点字ジャーナル 2023年8月号

2023.07.25

目次

  • 巻頭コラム:IAEAへの信頼は揺るぎない
  • 子育て奮闘記(上)
  • (特別寄稿)草創期のタートルの会
      ―― 今だから語れる当時のこと
  • 同性婚とトランスジェンダーの苦悩
      ―― 性自認だけで女性トイレを使わせるリスク
  • 読書人のおしゃべり 藤原章生が伝える差別する心を改めるための視座
  • スモールトーク 高速プールってなに?
  • ネパールの盲教育と私の半生(26)進む障害者教育
  • 自分が変わること(169)アフリカに行く理由
  • 長崎盲125年と盲教育(4)長崎盲唖院の開院
  • リレーエッセイ:石も磨けば玉となる(上)
  • アフターセブン(101)大海原のマグロを演じるネコ
  • 大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
      (252)“規格外”と呼ばれた力士たち
  • 時代の風:第21回チャレンジ賞・サフラン賞受賞者決定、
      糖尿病今後30年間で13億人に、
      骨を伝って音を聞く技術開発
  • 伝言板:第2回誰でも囲碁大会、
      第28回「NHKハート展」詩の募集、
      第17回塙保己一賞候補者募集
  • 編集ログ

巻頭コラム:IAEAへの信頼は揺るぎない

 国際原子力機関(IAEA)のラファエル・グロッシ事務局長が、7月4日、東京で会見を開き「福島原発汚染水海洋放出計画はすでに合意された国際基準に適合する」「水質や魚類、堆積物など環境に及ぼす影響はごくわずか」と説明した。私は東電は信じないが、IAEAの安全宣言は100%信じていいと思っている。
 ところがテレビでは専門外のコメンテーターが、「日本は分担金を3番目に多く出しているのでIAEAの検証の公正性に対し懸念がある」と無責任なコメントを述べていた。だが、日本の分担金の割合は7.8%だが、汚染水放出に執拗に反対している中国のそれは14.5%である。しかも福島原発汚染水海洋放出モニタリング・タスクフォースには、アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、中国、フランス、マーシャル諸島、韓国、ロシア、英国、米国、ベトナムなど11カ国の専門家が含まれており、不正など起こしようがない構成になっている。
 グロッシ事務局長は韓国でも、福島原発汚染水海洋放出計画に関する包括報告書について説明するため7月7日金浦国際空港に到着した。すると革新系野党・正義党や進歩党ほか市民団体50人余りがIAEAを糾弾するデモを到着ロビーで開始し、「グロッシ・ゴー・ホーム(帰れ)」とシュプレヒコールを上げ警察と対峙した。しかたなく同事務局長は到着ロビーを通れず1時間も立ち往生した末、別の移動経路を通じて空港を後にした。
 このようなエキセントリックな展開になると、従来の韓国政府は附和雷同してポピュリズム的対応に終始した。しかし、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権は冷静に対応している。ところが、わが国の社会民主党大椿裕子<オオツバキ・ユウコ>副党首は韓国を訪れ、7月6日に韓国の国会前で汚染水放流反対の断食を行っている国会議員らと面会し、「福島汚染水放流反対」を共に叫んでみせ、「グロッシ・ゴー・ホーム」に荷担した。しかも風評被害の原因となる根拠なきデマを拡散し、結果的に漁民を苦しめている。(福山博)

子育て奮闘記(上)

