愛の光通信    2023年夏号通巻60号    LIGHT OF LOVE    Overseas Program for the Blind - Plans and Reports    ISSN 0913-3321    東京ヘレン・ケラー協会 海外盲人交流事業事務局  (巻頭写真のキャプション)  標高2,400mの山懐に抱かれたジュムラ郡シンジャ町ナラコットのバイラブ高校(Bhairav Higher Secondary School, Narakot, Sinja 03 Jumla)3ページ参照 ●2023年度奨学生一覧  新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、ネパールでは2020年1月に中国・武漢から帰国した学生に陽性反応が現れたことから始まった。そして、小誌56号(2021年夏号)、58号(2022年夏号)等で報じたように一時はかなり深刻な事態に陥った。  2020年3月19日、政府はすべての授業を停止し、中等教育試験を含むすべての学力試験を、全学校が期末試験を実施するネパール暦年最後の月(チャイトラの月)が終わる4月12日まで延期すると発表した。国立トリブバン大学と公務員委員会もすべての試験を延期した。そして同年3月24日〜7月21日、ネパール全土は、悪質違反者と警官が認めたら警棒で殴打する厳格なロックダウンが実施された。  視覚障害学生の実家が、バスが通る道に出るまでに、肉親らの手引きで2泊3日のトレッキングが必要な山岳部にある場合さえ珍しくないので、その場合は一旦帰省したら簡単に移動できない。さらに農村僻地に住む視覚障害学生はオンライン授業ができる環境にないので非常に困難な立場におかれた。  ロックダウンが解除された後、行動範囲が広い若者を中心にCOVID-19が蔓延し、2020年10月にはネパール盲人福祉協会(NAWB)の若手職員らが罹患した。しかし、医療は崩壊しており気休めのようなウコン湯を飲んでひたすら寝て回復を待った。その後、第1回のワクチン接種は日本より早く2021年1月27日に開始された。2021年4月29日〜8月11日カトマンズは2回目のロックダウンとなり、2021年4月にはNAWBの管理職がCOVID-19に罹患したが、ワクチンを接種していたので、医療が崩壊していたにもかかわらず大事には至らなかった。  2021年の10月頃からネパールではCOVID-19は収束に向かい始めたが、パンデミックの終息がいつか確定することは難しく、とくに視覚障害学生の授業再開時期の決定はさらに難しいものとなった。視覚障害児・者に「ものに触らないでください。ソーシャルディスタンスを取ってください。人との濃厚接触を避けてください」と言うのは、「社会生活を行うな」と命じることに等しいためである。  このような悪条件のために、新しい視覚障害奨学生の募集と選考は大幅に遅れ、2023年4月14日から開始のビクラム暦2080年教育年度から新たな視覚障害奨学生を受け入れることになったので、次ページに紹介する。  小誌の記事は報道機関の実名原則にならい具体的に書き、中に出てくる人名は実名で記すことを原則にしている。これは当協会が、毎日新聞社の関係団体であるだけでなく、ネパールで支援を受けている視覚障害者の氏名等を匿名化すれば、小誌の信頼性は著しく損なわれると考えてのことだ。ただ、個人情報保護法の影響で、社会全体が匿名社会化しているため実名記載をなんとなく忌避する空気も一方ではある。実名による問題点は報道被害により該当者が不利益を受けることだ。小誌は1986年(昭和61年)の創刊以来、そのような苦情があったためしはない。しかし、従来は奨学生の氏名をアルファベット表記してきたが、「その必要性はあるのか?」という疑問には耳を傾けて、今回からはカタカナ表記にすることにした。  高校(Higher Secondary School)といってもネパールのその多くは幼稚部から12年課程の一貫教育である。このため全校生徒数は普通1,000人を軽く超える。  