THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2007年3月号

第38巻3号(通巻第442号)
編集人:福山 博、発行人:迫 修一
発行所:(社福)東京ヘレン・ケラー協会(〒169-0072 東京都新宿区大久保3-14-4
電話:03-3200-1310 振替:00190-5-173877) 定価:一部700円
編集課 E-mail:tj@thka.jp
―この紙はリサイクルできません―

はじめに言葉ありき「巻頭ミセラニー」
「期待権」

 一定の事実が発生すれば一定の利益が得られるだろうと期待する権利。法的保護にどの程度値するかは内容によって変わるが、医療過誤訴訟で患者は医師に適切な治療行為を期待する権利があるとして、医師の賠償責任を認めたことがある。「従軍慰安婦問題」を扱ったNHKの番組内容の変更をめぐる訴訟では、1月29日、東京高裁が「取材者の言動などにより期待を抱くやむを得ない特段の事情がある場合、編集の自由は一定の制約を受け、取材対象者の番組内容に対する期待と信頼は法的保護に値する」と判断した。なお、NHKはすぐに最高裁に上告した。この番組をめぐっては朝日新聞が、政治家が圧力をかけ、番組内容を改編させたと報じ、NHKと論争になったことでも話題になった。

目次

(特別寄稿)国連総会で採択された障害者の権利条約(長瀬修) ・・・・・・・・・・・・・
3
またもやうごめく黒い手引 「入国詐欺」にご用心 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
14
リレーエッセイ:ブレイル・クラブの世界を貴方に!(青木貞暢) ・・・・・・・・・・・・・・・
21
鳥の目:「あるある疑惑」2年前に指摘 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
25
感染症研究:超多剤耐性結核菌の脅威 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
29
福田案山子の川柳教室 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
34
知られざる偉人:オーストラリアの全盲女性作家、M.A.アストン ・・・・・・・・・・・・・
37
コラム・三点セット ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
41
大相撲:降って湧いた“八百長疑惑”横綱朝青龍の今後 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
44
ブレーメン:綱渡りのビザ取得 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
47
ヘレン・ケラー「サポートグッズフェア2007春」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
読書人:『拡大教科書がわかる本』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
51
スモールトーク:奇妙な物語の出所を探る ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
52
規制緩和で揺らぐ19条 国リハあはきの会新年の集い開催 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
56
カフェパウゼ:「お銚子」と「お新香」は間違えやすいか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
58
時代の風:自立支援法負担増で1,600人がサービス利用中止、他 ・・・・・・・・・・・・
59
伝言板:シンポジウム「これからの理療科教員養成の在り方を考える」、他 ・・・・・・
62
編集ログブック ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
64

またもやうごめく黒い手引
―― 「入国詐欺」にご用心 ――

 「このメール、何かにおうぞ!」と、思ったものの、そのニオイの元は判然としなかった。1月3日に送信されたそのEメールを、屠蘇気分の醒めやらぬ仕事始めの4日に読んだ。
  内容は、ネパールの視覚障害当事者団体の会長Lからの手紙で、全盲の彼はネパールの大学院で「障害」を研究しており、この2月中旬に来日する計画がある。ついては、そのとき東京ヘレン・ケラー協会を、秘書兼手引の「ミス・パルデン・シェルパニ」を伴って訪問したいというのだ。