東京都/辻村亜依

  春から夏

 朝は選択の連続だ。その日の気温を確認して娘に何を着せようか考え、保育園のロッカーの中身を思い出しながら通園バッグに入れるものを決める。こどもは少し暑いだけで体温が上がってしまうし、寒いとおなかを壊すのでさじ加減が難しい。半袖はまだあったかな、この間足りなくて園から借りたんだっけ…。
 洋服だけではなくお食事用エプロンやよだれかけ、沐浴用のタオルも必要だしオムツもすぐに足りなくなる。娘の1日というパズルを組み立てているような感じだ。
 用意した服にお名前シールが付いていないことに気がつくことも少なくない。せっかくハリネズミのイラスト入りのシールを注文したのに、アイロンで圧着したシールは洗濯するたびにだんだん剥がれてきていつの間にかなくなってしまう。マジックで直接書いてもらう手もあるがどの服に名前が書いてあるのかわからなくなってしまうので、定期的にアイロンでシールを貼り直す方が個人的には安心だ。夜のうちに準備しておけばよかったと毎朝思うのに、時間のやりくりがなかなかうまくいかない。
 そうこうするうちに娘も起きてくる。寝室とダイニングの境に設置しているベビー用フェンスにつかまって、「ハイハイ!」と元気よく挨拶をしてくれる。まだ言葉は話せないが、人と会った時や何かを手渡す時の彼女特有のフレーズだ。
 今は上機嫌でもすぐにおなかを空かせて怒り出すので急いでごはんを用意する。パンと野菜にチーズをのせトースターで焼くのが朝の定番メニューで、キッチンバサミで娘が持ちやすい大きさにカットしてあげると手を使って1人で上手に食べる。
 パンくずだらけのパジャマは帰るまでお風呂場で待機してもらい、娘を抱っこ紐に入れて家を出る。保育園は歩いて1、2分の距離にあるが、娘を抱っこしているとあっという間に汗びっしょりになる。
 一生懸命靴を履き替えている娘の先輩たちに気をつけながら保育園の玄関を上がり、2階へ向かう。担任の先生に抱っこされ、うれしそうに娘はクラスの中へ行ってしまう。なんて大きくなったんだろう。
 昨年の5月に娘が生まれたことで、我が家の住人は3人になった。目の見えない私とちょっと見える夫とちゃんと見えている娘。
 振り返ってみると、娘の存在を実感できるようになったのは胎動を感じるようになったお正月あたりからだった。その前から妊婦検診で娘の健康は知らされていたが、本当に元気いっぱいなのがわかってうれしかった。胎教によいといわれる音楽を聞かせてみると太鼓をたたくような一定の胎動を感じることもあった。後におなかの中で娘がしゃっくりをしているだけだと知るのだが、当時はリズム感が養われているのだと信じていた。
 出産予定日は6月の初めだった。5月の連休が明けたら里帰りをして、天気のいい日にベビー服の水通しをするつもりでいた。これは世界一幸せな洗濯といい、SNSで見てから楽しみにしていたことの一つだ。
 ところが、里帰りをするより少し早く破水してしまった。連休が明けてすぐの夕方で、ラジオから野球中継が流れていたのを覚えている。直前の妊婦検診でも何の問題も指摘されなかったので、産まれるのはまだまだ先だろうと思っていたから本当に驚いた。
 出産予定の病院に電話をして事情を説明すると、入院の準備をしてすぐに来るようにと言われた。車を使うよう言われたものの、妊娠後期に入ってからタクシーのにおいと揺れがどうにも耐えられないことを伝えて電車で向かった。
 1時間ほどで病院に着くと、当直の先生に里帰りをしていなかったことを叱られた。すぐに病院へ行ける体制を4月の終わりごろには整えておくべきだったようだ。破水したということは、おなかのこどもを無菌状態で守っている膜が壊れているということなので、時間が経つにつれてこどもが感染症を引き起こすリスクが高まるのだそうだ。
 幸運にも羊水はまだ十分に残っていて娘は元気だったが、ヒヤリとさせられた。その日は普通の病室が埋まっていたので予備の分娩室のベッドの上で緊張しながら眠った。
 陣痛が始まったのはそれから丸1日経った翌日の夜だった。なんてことのない痛みから始まり、やがて腰骨をバリバリと砕かれるような激痛に変わった。助産師さんに「ローソクを消すみたいに細く息を吐いて。大きな声を出すと痛みが逃げちゃうから」と言われたのですがるような気持ちで息を吐き続けていた。前もって読んでいた出産体験記に「生まれてくるこどもも頑張っているので私も『痛い』とは言わないように頑張りました」と書いている人がいたが、私には無理だった。
 PCR検査でコロナウイルスの陰性判定をもらった夫も到着し、午後3時23分娘を出産した。産声は「おぎゃー」ではなく「ほにゃ」というような弱々しいものだったが、その場でおなかにのせてもらうとパタパタっと手足が動くのが分かった。よかった、生きている。
 それから数日の入院期間の間に私には覚えることがたくさんあった。授乳にオムツ交換、沐浴と着替え。粉ミルクメーカーの人が来て調乳や産後の栄養管理の話も聞いた。
 予定では娘も同じ部屋で過ごすはずだったが、産まれてすぐに呼吸を1回忘れて酸素の数値が一時的に低下してしまったので新生児室で預かってもらい、3時間おきの授乳のタイミングで部屋まで連れてきてもらうことになった。体をきれいにしてもらってから改めて抱き上げた娘はとても小さいけれど、手足には爪がありうすい耳がありぽわぽわとした髪の毛があって感動した。
 新生児の頃の娘はいつも眠そうで、授乳の途中でも気づくと眠っていることがあった。それでは体重が増えないので、やむなく足の裏をくすぐって彼女を起こすのが私にとっては一番大変な仕事だった。
 それでも娘の体重は思うように増えなかった。そのうちに黄疸の症状も出てきたので、産院から退院してすぐ別の病院の小児科に入院することになった。なれた産科から離れることも感染症対策で娘と会えなくなったことも不安で、入院した娘を置いて家に帰った日はボロボロ泣いた。
 10日ほどして娘が帰ってきた時は、出産した時よりもうれしかった。たった100gちょっと体重が増えただけなのに、彼女は前よりも大きな声で泣いて空腹を主張できるようになっていた。これからもっとおいしいものをたくさん食べてどんどん大きくなってほしいと願った。
 6月。遺伝子検査の結果を聞きにかかりつけの病院に行った。私も夫も遺伝性の病気がある。夫は家族性滲出性硝子体網膜症という病気で、これは急いで治療をして視力がよくなる類のものではないので、娘に体力がついてから検査を受ければいいと言われていたが、私の方は早期発見が重要な網膜芽細胞腫というがんの一種なので臍帯血を使った遺伝子検査を依頼していた。
 この病気の遺伝の確率は5割といわれている。ただ、私の家はきょうだい3人そろって同じ病気を発症しているので数字よりも娘に遺伝する可能性が高いと考えていた。
 やはり娘にも同じ遺伝子の異常が見つかったが、幸いにも腫瘍はできていなかった。けれどこの先も発症しないとは言い切れないので3、4歳までは定期的に通院して検査をすることになる。
 眼底検査を受けるたび、普段は機嫌のいい娘が火が付いたように泣いた。こどもの頃私もこの検査のたびに大泣きしていたから気持ちはよくわかる。先生が指示した方向を上手に見られないと、ベッドに連れていかれレンズか何かを目に押し当てて中を見てもらうことになるのだが、これがとても怖いし痛いのだ。
 もう少し大きくなったら、病院の後には好きなものを何でも買ってしまうだろう。今回も異常がないと聞いて安心しながら、しゃくりあげる娘を抱いて診察室を出るときは毎回こう思う。
 7月の初め、里帰り先から娘と一緒に自宅に戻ってきた。娘はまだ自力で移動することはできなかったので、布団の周りの安全さえ確保しておけばよかったし、汚れる範囲も決まっていたから掃除もそこまで苦にならなかった。
 娘は音の出るおもちゃに反応したり、鏡をのぞき込んでみたりと周囲のものに興味津々で一緒に遊ぶのも楽しくなってきた。
 声を出して笑うことも多くなったし、泣き声も眠い時とおなかが空いた時とで少し違うことがわかってきた。夜泣きもほとんどなく、寝たら朝まで起きない日が多かった。
 だから、子育てそのものはそれほど大変ではなかった。ただ、娘が眠ってふと時間ができてしまうと、何をすればいいのかわからなくて途方に暮れることが度々あった。予防接種の予約やお食い初めの準備、保育園の下調べとやるべきことはたくさんあったが、物事を整理したりスケジュールを立てたりすることがなんだか億劫だった。そのうちに娘が泣き出すといろいろなことを後回しにできるのでほっとした。
 夫はスポーツの試合の関係で家を空けることが多く、誰とも話さないまま2日3日が過ぎていく。毎日充実していたが、少し疲れていた。
 産まれてからつけていた育児記録も書けないことが増えたので、代わりに娘の写真や動画を撮ってみることにした。部屋を片付けてからにしようとすると結局撮り損ねるので、散らかった部屋も記録に残す。これまで自分で写真を撮ろうと思う機会がそれほど多くなかったので気づかなかったが、スマホの音声に従って画面の中央に娘をおさめるだけでそれなりのものが撮れるようだった。このころの娘は、写真を撮るために大人がレンズを覗くと顔が見えなくなるからか泣き出すこともあったけれど、このやり方だとレンズを見ずにシャッターが切れるので結構いい表情が撮れた。
 撮影したものは夫や親せきにも送信していた。何かメッセージを送るよりずっと気軽に連絡ができる気がした。
 久しぶりに1年前の動画を見てみたら、娘の声があまり変わっていないのでちょっとびっくりした。