ネパール全土に点在する13校が、2023年度からの対象視覚障害奨学生が就学する学校である。 -----------------------------------------------  以下、aA奨学生の氏名、性別、障害、年齢、学年、地図番号と学校名、育英基金名。  (1)プラクリティB・K、女、全盲、5、点字、プルワンチャル盲学校、安達禮雄育英基金。  (2)サンディップ・カティワダ、男、全盲、10、3、ラボラトリー高校、安達禮雄育英基金。  (3)サハナ・ジミ、女、全盲、7、点字、プルワンチャル盲学校、安達禮雄育英基金。  (4)アニシャ・ポクレル、女、全盲、14、7、シャンティ・ナムナ高校、安達禮雄育英基金。  (5)アーシュ・チョーダリー、男、全盲、9、1、ナムナ・マチンドラ高校、安達禮雄育英基金。  (6)アジャヤ・クマール・ラム、男、全盲、12、5、パシュパティ高校、安達禮雄育英基金。  (7)パルワティ・チョーダリー、女、全盲、12、4、ドゥマルワナ高校、順子女子育英基金。  (8)サムジャナ・チョーダリー、女、全盲、10、1、ドゥマルワナ高校、順子女子育英基金。  (9)カリシュマ・カトリ、女、全盲、7、3、マデシャ・ジャンタ高校、順子女子育英基金。  (10)カルナ・カトリ 、女、全盲、14、7、マデシャ・ジャンタ高校、順子女子育英基金。  (11)クリシュナ・ライ、女、全盲、9、1、サンジワニ高校、順子女子育英基金。  (12)ウシャ・ライ、女、全盲、16、9、サンジワニ高校、順子女子育英基金。  (13)サンジタ・ムグラティ、女、全盲、12、点字、アダーシャ高校、順子女子育英基金。  (14)ロヒット・ボムジャン、男、全盲、13、1、サンジワニ高校、正雄育英基金。  (15)ガガン・グルン 、男、全盲、13、2、アマル・シン高校、正雄育英基金。  (16)アクリティ・ダハル、女、弱視、9、点字、アマル・シン高校、正雄育英基金。  (17)シャム・タクール、男、全盲、12、5、パシュパティ高校、正雄育英基金。  (18)アビナム・タミ 、男、全盲、11、4、カリンチョーク高校、正雄育英基金。  (19)シュリスティ・タマン、女、全盲、11、3、カリンチョーク高校、正雄育英基金。  (20)サパナ・ウパディヤ、女、全盲、8、1、バイラブ高校、正雄育英基金。  (21)ミナ・ブージェル、女、全盲、24、大学3年生、トリブバン大学ポカラ校、安達禮雄育英基金。 -----------------------------------------------  地図を見るとネパール第2の都市で観光地ポカラと釈迦生誕の地ルンビニから東側に学校が大きく偏在しているのは、歴史的に開発が進んできた地域だからだ。一方、西部と極西部はまだ基本的なインフラ施設(道路網、飲料水、病院)にもことかくが、手つかずの昔ながらの美しい自然が残る地域だ。 ●古都と現在の郡都  カルナリ州ジュムラ郡はヒマラヤ北西部の山岳地帯にあり、その人口は約12万人である。  バイラブ高校がある同郡シンジャ町(人口12,395人)は、天然の要害で、12〜14世紀にかけてネパール西部を支配したカサ王国(Khasa Kingdom)の首都で、複雑な地下給水パイプの大規模なネットワークを持つ集落・宮殿・寺院遺跡が英国ケンブリッジ大学考古学部が主導する発掘調査で発見されている。  シンジャ渓谷の端の崖では、ネパール語の最古の文字例が発見されており、ネパール語発祥の地と考えられている。当時、ネパール語はカース語(Khas Kura)と呼ばれ、古代インドの叙事詩『マハーバーラタ』に登場するカサス族の子孫であるカース族の言語を意味する。  空港のあるジュムラ郡の郡都チャンダンナートは人口5,842人の町だ。同郡の緯度は亜熱帯の奄美大島に相当するが平均標高が2,300mもあるので気候は特異で、最も寒い1月の気温は最低 -6℃〜最高4℃で、最も暑い8月の気温は最低12℃〜最高16℃である。だが年中日差しはとても強いので日向で動くと汗をかく。 ●酷暑期のジャカランダ  桜が日本列島を縦断して北海道で花見ができる4月下旬〜5月中旬頃、カトマンズではジャカランダ(Jacaranda)という青紫色の花が一斉に咲く。  和名を紫雲木というこの花木を知ったのは2001年5月に上司と2人でカトマンズを訪れたとき、上司にこの花木の名前を聞かれたのが契機だった。そこで片っ端からネパールの友人・知人に聞いて回ったのだが、誰もが目にするとても目立つこの花の名がはっきりせずとても困惑した。  ネパール盲人福祉協会(NAWB)本部での重要会議が終わった後、会長にもこの件を聞いた。すると「私は知らないが、友人に植物学者がいるので今から電話で聞いてみよう」と言われた。そして学名までスペルアウトしたメモを貰ったので、とても嬉しかった。  この季節のネパールは1年で最も暑い季節でうんざりするが、青紫のジャカランダの木が国内外の観光客を魅了し、一時暑さを忘れさせてくれる。淡い紫の花が咲き誇る様子は、わが国の桜を連想させるが、桜よりずっと長い間花を楽しむことができる。  ジャカランダは中南米原産の花木で、ボリビア、アルゼンチン、ブラジルに自生しており、樹高は15m〜20mまで生長する。  1920年代にジャカランダの苗木をラナ宰相家の一員である貴族が、インドのダージリンからカトマンズに持ち込み、それを自宅の庭に植えたのが盆地内に広がったというが、そのためには大きな契機があった。  1961年に35歳のクイーン・エリザベス2世(1926〜2022)がネパールを訪問することになった。その歓迎のためにカトマンズの街を美しく飾ろうと、道ばたや様々な場所にジャカランダの苗木が組織的に植えられたのである。爾来60余年、苗木は巨木へと育って今日に至っているのだ。  ところで多くのネパール人は、この花をシリスコフル(シリスの花)と呼ぶ。しかし、シリスとはミモザの1種で、インド亜大陸原産のアルビジア・レベック(ビルマネム)という花木のことなので間違いである。  ペンネーム「パリジャット」こと、ビシュヌ・クマリ・ワイバ(1937〜1993)という女性作家が1964年に上梓した小説『シリスコフル(シリスの花)』は、ネパール文芸の神髄とうたわれ、「カトマンズに散る花」の名で映画化もされている。彼女がジャカランダをシリスの1種と誤認し、シリスには青とか紫の花はないのだが、この小説が米国で英訳されたとき『Blue Mimosa(青いミモザ)』のタイトルが付けられたのが誤解の元だ。  映画でもヒロインの住む邸宅にはジャカランダの大木が植わっており、ヒロインも若くして死ぬのだが、そのときジャカランダの花も散る。  このように、ジャカランダをシリスとかミモザと呼ぶのには文学的には根拠はあるが、植物学的にはまったくの間違いなのである。 ●ニルマラ・ギャワリの半生 元NAWB事務局長 ホーム・ナット・アルヤール  ニルマラ・ギャワリ(Miss Nirmala Gyawali)39歳は、1983年9月にネパール西部のルンビニ州の丘陵地帯グルミ郡の人里離れた村で生まれた。  5人きょうだいのうち2人の兄は晴眼者であるが、もう1人の兄と姉と彼女の3人は、生まれつき視覚障害であった。  彼女の目に問題があることに気付いた両親は、彼女をグルミ郡病院に連れて行ったが、その病院には眼疾患者を治療する設備はなかった。  ニルマラたち3人の全盲きょうだいが幸運だったのは、カトマンズの大学を出てロシアに留学したことのある親戚が、視覚障害児のための学校がカトマンズにあることを知っていたことだった。  そこで3人は、カトマンズに連れて来られたが、ラボラトリー高校(幼稚部〜12年課程)の小学部に入学するためには多額の授業料が必要で、その奨学金枠はすでにいっぱいだった。  だが彼らは同校で、米国人女性弁護士オルガ・マレーによって設立された恵まれない子供たちに教育機会を提供するネパール青少年財団(NYF)の存在を知らされた。  3きょうだいはオルガの面接を受けて3人とも合格した。こうしてNYFの財政支援を受けてラボラトリー高校小学部に1990年4月に入学し、寄宿舎に泊まりながら授業を受けることになった。  