驚くべき返事

 ネパールの妻帯している男性が、奥さん以外の女性と海外旅行をすることは極めて珍しい。また、視覚障害者が自分の手引きの名前を、聞かれもしないのに手紙に書くことも珍しい。そして視覚障害者が手紙をわざわざ、レターヘッドに印刷し、スキャナーで画像ファイルにして、添付ファイルで送ることも、これは稀有であろう。はたして、視覚障害者が自分が読めるものを、わざわざ自分が読めないファイルにして送る意味とはなんだろうか?
  「騙すより、騙される人になれ」という箴言があるが、これは日本独特の言い回しだとばかり思っていたら、欧米でもいうらしい。もっとも、それは教会の説教などで、ごくまれに語られるのに過ぎないようで、親が子どもに言い含めるようなことはまずしないという。そんなことを真に受けたら、子どもの将来が危うくなるからだ。
  一方、「騙されるより、騙せ」というのは、おそらく世界の常識ではないだろうか? なかでも南アジアでは、我が子にそのように言い聞かせることもあるようだ。なにしろずばり本音の土地柄なので、欧米やわが国のようにリップサービスや建前を「ウソ」と同義語と見なし、例の箴言にも偽善を見るだけなのであろう。
  私は騙すのも騙されるのもまっぴらなので、すぐにこの怪しいメールを、懇意にしているネパール盲人福祉協会(NAWB)の事務局長宛に転送して、アドバイスを求めた。すると、数日して、「あの手紙は偽物だから無視するように」という、驚くべき返事が届いた。
  その理由は、メールは「障害者全国雇用促進調査協会」と訳せる英文のレターヘッドに書かれていたが、そのような協会は聞いたことがない。もし、Lが手紙を出すとしたら、本当に会長をしているのだから、盲人協会のレターヘッドを使うはずである。また、NAWBにあるLからの手紙を探して照合しても、明らかに本人のサインとは違う。そこで本人に電話をして、問いただしたら、そんな手紙は出した覚えはないし、シェルパニという女性も知らないという返事だったという。ただ、そのメールにはLの経歴や活動が詳細に記載されており、それは驚くほど正確だったので、Lの身近な人物の関与が疑われるとも記されていた。
  さて、それではなぜこのようなメールが、当協会に舞い込んだのであろうか? 実はこれに類する手紙、ファックス、メールは数年おきに届いており、おそらくどれもがインビテーション・レター(招聘状)を詐取するのが狙いなのではないかと思われる。それで入国し、不法就労・不法在留するのである。
  そして、私は20年ほど前に、入国をめぐってすっかり振り回されたことがあったことを鮮明に思い出した。そのときも、本誌で簡単に触れた覚えがあるが、大昔のことであり、その時は余りに生々しくて書けなかったことも多いので、改めて書き下ろして、関係者への警告としたい。

どちらが手引きか?

