、すでに字幕に自動翻訳機能が使われているが、近い将来AIの言語認識能力により言語の壁もなくなり、内容がよりわかりやすくなるだろう。
 さらに、検索が容易になり、作業が効率化され、大量の情報が得られるようになる。AIを活用してより効率的にコンテンツを読みとれるようにジョーズを強化していきたい。
 カメラで自分自身を撮影する時、きちんと中央に位置しているか、照明の様子など相手がきちんと見えているかなどアシストできるようになるだろう。
 AIを使うことでさらにアシスト機能を高めていき、今後数年で何ができるかを現在考えているところだ。
 報告を受けて石川氏が、AIは進歩したが、目的を伝えて「やっておいて」と言えばコンピュータがやってくれるようになるか? と質問した。これに対してウィネス氏は現段階ではできないが、数年後にどうなっているかはわからないと答えた。そして、機械に命令を出した後は、必ず正しいことをしているか確認する必要があると警告した。
 フロアーから「一般ユーザーが今の段階で意識しておくべきことはあるか?」との質問があった。これに対してもAIが提供する情報が正しいかどうか、必ず確認することが大事だと重ねて注意を促した。
 続いて棋士の勝又氏が、30年間見てきたというAI将棋について報告した。
 将棋は、チェスや中国将棋と違い取った駒を使えるため局面の数が爆発的に多くなる。また、囲碁は19×19の361マスでチェスやオセロよりも局面が非常に多い。そのため、コンピュータが人間を越えるのは難しいと言われていた。しかし、約7年前に将棋も囲碁もコンピュータが人に勝つようになった。
 将棋では、将来の局面を予測する読みと、その時々の局面の優劣を見きわめる形勢判断が両輪となっている。形勢判断は、駒の損得、駒の働き、玉の安全度、手番の4つの要素(変数)でなされる。これらの要素には重要度があり、序盤は駒の損得、中盤から終盤は駒の働き、終盤は手番と玉の安全度の重要度が高くなる。
 従来は先人の棋譜を読み、経験を積むことを大切にしてきた。
 局面の数はチェスが10の30乗であるのに対して、将棋は10の220乗、囲碁は10の360乗と非常に多い。しかし、囲碁や将棋には偶然要素がなく、有限手数で勝敗が決まるという点でコンピュータに向いている。AIは、8種類の駒や形勢判断の要素などを数値化している。
 1997年にコンピュータがチェス、オセロで人を負かした。2013年に将棋で初めてAIが人に勝ち、2017年には名人がAIに完敗した。
 AIが強くなったことで人が影響を受け、重要視するものが変わった。駒の損得よりも駒の働きを、玉の安全度では逃げ道の多さが重視されるようになった。AIのおかげで将棋の新しい一面がわかってきた。何を重視したらいいのか、どこが大事なのか、以前とは全く違ってきた。いくらAIの手を記憶しても勝てない。何故その陣形なのかポイントを理解しなければ勝てないのである。
 最後に、AIは将棋のわからない人にもわかりやすくするなど、AIの影響を最も受けているのが将棋界ではないか、と結んだ。
 お二方の話は大変興味深かった。ただ、時間切れで「AIは視覚障害者の生活をどう変えるか」とのテーマでディスカッションにまでは至らなかったのが残念であった。
 これまで曜日に関わらず11月1日~3日に開催されてきたサイトワールドだが、来年は10月16日(木)~18日(土)に開催される。(岩屋芳夫)