ラボラトリー高校も優秀な学校であったが、1991年に同校よりもさらに優れた教育を行う学校が開校した。小学部(5年課程)で優秀な成績を上げて飛び級を繰り返すニルマラを目にしたオルガは、彼女にさらに良い教育を提供したいと考え、中学部(6年生)から有名校に進学しないかと提案した。  だが、ニルマラは優秀な学校に進学すれば、その分進級試験も難しくなり、合格できなかったら奨学金を失うと聞いていたので躊躇した。  しかし、オルガが「有名校で視覚障害教育を実施することはリスクがあるので、かりに進級試験に合格できなくても奨学金は継続する」と約束したのでニルマラは勧めに従い、ラリトプルにあるアイデアル・モデル・セカンダリー・スクール(Ideal Model Secondary School, Lalitpur)に進学した。  NAWBが発行する点字教科書はネパール語点字で表記される。ところが私立校はすべて英語で授業が行われるため点字教科書がなかった。このため授業についていけない彼女はパニックに陥った。  ニルマラの窮地を聞いたオルガは米国から相談のためNAWBを訪れて協力を要請した。  NAWBは東京ヘレン・ケラー協会(THKA)の支援を受けて、カセットテーププレーヤーとともに点字器セットと点字用紙を視覚障害大学生に提供して、点字教科書がないハンディを補っていた。  NAWBは質問の仕方なども含めたノウハウをニルマラに伝授した。そして彼女は授業をすべて録音して、放課後には毎日点字でノートを取った。  こうして彼女は心配していた進級試験に一度も失敗することなく、1998年には学校教育修了試験(SLC)に合格して、10年課程を修了した。彼女はNYFからの奨学金を受けて11・12年課程を修了し、その後国立トリブバン大学に進学し、英語と社会学を専攻して学士号を取得した。  彼女は英語が得意であったので、フルブライト奨学金を受けて米国で勉強することを夢見たが、当時のネパールでの学士号の取得期間は3年だったので4年間就学するために、彼女はさらに1年間大学で学ぶことにした。  そして、フルブライト奨学金を得てコロラド州立大学の学部で「学習のためのパートナーシップ(学習支援)」コースに参加した。だが、その前に2ヶ月間歩行訓練とコンピュータ技術を習得するためにコロラド盲人センターに入所した。こうして彼女は2005年3月から2007年5月まで米国に留学して学士号を取得した。  帰国した彼女は、スイスのジュネーブに本部を置く国際機関の国際移住機関(IOM)が、ネパール東部のジャパ郡にあるブータン難民キャンプで実施する事業の「カルチャー・オリエンテーション・トレーナー」として働き始めた。そこで6年間勤務した。だが、彼女はジャパでいつも一人でいることに強い孤独とストレスを感じたので、カトマンズに帰りたいといつも思っていた。  その頃に、「ネパール能力開発協会(ADSoN)」という新組織が2014年5月にカトマンズで設立されるということを小耳に挟んだ。そして、彼女は新しい団体の常務理事(エグゼクティブ・ディレクター)として参加する機会を得たのであった。  ADSoNは、米国ローズ国際児童基金の支援を受け、障害者のエンパワーメント(能力強化)に取り組む団体で、彼女のリーダーシップにより視覚障害者、聴覚障害者、身体障害者のための様々なトレーニング・プログラムの実施に奔走している。  最近では、ネパールの極西部地域の16校に、視覚障害児のための触覚教材を贈呈した。また、極西部のカイラリ郡ダンガディで、視覚障害教師・生徒とリソース・ティーチャーのための3日間の統一英語点字(UEB)ワークショップと研修を行った。  彼女は、NYF、NAWB、THKAの支援により、教育の機会を得て自立できたことに感謝している。  以上、敬称略。 ●タイ国際航空は経営再建中  タイ国際航空(TG)は、コロナ禍でほぼ全便が運航停止となり、2020年5月に破産法に基づき社員を半減する事業再生手続きを開始した。このため乗客の私にもそのしわ寄せがきた。