 そのときは、とても手が込んでおり、私を引っかける前に、盲青年Bが当協会に来た。
  彼は「スリランカ基督教盲人伝道協会」とでも翻訳できる英語の名刺を持っていた。後になって、この団体が実在しないことが明らかになったが、そのときは疑うべくもなかった。当時、私は盲人用具センターの責任者をしており、彼が気前よくセイコーの盲人用腕時計や、シャープの英語でしゃべる電卓などを複数買い込むので、驚くとともに、やや不安になった。なぜなら、南アジアの庶民にとって年収にも相当する物品を現金で買い、しかも彼はびた一文値切らなかったばかりか、領収証もいらないといったからである。そして、贅沢にもどこに行くにもタクシーで移動しており、宿舎は品川プリンスホテルであった。
  他にも不思議なことがあった。彼を手引きしていたのは、前橋市で小さな会社を経営していると自己紹介した日本人であった。彼はクリスチャンで、その縁で彼を案内しているといった(私がそう聞いたら、彼が相づちを打っただけであったかも知れない)。そして、もう一人スリランカ人の寡黙な男Gがいた。彼は盲青年の手引というふれこみであったが、このとき手引していないばかりか、Bと関わりたくないといわんばかりの態度が随所にうかがえ、異様であった。
  さて、それから1週間後、くだんの盲青年Bからファックスが届いた。今、韓国にいるので、帰りに日本に立ち寄って買い忘れた点字板を求めたいので、用意しておいてくれというのだ。
  それから2、3日後、東京入国管理局成田空港支局から電話がかかってきて「Bさんをご存じですか?」と聞かれた。「知っています」と答えると、「それでは彼の身元保証人になれますか?」という。私は、「彼は視覚障害者の筆記具であるブレイル・スレートを買いたいだけなので、私がそれを成田空港に持参します。そうすると、彼が入国する必要はないでしょう」と述べた。
  翌朝、Bから電話がかかってきて、「購入するのは点字板だけでなく、他にもたくさんあるので、とにかくそちらまで行かなければ用は足せない」とこちらの足下を見る。そこで、私は「協会が身元保証することはできないが、1日だけで帰るなら、私が個人で身元保証をしよう」と折れたのであった。しばらくすると、また入管から電話がかかってきて、身元保証の意思確認が行われた。そこで私は、「ただし、彼一人ですよ。手引きの身元保証はできかねます」と念を押した。本当に買い物だけが目的なら、私が成田空港に行き、買い物につきあい、成田まで送れば済むことだと思ったからだ。
  Bからは、その後何度も電話がかかってきた。手引きはスリランカ人の友達でないと何かと不便だというのだ。しかし、私は頑としてその声には取り合わなかった。いきなりやってきて身元保証をしてくれというBと、あのGの態度を思い出し、疑念が大きく膨らんだのである。
  その騒ぎの最中に、例の前橋の社長から、非常にあわてた様子で電話がかかってきた。「偶然、町で寡黙な手引きであるGに会った。それで、驚いてBと一緒かと聞くと、彼は帰ったといった。誰が手引きをしたのかと聞くと、他のスリランカ人だといった」という。つまり、これから稼ぎたい人が入国し、もう充分稼いで里心がついた人が手引きをして出国したらしい。そして、「あなたもBから連絡があったら、気をつけた方がいいですよ」と忠告された。
  その電話のあった夕方、Bからまた電話がしつこくかかってきた。ところが、私が「あなた達の本当の目的を知っている」というと、その途端、あの粘り強かった電話が「ガチャン」と切れたのである。
  もはや疑う余地はなかった。Bは不法滞在目的のスリランカ人を日本に入国させるための手引屋だったのである。視覚障害者が手引きをするこの仕組みは、名案である。Bは頻繁に入・出国を繰り返しているが、パスポートにはなんら傷はない。そして、視覚障害者に付き添いが付くのは、ごく自然だからである。なんでも入国希望者は、その謝礼に100万円ほど積むともいうから、ビジネスとしても美味しいのであろう。むろん司令塔は別にいるのであるが。

見えない「入国詐欺」

 ぎりぎりのところで私は騙され損ねたわけだが、はっきりターゲットにされ、半ば騙されたことに対する恨みは深い。そこでそんな言葉はないが、それ以来、この手口を「入国詐欺」と呼んでいるが、これは、表に出ることは少ないのだが、実は意外に多いのかも知れない。
  観光を目的とした日本の入国査証(ビザ)は、通常3カ月が限度であるが、この間、入国した人の行動を完全に管理することなどは、まず不可能である。したがって、施設見学に来た彼らが、果たして3カ月以内に出国したかどうかなんて、成田に見送りにでも行かない限り、正確には把握できない。
  そんな中で、前橋の社長のように、出国したはずの人間にばったり出くわしたり、あるいはたちの悪いケースでは視覚障害者を置いてきぼりにしたので、露見したということもあるようだが、それらは氷山の一角だろう。
  私はここで、「南アジアの視覚障害者にインビテーション・レターを出すな」と主張しているのではない。「本当に実体があるのか、どのような活動をしているのか、確認してからでも遅くない」といっているのだ。そうしないと、実体があり、招聘する必然性があるのに呼べないという不条理な事態が起きるのではないかと、危惧しているのである。
  幸い、近年留学生や研修生として、世界各国から障害者が来日している。その国の障害者にこんな団体を知っているかと聞けば一発である。それが面倒であれば、まずはインターネットで調べてみれば、少しでも活動実体があれば、必ずヒットするはずなので、それから判断してもけっして遅くないのである。

