愛の光通信    2005年春号通巻24号    LIGHT OF LOVE    Overseas Program for the Blind - Plans and Reports    ISSN 0913-3321 東京ヘレン・ケラー協会 海外盲人交流事業事務局 (写真:バグマティ川から見たNAWB全景 (写真:点字出版所の職員と守衛さん) ●(特集)NAWB点字出版所  ネパール点字教科書製作の今  ネパール盲人福祉協会(NAWB)事務局長/ホーム・ナット・アルヤール  ネパールの視覚障害児教育に対する、皆さまの変わらぬご支援に、まず御礼を申し上げます。 ◆点字出版所の沿革  1985年(昭和60年)に設立されたネパール盲人福祉協会(NAWB)は、設立当初は点字タイプライターで点訳した版下を、サーモフォーム複写機により、1枚1枚コピーして点字教科書を作っていました。この米国製の複写機は、点字を片面だけ書いた用紙の上に特殊なプラスチックシートを載せ、その上から熱を加え、下から真空ポンプで空気を吸い込む仕組みです。こうして軟らかくなったプラスチックシートが点字の形に成型されたところで、熱源を離して冷却すると、プラスチックに点字が刻印されます。ただ、この方式は非常に生産性が悪く、ネパールの視覚障害学童は、深刻な点字教科書不足に直面していました。  そこでNAWBは1989年(平成元年)に、東京ヘレン・ケラー協会の支援により、点字出版所を開設しました。この日本製の生産性の高い新しい点字書生産ユニット(点字製版機と印刷機など)により、やっと視覚障害児一人ひとりに1冊の教科書を供給することが可能になりました。また、東京ヘレン・ケラー協会は2階建点字出版所の 建設をも支援し、それ以来、NAWB点字出版所は公立校で使われる教科書をはじめ、点字の雑誌や点字カレンダーなどを継続して作成しています。  1995年(平成7年)には、コンピュータによる点字書籍の生産システムも導入。さらに、2001年(平成13年)には日本の国際協力機構(JICA)の支援により高速点字プリンターのシステムがNAWBに提供され、教科書の生産システムは盤石となりました。こうして、コンピュータを使っての点字教科書生産も軌道に乗り、NAWBは直接支援する学校だけでなく、ネパール王国政府教育省によるBPEP(基礎的初等教育事業)により、開発された統合教育校にも点字教科書を供給するようになりました。  NAWBは点字出版所開設以来現在まで、点字雑誌や点字カレンダーを含めて62,534部の点字書を製作し、うち45,864部をネパール全土の統合教育校や関係する団体に配布してきました。  ◆主な点字出版物 1.公立校の点字教科書(第1〜10学年)  第1〜8学年の全教科の点字教科書  第9、10学年の必修科目の点字教科書 ※ 原本はネパール政府の外郭団体であるジャナク教育資材センター(JSSK) 発行の教科書。 2.雑誌と参考図書  月刊点字雑誌『心眼(ディビヤ・チャクシュ)』  点字カレンダー(年に1回、3月発行)  『英語2級点字表記法』  文芸書:短編小説集『忘れ形見(ナソ)』(穂高書店から1992年に邦訳も出版されている)、短編小説集『移住(バサイン)』、児童書『楽しい旅行』  障害問題と関連したその他の書籍:『22束の花』(22名の障害者の成功談)  ◆配布先 1.統合教育校  私たちは、NAWB本部とNAWBのCBR事業により開発された約90の統合教育校で学ぶ、約450人の視覚障害学生に、上記点字教科書を配布しています。 2.高校や大学  教科書以外の発行物である『英語2級点字表記法』、点字カレンダー、点字雑誌『心眼』などを、統合教育校に配布すると共に、高等学校(第11、12学年)や大学で学ぶ視覚障害者の要望に応じても配布しています。 3.BPEPが開発した統合教育校  同様にNAWBは教育省特殊教育局のBPEP(基礎的初等教育事業)により実施している統合教育校において、教育を受けている視覚障害児にも点字教科書を配布しています。  ◆スタッフと業務内容  NAWBは、点字教科書を発行する一方、事業の一環として実施しているCBR(地域を基盤にしたリハビリテーション)事業により開発した統合教育校の運営・管理にも責任を持っているが、ここでは教科書発行を中心に紹介する。  @ユージン・プラダン(Mrs. Eugen Pradhan)、教科書課長:彼女が、いわば事実上の点字出版所長であり、点字教科書等の発行計画を立て、その製作/配布に責任を持っている。  Aトゥルシ・ラム・バスヤル(Mr. Tulsi Ram Basyal)主任製版士:現場の実質的責任者  Bラトナ・カジ・ダンゴル(Mr. Ratna Kaji Dangol)次席製版士  Cフゲル・ラマ(Mr. Fugel Lama)、校正(全盲):日本同様、触読校正者単独の素読み校正と、晴眼者をパートナーとした読み合わせ校正がある。  Dラシラ・バジラチャリヤ(Mrs. Rashila Bajracharya)点字入力/製本:写真左端の大型の点字プリンターは国際協力機構(JICA)の寄贈品で、同機構のロゴマークと「JAPAN」の文字が見える。  Eプレム・マナンダル(Mr. Prem Manandhar)、点字入力/製本:彼は片足に軽い障害があり、松葉杖をついている。  Fアンビカ・シュレスタ(Mrs. Ambika Shrestha)、 製版士/製本(弱視)  Gガンガ・プラサド・ゴールサイネ(Mr. Ganga Prasad Ghorsaine)、製版士助手/製本  Hカンチャ・スヌワール(Mr. Kancha Sunuwar)、用務員/紙折(全盲)  ◆点字教科書ができるまで  NAWBでは、パソコンに接続した点字プリンターにより打ち出して、英語の教科書を作成している。英語の点字は通常フルスペルで書かず、「英語2級点字」と呼ばれる略字、縮語を使って効率良く書く。近年はフルスペルで入力すると、自動的に2級点字に置換してくれるソフトがあり、それを使いたいので、英語の教科書はパソコンによる点字出力で作成する。とはいえ点字教科書製作の主流は、今も昔ながらの仲村点字器製作所製点字製版機/印刷機によるもので、この方法が、もっとも安価に、かつ効率的に教科書を製作できる。  1.点訳(点字製版)  基本は墨字の教科書を読みながら、二つ折りにしたB5判のプラスチック板(点字原板)に6点キーで点字を入力する。  2.校正  視覚障害者が、点字を触読しながら、誤りをチェックする。  3.点字修正  校正の指摘に基づき、余分な点は金槌で叩いて平らにし、不足している点は製版機で刻印する。  4.紙折  製本するための糊代分として、点字用紙の端から約1cmの位置に足踏みの機械で折線をつける。  5.点字印刷  二つに折って点字が刻印されたプラスチック板(点字原板)に点字用紙を挟み、印刷ローラーに通して圧力をかける。点字原板から点字用紙を抜き出すと、その用紙に点字が刻印されている。  6.製本  点字教科書1部に相当する点字用紙を束ねて、二つ折りにした糊代に刷毛で糊をつけて、表紙を接着する。大きさは日本仕様のB5判だが、ネパールの公立校の勉強机は小さいので、国際規格のA4判よりこのサイズが適している。  7.箱詰めと宛名書き  点字教科書は無償の点字郵便物として発送するため、箱詰めして、宛名を書いて郵便局に持参する。小包の大きさや個数に制限があり、しかも無償郵便物であるため、いつも後回しにされる。このため、配達には2〜3カ月かかる場合も多い。 ----------------------------------------------------------------------------------------  ●バラ郡の地雷  2005年1月15日(土)付のカトマンズで発行されている英字紙『ザ・ヒマラヤン・タイムス』に下記のような記事が掲載された。 ---------------------------------------------  昨日(1月14日)、マヘンドラ国道のパタライア、ニジガドゥ間にマオイストにより設置された2つの地雷が爆発し、民間人3名と治安部隊の兵士1名が死亡した。爆発物は、マオイストにより、バラ郡グンジ・バワニプル村のベルヒヤン農業用水路にかかる橋の近くに火曜日に仕掛けられたもの。しかし、すぐに地域住民により発見され、治安部隊に通報された。しかし、地雷処理班が到着するのが遅れたため、住民が爆発物から信管を取り除こうとして、地雷のうちの1つが爆発し民間人が死亡。