まず、当初予約していた便が飛ばなくなり、代わりの便に乗るとバンコクに1泊する必要があった。食事もサラダやフルーツはなく質素で、機内誌『Sawasdee』は休刊中だった。しかも帰国便はTGが運航する格安便のタイ・スマイル航空(WE)に否応なく変更されていた。このためカトマンズ空港のチェックイン時に見慣れないオレンジ色の搭乗券を渡されたときは、何が起こったのかと、とても面食らった。(福山博) ●2022(令和4)年度 資金収支計算書 (自)2022年4月1日   (至)2023年3月31日  以下、勘定科目:予算(A)、決算(B)、差異[(A)−(B)]、備考の順。単位は円。 (収入) 経常経費寄附金収入:445,000、456,853、△ 11,853   寄附金収入; 445,000、456,853、△ 11,853 その他の事業収入:160,000、160,000、0   補助金事業収入(※1);160,000、160,000、0 受取利息配当金収入:0、0、0   受取利息配当金収入;0、0、0 その他の収入:5,000、5,400、△ 400   雑収入;5,000、5,400、△ 400 事業活動収入計(1) :610,000、622,253、△ 12,253     (支出) 人件費支出:120,000、120,000、0   職員給料支出;120,000、120,000、0 事業費支出:734,000、733,774、226   海外援護費支出;360,000、360,000、0   海外出張費支出;374,000、373,774、226 事務費支出:244,000、245,939、△ 1,939   旅費交通費支出; 0、0、0   事務消耗品費支出;2,000、1,944、56   印刷製本費支出;97,000、96,800、200   通信運搬費支出;78,000、78,938、△ 938   業務委託費支出;0、0、0   手数料支出;32,000、33,257、△ 1,257  諸会費支出;35,000、35,000、0  雑支出;0、0、0 事業活動支出計(2) :1,098,000、1,099,713、1,713 事業活動資金収支差額(3=1−2):488,000、477,460、△ 10,540 当期資金収支差額合計(4=3):488,000、477,460、△ 10,540 前期末支払資金残高(5):5,673,549、5,673,549、0 当期末支払資金残高(4+5):5,185,549、5,196,089、△ 10,540  ※1日本盲人福祉委員会および毎日新聞東京社会事業団からの助成金 ↑成田、バンコク間は正規のTGの搭乗券だった。  ↑バンコク、カトマンズ間は、TGの搭乗券なのにフライト番号はWEの番号だった。 ↑カトマンズ、バンコク間は、WEの搭乗券なのに、 フライト番号はTGの番号だった。 ●2022年度事業報告(令和4年4月1日〜令和5年3月31日)  ネパール盲人福祉協会(NAWB)への支援として、当協会が創設に協力した安達禮雄育英基金。正雄育英基金、順子女子育英基金の3基金による奨学金給付事業を例年通り実施した。NAWBの点字教科書発行を中心とする事業の継続に向け、点字製本用材料を提供するなどフォローアップのための側面的支援を実施した。2022年度は、新型コロナウイルス禍で中止していた当協会職員の現地派遣をほぼ3年ぶりに実現し、現地スタッフとの交流や、状況報告を受けるなどした。また、事業報告集である『愛の光通信』(58号)を2022年7月、同誌(59号)を2022年12月に発行した。 ●2023年度事業計画(令和5年4月1日〜令和6年3月31日)     1.育英基金事業  正雄育英基金は小学校から高校まで(第1〜12学年)の男女の視覚障害児童・生徒を対象に、安達禮雄育英基金は小学校から大学(4年間)までの男女の視覚障害児童・生徒・学生を対象に、順子女子育英基金は小学校から高校までの女子の視覚障害児童・生徒を対象にした奨学金である。これらは寄附者、ネパール盲人福祉協会(NAWB)、当協会の3者が覚書を交換し、ネパール政府社会福祉協議会(SWC)に届け出ている事業である。