最後の疑問

 二昔前の話であるから、もう時効であるのであえていう。私にとって恩人のような人である前橋の社長だが、実は私は彼が単なる善意の第三者であるということを今では信じていない。Gにばったり出会ったというのが、まずとても考えられないのである。当時、前橋からわざわざボランティアとして出てきたと聞いたとき、奇特な人だと思ったが、後になって考えれば考えるほど、それ自体とても不自然である。東京しか行動しない見ず知らずの外国人の手伝いを、普通、前橋の零細企業の社長がわざわざするだろうか?
  それより、実際は自分の工場で働かせるためGを引き取りに来た。そして、そのついでに頼まれて案内したという方が、よほどありそうだ。その時、Bは次回の仕掛けのために当協会を訪れたのだが、そうとは知らない社長は、うっかり私と名刺交換をしたのではないか。
  そして、社長はおそらくGから、私がターゲットになっていると聞いて、あわてたのではないだろうか? 仮に私が引っかかって、大問題になったとしたら、当然私はこのいきさつを入管に話し、社長の名刺も提示することになるだろうからだ。
  もし、社長の工場に、Gなどの不法滞在者がわんさかいたら、それこそ青ざめ、あわてて私に電話してきた必然性もよく理解できるのである。(福山博)

■ 鳥の目、虫の目 ■
「あるある疑惑」2年前に小誌が指摘

 最初、悪い冗談だと思ったが、すぐに大まじめだと気付き、「アッ」と声を上げそうになった。1月7日にフジテレビ系で放送された「発掘!あるある大事典II」の「納豆を食べてヤセる」の番組内容が捏造であったことが明らかになったが、これに関する謝罪会見で、関西テレビの千草宗一郎社長が放送局を報道機関といったのだ。
  私はそれをラジオで聞いたのだが、その時の模様を比較的詳しく報道した『讀賣新聞』1月21日付朝刊から引用すると、「事実と異なる内容を含む番組を制作し、放送したことは、報道機関としての放送局の信頼を著しく損なうものであり、視聴者の皆様の信頼を裏切ることとなり、誠に申し訳ございませんと陳謝した」となっている。
  私は民放テレビがニュースもバラエティ化し、とくに関西テレビもその傘下に置くフジテレビが、「おもしろくなければテレビじゃない」のキャッチフレーズを使ったときから、自ら報道機関としての使命を放棄したと理解していたので、驚いたのである。

「にがりでヤセる」

 ところで、この番組をめぐっては2年以上も前に、『点字ジャーナル』2004年10月号(通巻413号)の「鳥の目、虫の目」において「えせ科学番組にご用心!?」のタイトルで取り上げ、「発掘!あるある大事典」を名指ししていた。その内容は、「にがりを料理に振ってヤセる」という、今度の騒動とも因縁浅からぬものであった。
  私がその番組をあり得ないと思ったのは、「にがり」に誰もが劇的に痩せる薬理作用があるなら、当然「にがり」は、処方箋がなければ買えない医療用薬品でなければならないと思ったからだ。しかし、実際は大衆薬でさえなく、食塩と同じように誰もが自由に買うことができるこの一点において、非常に不審を感じたのである。
  一方、こんなばかばかしい話は、誰も信じないだろうともたかをくくっていた。ところが、定食屋にまでにがりのボトルを持ち込み、うんちくをたれる者まで現れるのを目撃し、これはただごとではないと思って、取り上げたのであった。その時の記事は、この問題が顕在化したことから、当協会のウェブサイトhttp://www.thka.jp/に最近再録した。ただ、あまりに真っ向勝負をしているので、改めて読み返してみれば気恥ずかしい。もっと変化球のスローボールで、「アホらしい!」とわらうべきだったような気がする。
  実は2年前、「発掘!あるある大事典」を名指しするのに躊躇した。名指しは、はっきりした裏付けがなければ、返り討ちにあうので、とても勇気がいるのだ。そこで、当初は、「ある生活情報バラエティ番組」として、記事を書き進めた。ところが、裏付け調査をするうちに国立健康・栄養研究所で、「糖の吸収を遅らせる、脂肪の吸収をブロックする、糖質代謝を促進する、エネルギー代謝を促進するといったメカニズムから、にがりにダイエット効果を論証するような情報があるが、いずれについても確実な根拠・文献等はない」として、「にがりの痩身効果」に警告を発していることに気付いた。そして、有り体に言えばその尻馬にのり、鬼に金棒を得た気持ちで、名指しに転じたのであった。