編集ログ

  訂正

 本誌前号(7月号)10ページで「2023年度の児童・生徒数は2288人」とあるのは、正しくは「2022年度」です。訂正します。

  編集長から

 福島原発汚染水海洋放出計画ではタンク内に貯蔵されたトリチウムの濃度は1l当たり62万ベクレル程度ですが、これを海水で薄めて1500ベクレル以下にして放流することになっています。私たちが飲食するすべてのものには放射性物質が含まれており、1500ベクレルとはイオン飲料を1l飲んだ場合の被爆量と同じです。しかもIAEAは試料を独自に採取して調べており、今後も福島に駐在する予定で、彼らの信頼性に疑いの余地はありません。
 一方、福島県漁連の風評被害への懸念は、それでも理解できます。県漁連は「処理水に含まれるトリチウムが実際に福島の魚に影響を及ぼすのではないかと心配して反対しているのではありません。放出されるトリチウムの放射能濃度が、実際には魚になんら影響を与えるものではないことがわかっていても、風評被害が懸念される状況であれば、県漁連は海洋放出に賛成することは難しいのです」と訴えます。そして、「広く国民へトリチウム発生のメカニズムを説明し、取り扱いに係る国民的議論を尽くして、国民全体に正しい認識が浸透するために、国や東電はトリチウムについての知識普及に努めるほか、マスメディアがトリチウムについての科学的な事実を正しく伝えることも必要と考えられます」と述べています。このコメントからも県漁連がこの問題をしっかり勉強して理解していることがわかります。
 進歩的知識人を気取るテレビコメンテーターや社民党は聞きかじりの知識でIAEAを貶めることで汚染水の安全性を疑わしいものにしています。そして海洋放出に反対している福島県漁連に連帯しているかのように振る舞います。しかし科学的な事実に目を塞ぎ、非科学的で政治的なデマが県漁連の足を引っ張る風評被害の元凶であることに気づいていないように見えます。悪辣なのかナイーブなのか、いったいどちらなのでしょうか。(福山博)

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