この3事業が覚書に添って、滞りなく実施されるようモニターする。     2.フォローアップ事業  NAWBの点字教科書発行を中心とした事業に対して、フォローアップのための側面的支援を実施する。これは、当協会が長年実施してきた事業が無に帰さないように、2004年度(平成16年度)から継続して実施している事業である。  上記育英基金事業のようにNAWBに「THKA, Japan基金」(仮称)を創設し、フォローアップ事業を半永久的に継続できないか、本年度その研究を行う。     3.国内事業  広報・募金活動は、NAWBから事業報告等が提出されることを条件に、『愛の光通信』を年2回発行し、例年通り実施する。  日本障害者リハビリテーション協会に事務所を置く、障害分野NGO連絡会(JANNET)の一員として、障害分野の国際協力を行う他施設・団体と情報交換・交流を深める。 ●海外交流事業記録 (2022/4〜2023/3)  4月21日:元クリシュナ奨学生のアルチャナ・ムキーヤにクリシュナ基金より10万ルピーの結婚祝金を送金した。この時点ではアルチャナの結婚式は5月26日に実施される予定だったが、諸般の事情により11月27日に延期された。  5月26日:NAWBにCOVID-19感染予防支援としてマスクと手指消毒薬の購入資金を送金した。  7月:『愛の光通信』(58号)を発行した。  8月31日:『JANNETメールマガジン』第227号2022年8月号に「クリシュナ基金がついに完結」を寄稿した。  10月4日:フォローアップ事業として点字教科書製作のための材料費等をNAWBに送金した。  11月15日〜12月2日:ネパール出張(福山)  11月17日:アルチャナ・ムキーヤにクリシュナ基金の会員2人からの結婚祝金各3万円、計6万円を手渡した。  11月27日:アルチャナ・ムキーヤが、ビルガンジの結婚式場で挙式したので、福山が参列した。  12月:『愛の光通信』(59号)を発行した。  以上、敬称略。 ●寄附者ご芳名(五十音順・敬称略)2022年4月1日〜2023年3月31日 温かいご支援ありがとうございました!     (個人)  安藤生、飯田光江、石田隆雄、岩室純子、岩屋芳夫、植竹清孝、上野伊律子、遠藤利三、大垣内勇、大西正広、大橋東洋彦、大森純子、岡本好司、貝元利江、勝山良三、加藤万利子、川尻哲夫、川田孝子、小泉周二、小島亮、小林良子、小森愛子、斎藤惇生、酒井久江、坂本留美、佐々木秀明、指田忠司、佐藤達夫、白井雅人、杉沢宏、鈴木洋子、須原ひとみ、高橋恵子、田中正和、生井良一、林紘子、原田美男、樋渡敏也、富久縞博、増野幸子、松井繁、松本大、御本正、三宅正太郎、茂木幹央、山口節子、渡辺勇喜三     (団体等) ◆小林動物病院、◆学校法人聖明学園古和釜幼稚園、◆株式会社高垣商店、◆有限会社ヤマオー事務機 ●ネパールのロヒンギャ難民  ビルマ(現・ミャンマー)は1948年にビルマ連邦として独立するが、それからしばらくはイスラム教徒のロヒンギャ出身の閣僚や国会議員までいた。しかしカレン族の独立闘争や国共内戦に破れた中国国民党軍の残余部隊がシャン州に侵入するなど、政権は当初から不安定な状態にあった。国軍は彼らとの武力闘争の過程で徐々に力を蓄え、政権を掌握する下地となった。1962年にネウィン将軍がクーデターを起こし軍事独裁体制を整えるとロヒンギャは弾圧の対象となった。  そして今日、ミャンマーのラカイン州から追放されたロヒンギャは、2012年頃からバングラデシュとインドを横断して1,200kmあまりの長旅を敢行してネパールに入国した。  彼らは現在カトマンズ北部のカパン難民キャンプとタライ地方の難民キャンプに定住している。それらの人々は観光ビザで入国しており、カパンのキャンプには400人以上が暮らしている。  ネパールのロヒンギャの正確な人口は不明だが、全土で600〜3000人いると推定されている。たいした数ではないように思われるかも知れないが、ネパールはこれまでに1959年からチベット難民が、1990年からはブータン難民が押し寄せている。  