メディアの偽善

 ところで、「発掘!あるある大事典」を制作した関西テレビは、「にがりダイエット」にも問題があったとはまだ発表していない。古い話でもあり、そこまでさかのぼる気は毛頭ないのだろう。ただでさえ、捏造を「白を黒といいくるめた」言い逃れができないものに限って発表しており、事件をできるだけ矮小化したいというのが本音に違いない。そして、その気持ちは理解できないことはない。おそらく良心的に検証したら、どれもこれもインチキだとなりかねず、収拾がつかなくなる恐れがあるからだ。おそらく、番組制作にかかわった者にいわせるなら、「テレビには少なからず演出というものが不可欠で、視聴者のみなさんも、それをうすうす気づいて、ご覧いただいていたのではないですか」と開き直りたいところだろう。ただ、今のタイミングでそんなことを言い出せば、火に油を注ぐことになるので、じっと騒ぎが収まるのを待っているのだろう。
  関西テレビは、今回の捏造問題を下請けや孫請けの制作会社のせいにして、チェック体制の甘さをしきりに反省しているが、それは単なる言い逃れだろう。少しでも、社会常識があり、番組の台本にも接する立場にあれば、同番組がいい加減なことをやっていることは、とうの昔から常識だったはずである。
  また、新聞・雑誌を含めた他のメディアだって、かなりの程度承知していたはずだ。ただ、定食屋で不愉快なうんちくを聞くことがなくて、本誌のように指摘しなかっただけなのではないか?
  その昔、立花隆氏が『文藝春秋』誌上で、田中角栄の金権問題を暴露し、田中首相が辞任した。そして、同首相周辺にいた政治部記者は、「そんなことはわれわれも知っていた」とうそぶいたという。今回の「あるある捏造」はそういう意味では、誰もが「そんなことは我々も知っていた」ことに、頬被りして居丈高に叩いているだけにみえる。
  総務省は先ほど、東京・大阪・名古屋の民放とNHKの計16局の制作担当責任者に対し、外部に制作委託した番組のチェック体制に関する聞き取り調査を行った。これは今回の「あるある捏造」が、放送局側のチェックが行き届かなかったことが原因とされているためだ。
  しかし、どんな立派なチェック体制ができても、視聴率優先の面白おかしい番組作りを続けるかぎり、同じような轍をテレビはまた踏むに違いないのだ。そして、チェック体制が、どの程度までなら捏造として指弾されず、演出といって言い逃れられるか、その研究機関に成り下がるに決まっている。
  いっそ民放各局は「おもしろくなければテレビじゃない」キャンペーンを大々的に展開し、「民放テレビは娯楽産業であり、報道機関でない」ことを徹底したらどうだろう? そうすると「視聴者の皆様の信頼を裏切ることとなり、誠に申し訳ございません」と陳謝することもないであろう。(福山博)