誰のこころにも届く言葉

 弊誌『点字ジャーナル』にもご寄稿いただいている、北海道・美唄で精神科医として勤務されている全盲の福場将太さんの書籍『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』がこの秋、サンマーク出版より発売された。
 福場さんが網膜色素変性症という病気を患っていることに気づいたのは医学部5年生で、それから20代後半にかけて急速に病状が進行し、医学の道を諦めるかどうか、この先何をすべきか悩んだという。この本では、その時福場さんが感じていたことや取った行動、あるいはそれらを経て現在、精神科医としての経験や体験を通して私たちに伝えたいメッセージをわかりやすい言葉で綴っている。
 私がこの本を読んで印象に残ったのは「バリアバリュー」についてだ。タイトルにもなっているように「目が見えない」という障害を持っている福場さんにしか「みえないもの」があることがいろいろな場面を通して語られる。例えば、停電になった時には病院内の誰よりもいつも通りおちついて行動できるといった日常的なことから、診察室に向かって歩いてくる患者さんの足取り(足音)からどんな状態かを感じ取れるといった仕事上での話。それらはいずれもポジティブに語られ、「障害の価値」と福場さんは説明する。見ることができなくなった分、聞けるようになった音があること。見えなくなったからこそ気づいた人の思いやりややさしさ。精神科に通ってくる人たちのいたみに共感することができると。
 一方で視覚障害当事者として「認知バイアス」で障害者を先入観で判断しないで欲しいとも訴える。障害を乗り越えて懸命に生きる人の物語を見聞きした人から、「障害がある人は心がきれいだ」という思い込みを持たれたり、「見えなくなった分、別の能力が秀でているはずだ」という印象を持たれることなどに対しては、プレッシャーに感じると率直に語る。障害のある人にだって、いろいろな人がいて、機嫌の悪い人もいれば、心がきれいな人もいる。心のきれいな人だって調子の悪い日があるのは当たり前だと。 
 それは1人の人に対しても同じで、人はサイコロのように、「多面体 ― 色々な面を持つ存在」であると語る。臨床の場面でもうつ病の人も足腰がしっかりしていたり、目の悪い人でも耳はしっかり聞こえるなど、障害を診断されたとしても全ての面が病んでいるわけではないのだから、1つの面ばかりに囚われずにもっと肩の力を抜いて生きればいいのではないかと福場さんは提案してくれる。それは社会で生きる上でいろいろな肩書や役割を背負わされる全ての人に対しての提案でもある。
 また、福場さんは「曖昧に生きる」ということをとてもポジティブに表現してくれる。一見、中途半端という言葉で片付けられてしまいそうだが、「曖昧であるということは、いろいろな可能性があって良いということ、いろいろな考えがあって良い、許容されるということ。すなわち『許し』を多く含んでいるのが曖昧さの強み」だという。生きていく中で「確かなもの」や「絶対」が求められる場面が多い中で、「曖昧」を見事に肯定してくれる福場さんの言葉には多くの人が救われるに違いない。          
 そう、この本そのものがセラピー的なのだ。
その意味でもこの本には多くの人が必要としている言葉が数多く綴られている。しかし、著者が「視覚障害者」や「精神科医」であるといった肩書きやイメージに囚われてしまう(まさに、認知バイアス!)ことを懸念する。読書人のおしゃべりに取り上げるに当たり、私は書店にこの本を買いにいったのだが、陳列されていたジャンルは「医学書」売り場であった。某ナショナルチェーンの本店だったということもあるが、本店ビルの6階に医学書売り場がある。まさしく本物の医者が読む専門医学書が並ぶ売り場だ。
 ちなみに、表紙のカバーデザインはお笑い芸人であり、イラストレーターの鉄拳さんのもので、見るからにやさしい福場さんのイラストが描かれている。鉄拳さんのイラストといえば、人の一生涯を動画にしたパラパラ漫画が泣けると話題を呼び、数多くのミュージシャンがミュージックビデオに起用しファンも多い。この表紙を見たときに、売れる本を作っているなと思った。視覚障害という枠に囚われず、より多くの読者に手に取ってもらえる本に違いないと思った。でも実際は専門書ジャンルに振り分けられてしまっていたのだ。
 元書店員の私が知る限り、サンマーク出版といえば交通広告の打ち出し方やメディアの露出方法が実に巧みで、電車の中に貼られて思わず、ぼーっとしていると目に入って読んでしまう車内広告や、映像化(映画化、ドラマ化、書籍の著者が健康番組に出演)された本はさらに出版部数を伸ばし、ベストセラーを数多く出している。先にも書いたがこの本には多くの人が必要としている言葉が綴られている。それを思えばこの本は交通広告が出たらもっと多くの読者に手に取ってもらえる可能性があるのだ。「出版社の営業担当者さん、書店員さん、障害や肩書きでジャンル分けせず一般書売り場で売るべき本です」と声を大にして言いたい。
 『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』(サンマーク出版刊)は、現在、通常の書籍版(1,540円(税込))と電子書籍版が発売中。またオーディオブック版が製作中。さらにサピエ図書館にも登録決定。音訳版は2025年3月、点訳版は2025年7月完成予定。(雨宮雅美)

編集ログ

 石破茂自民党総裁が、首相指名を待たずに9月30日に「衆議院を解散し、10月27日に投開票」を表明したことに対して、「なぜ1日、待てなかったのか」と政治評論家や識者がテレビで首をかしげていました。10月1日午後の表明から公示までは14日間ですが、リークされて、各紙朝刊1面を飾ったのは9月30日だったので、それなら16日間の猶予があります。過労死寸前の激務に追い込まれる選挙管理委員会事務局員にとって、この2日間はとても貴重です。ただ、公務員にこそ働き方改革が必要なのに、岸田政権以来、少なくとも衆院選に関しては逆行しています。公務員は過労死容認なのでしょうか?
 カトマンズ盆地では9月28~29日の間に240~322mmの降雨があり、首都カトマンズと古都ラリトプルとを南北に隔てるガンジス川の支流バグマティ川が氾濫しました。このため国道が川と化し、多くの家屋が流されたり浸水するとともに、水道、電力やインターネットへのアクセスなどのインフラが損壊し、市外に出る7本の国道は封鎖されました。
 当協会は1992年にヒンドゥー教のゴパル寺院内にNAWB(ネパール盲人福祉協会)点字出版所を建設しました。今回の水害で、NAWB本部が床上浸水したため、点字図書室と点字教科書の資材を保管している倉庫が大きな被害を受けました。
 ヒンドゥー教では、ガンジス川(ガンガー)をはじめとする川はとても神聖な存在で、川は生命の源であり、浄化と再生の象徴とされ、昔から川沿いの地域は交通や農業の中心地でもあり、人々が集う場所でした。そのため、川沿いに多くの寺院が建てられました。そしてNAWBのように多くの団体が、ヒンドゥー寺院の伽藍に入居しています。それらの事務所も今回の洪水で被災しました。
 この9月、能登半島をはじめアジア各地で、南北アメリカ、西・中央アフリカで、例年は洪水被害がないヨーロッパや中東でも洪水被害が起きました。被災者すべてにお見舞いを申し上げます。(福山博)

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