このためネパール政府が難民認定しているのは、チベットとブータンの難民だけなので、ロヒンギャ難民は、公式には不法移民扱いである。  ネパールは1951年の難民条約や1967年の議定書に署名していないので、ネパールには難民に奉仕する法的義務はない。しかしネパールはジュネーブ条約で規定されているような人権条約を批准しており、ロヒンギャの権利を守る立場にある。そこでネパール政府はロヒンギャのコミュニティを難民としてではなく、不法移民として認識しているのだ。  国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、彼らに身分証明書を与え、1家族あたり月額5,000ルピー(約5,000円)の手当を提供しているが、これでは彼らの基本的な生活さえ満たすことはできない。  2015年には、5人のロヒンギャ難民がネパールのパスポートを違法に所持してサウジアラビアに入国することに成功したことが発覚して、この問題がさらに複雑化した。 ●ホウオウボクの花  カトマンズ盆地にジャカランダが花咲く頃、インド国境沿いタライ平野では、アフリカのマダガスカル島原産のホウオウボク(鳳凰木、Delonix regia)の花が爛漫と咲き誇る。なぜか、タライ平野ではジャカランダは見かけない。  これらに西アフリカ原産のカエンボク(火焔木)を加えて世界三大花木と称するらしい。「梅や桜はどうした」と突っ込みを入れたくなるが、どうもそれを決めたのは沖縄の地方紙『沖縄タイムス』らしいので、諸説あるということにしておこう。 ●天上の菜の花畑  「耕して天に至る」とはこのことである。山の頂を耕した畑と10軒ほどの石造りの家屋があった。もちろんこれ以外にも急勾配の棚田があるはずだ。菜の花畑は水田の裏作だと思われるが、農業用水を雨水に頼る天水田なのだろうか? 眺望は素晴らしいだろうが、生活用水はどうしているのだろうか? 嵐の夜は恐ろしくないのだろうか? 同様に山頂を拓いた学校に行ったことがあったが、その校舎には車を降りて、山道を3時間以上のぼって到着した。 ●寄附のお願い  ネパールにおける視覚障害者支援、とくに教育の充実をはかるために寄附をお願い致します。  寄附金のご送金は下記口座をご利用ください。 郵便振替:00150−5−91688 寄附金に対する減免税措置  東京ヘレン・ケラー協会は、所得税法施行令第217条第1項第5号に掲げる社会福祉法人です。当協会に対するご寄附は、所得税法第78条第2項第3号及び租税特別措置法第41条の18の3、法人税法第37条第1項及び第4項の規定が適用され、税法上の特典が受けられます。 ●編集後記  7ページの「タイ航空は経営再建中」の記事中「機内誌『Sawasdee』は休刊中」と書きました。  ところが下記URLで、同誌は読めます。  https://sawasdee.thaiairways.com/about-us/ そこにはこう書いてありました。「Sawasdeeは、タイ国際航空に代わってInkによって発行されています」と。  最近の報道によると、COVID-19対策の緩和で航空需要が回復しており、タイ国際航空は2024年に経営再建される見通しで、これはネパールにとっても朗報です。  ネパール観光業は37万人以上もの雇用があり、これは全産業の従事者の11.5%で、製造業の15.8%に次ぐ規模なのです。観光業が潤えば、ネパール全体の景気が上向くとさえいわれています。(H・F) 発行:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会海外盲人交流事業事務局 〒169-0072東京都新宿区大久保3−14−4 TEL:03-3200-1310   FAX:03-3200-2582 http://www.thka.jp/   E-mail: XLY06755@nifty.com  ※迷惑メールが増えています。当協会宛のメールには、適切な「件名」をお書き添えください。