■ 読書人のおしゃべり ■
『拡大教科書がわかる本
―― すべての見えにくい子どもたちのために』

 著者の宇野和博氏は、筑波大学附属盲学校で教鞭をふるう傍ら、弱視当事者として弱視者問題研究会の教育担当を務めている。長年、拡大教科書問題に取り組み、著作権法の改正や通常学級における拡大教科書・点字教科書の無償給与制度創設などに尽力してきた人だ。
  本書では、その経験を基に、幅広い知識を初心者にもわかりやすく披露している。まず拡大教科書の基礎知識から始まり、著作権法の改正前や無償給与がなかったときの問題点、改正などの進展後に起きた現場の混乱などをボランティアの声も交えながら説明している。そして現在の状況や今後安定的に供給するためネットワークの必要性など課題や対策を提起。最後に氏は電子データをキーワードに拡大教科書の未来像を描いている。
  また、コラムとして拡大教科書をわかりやすく作るポイント、最適文字サイズの検査方法、申請手続きの仕方などについても掲載。資料に関連機関の連絡先と関係法律の抜粋が載っている点も関係者にとってはとても有り難い。
  弱視児童・生徒の保護者、ボランティア、教員、特別支援教育コーディネーターだけでなく、教育委員会担当者や出版関係者なども必読の書である(読書工房・墨字・定価1,680円)。

■ スモールトーク ■
奇妙な物語の出所を探る

 ヘレン・ケラー女史の恩師、アン・サリバン先生にまつわる一見美談調の奇妙な物語が、インターネット上で一人歩きしている。この胡散臭い話を私たちが知ったのは、「こういう話がブログに載っていますが、本当ですか?」と当協会に問い合わせがあったためだ。そのあらすじは次のようなものだ。

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「1本のホウキが生んだ、世界の奇跡」

 これは、ニュー・イングランドにある精神病院で働くある掃除婦の話。彼女の働く病院の地下室には、「緊張型分裂症」とよばれる10歳の患者がいた。彼女はなんにも反応を示さず、ただ暗い地下室のベッドにうずくまっているだけで、回復の見込みなしとされていた。
  掃除婦は毎日、掃除のかたわら食事をドアの下のすきまから、ホウキの柄で押して中に入れた。そしてそこを去る前に、ホウキの先でその少女を優しくつついた。掃除婦は、来る日も来る日もホウキの先で少女をつつくと、何週間か経ったある日、ただ死を待つばかりだった少女が、なんと自分の手で食事を受け取るようになった。さらに時が経つと、少女は掃除婦と話をすることまでできるようになった! こうして少女は、奇蹟ともいえる回復をとげた。
  それから何年か経った、あるうららかな春の日。その精神病院の院長は、アラバマ州のある紳士の願いを聞いた。その紳士の子どもは重度の障害児で、世話をしてくれる人を探していたのだ。その奇跡的な回復をとげた少女は、二十歳になっており、院長は、その女性を紳士に紹介した。彼女の名はアニー・サリバン、そう、ヘレン・ケラーの偉大すぎる偉業を生みだした教師である。

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 インターネットで調べてみると、掃除婦の代わりに熱心なクリスチャンとか、定年間際の看護婦に差し替えた同工異曲の物語が他にもあり、原典は英文のようであった。しかし、いくら胡散臭いといっても、今から130年前のサリバン先生の病歴を調べることなど不可能だ。しかし、この物語には明らかな間違いがある。
  この物語では、最後に精神病院の院長が、アラバマ州の紳士であるヘレン・ケラーの父親にサリバン先生を紹介したことになっているが、これは明らかに史実とは違う。ヘレンの父は、パーキンス盲学校の校長の紹介でサリバン先生を家庭教師に雇ったのである。
  愛称「アニー」ことアン・サリバンは1866年、マサチューセッツ州フィーディングヒルにおいて、貧しいアイルランド移民の子として生まれた。幼少期は過酷な生活状態で5人兄弟のうち成人したのは彼女を含めて2人しかおらず、しかも彼女は5歳のときにトラコーマに罹患して弱視となっていた。8歳の時に母親が結核で死んでからは、ますます悲惨な生活となり、次々に兄弟たちは親戚の家に預けられ、ついにはアニーも10歳の時にアルコール中毒の父親に捨てられ、マサチューセッツ州立テュークスベリー救貧院に収容される。
  同州には当時、空前の移民流入があり、食い詰めた人々を救済するため3つの州立救貧院が開設された。同救貧院もそのひとつで、1854年5月1日に500人の定員でオープンしたが、1週間後には定員オーバーの668人、5月20日には800人以上、12月2日には、2,193人も収容せざるを得なかったと記録に残っている。なお、この救貧院は1900年に当初の使命を終え、州立病院となり現在も存続している。
  この救貧院の収容者中、その後もっとも有名になったのがアン・サリバンであったため、今日のテュークスベリー病院の建物の一棟は、同女史にちなんで命名されている。
  当時、マサチューセッツ州サウス・ボストンにあったパーキンス盲学校に移る前にアニーはこの救貧院で4年間を過ごすが、その生活は定員の何倍も人々が詰め込まれ、不潔で耐え難い環境であった。彼女はそんな中でも小さな図書室を見つけ、大人たちにさかんに「本を読んで!」とねだったといわれている。そして、ある日、救貧院の状態を調査するためにマサチューセッツ州の慈善委員がやって来た。アニーは学校に行きたい一心でその委員の前に飛び出し必死の直訴を行い、彼女はパーキンス盲学校に入学出来たのである。
  このとき彼女は14歳だったが、それまでまったく教育を受けたことがなかった。また、当時の盲学校の生徒は良家の子女ばかりだったので、彼女とは余りにも家庭環境が違いすぎていた。アニーは教師や生徒とことごとく対立し、非常に挑戦的で厚かましい態度をとったという。このためとても孤立しており、彼女に友人と呼べるのは目も耳も不自由であったローラ・ブリッジマンだけであった。アニーはローラとコミュニケーションをはかるためにフィンガーサイン(指文字)を学んだ。そして、アニーは眼科手術で視力もかなり回復し、必死に勉強して、ヘレン・ケラーの家庭教師に抜擢されたのであった。
  それでは、アン・サリバンが精神病院に入院していたというのは、根も葉もないことだろうか。先にテュークスベリー病院にサリバン女史の名を冠した建物があると書いたが、あるいはこの事実が、サリバン先生が精神病であったという誤解の元になっているのかも知れない。同病院には今も精神科があり、サリバン先生が入所していた当時も救貧院には精神病院があったのだ。
  食い詰めた人々を収容するのが救貧院の使命だが、入所者は健康な人ばかりとは限らない。むしろ何らかの健康上の問題を抱えている人の方が多かった。このため、救貧院の中に病院が作られ、1866年からは貧しい精神病の患者も受け入れはじめ、1874年までに同施設の40%は精神病院、27%が一般病棟、そして33%が救貧院として使用されたのだ。アニーは1876〜1880年まで救貧院に入所していたので、彼女が入所していたときすでに精神病院が附属されていたのだ。ただ、「1本のホウキ」のように地下とはいえ、当時個室が与えられているはずはない。なにしろ、定員の4倍以上もの収容者で足の踏み場もないありさまだったのだ。(福山博)

■ 編集ログブック ■

 「入国詐欺」「あるある疑惑」「奇妙な物語の出所」と、今月号では、期せずしていかがわしい話題が並びました。が、それらを校正している最中に、その極めつけともいえる事件に司直の手が入りました。
  上手な手話で虚偽の投資話を持ち掛け、18都県の聴覚障害者約270人から約27億円もだまし取った事件です。警視庁と山梨県警の合同捜査本部は2月14日、東京都港区の福祉関連会社「コロニーワイズ」社長の小林洋子容疑者(55歳)ら3人を詐欺容疑で逮捕しました。聴覚障害者は手話が使える健常者を「私たちのために手話を習得した人」と考え自然と信頼することにつけ込んだ手口でした。このため、それと知らずに手伝っていた聴覚障害者もいたというのは悲劇です。ところで、この事件を一部の報道機関は「聴覚障害者詐欺」と呼んでいますが、それだけ読んだらなにやら誤解しそうです。むろん「聴覚障害者を狙った詐欺」の意なのでしょうが、余り感心できません。それと比較するなら「入国詐欺」の方がよほど出来がいいと思えるのですが、いかがでしょうか? こちらは視覚障害者であることを巧みに利用した外国人の手口でした。(福山博)

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