また、治安部隊がそこに到着した後に、他の地雷が爆発し、隊員1名が死亡し、他の2名が負傷した。 ---------------------------------------------  バラ郡といえば、当協会がCBRを長年実施してきていた地域で、なかでもパタライアは一時期我々が支援した統合教育校があった場所だ。  マヘンドラ国道は、正式には東西国道(イースト‐ウエスト・ハイウエイ)といって旧ソ連がジャングルを開いて作ったネパール横断道路である。パタライアには、道路建設のための資材置き場として建てられたロシア風木造建築物があって、そこが道路完成後、小学校になっていた。そこに男女2人の視覚障害児を入学させたのだが、校長も担当教師も統合教育の何たるかをまったく理解せず、児童の学業はまったく振るわなかった。このため、結局バラ郡の他の学校に転校させた。  そんな縁もあり、また交通の要衝でもあったことから、地雷が仕掛けられていた地点を私たちは以前、頻繁に通ったものであった。  ●KGHからの賀状  季節ごとに定宿であるカトマンズ・ゲスト・ハウス(KGH)から当事務局に挨拶状が届く。そして今年の年賀メールには、詩が添えられていた。 ---------------------------------------------  あなたがトゲのある目で見るなら  そこにはイバラしか見えないでしょう  あなたが「花の目で見る」なら  そこには馥郁たるバラが見えるでしょう ---------------------------------------------  そして、「これはアニ・チョイン・ドルマという女性歌手の『瞬間の至福』という最新アルバムに収められている『花の目で見る』という歌の一節です。ネパールは現在『内戦』状態と呼ばれていますが、闘っているのは人口のたった0.01%に過ぎません。後の99.99%は、この小さい国の混乱が収まることを願い、楽天的に懸命の努力をしているのです」と続けてあった。  ネパールは観光以外にこれといっためぼしい産業がないが、それも政情不安で年々厳しくなっている。このため、閉鎖や転業に追い込まれるホテルも増えており、その一因には風評被害もある。  「内戦」といっても、首都カトマンズや観光地ポカラは、ほとんど影響ないのだ。それをKGHのメールは訴えたいのだろう。  しかしこうした願いとは裏腹に、今年の2月1日にギャネンドラ国王が全閣僚を解任して非常事態を宣言。これに対して欧米各国が猛反発し、インドや英国などが軍事援助を凍結。こうして、ネパールの政情はより一層混迷の度を深めている。  ●タライ地方の寒波  インド国境沿いのタライ平野は、標高80〜100mの亜熱帯地帯。しかし、12月下旬〜1月中旬にかけて、寒波が襲うとたまに死者がでる。この冬もわがバラ郡をはじめ、被害が続出した。  とはいっても、気温は零下になるわけではなく、寒いといってもその日の最高気温は10℃を超えている。それなのに死者がでるのは、家屋の造りをはじめとして生活様式が、完全に酷暑仕様になっているためだろう。そして唯一の暖房は日向ぼっこで、日が差すと20℃以上にもなる。ところが、濃霧により太陽が遮られ、そんな日が2〜3日続くと、最低気温が4℃ほどにもなり、貧しい高齢者や幼児が体調を崩して、次々と亡くなる。毛布の1枚も余分にあれば、防ぐことができる死なのだが、これも自然災害というのだろうか? ●NAWBの相談役が来日  ネパール盲人福祉協会(NAWB)のガジェンドラ・バハドール・シュレスタ相談役(スウェーデン名誉領事)が、ジョティ夫人を伴って、3月1日(火)に、当協会を訪問。協会幹部・関係者とネパール事業の今後について懇談・協議した。シュレスタ夫妻は知人の結婚式に参列するため、2月22日(火)に来日していた。 ●読者からのお便り(はがき)  日ごろは海外盲人情報誌(愛の光通信)をお送りいただき、ありがとうございます。それなのに失業の身の上ゆえ、たまにしか募金に応ぜず申し訳なく思っております。  さて現今、ネパールの国情は、どうなのでしょうか。国王派のクーデターがつたえられ、民主化がどうなるか心配です。また、内乱状況の中で盲人、盲学生の勉学条件はどうなるのでしょうか。  彼の地の盲人のしあわせを願ってやみません。状況が掴めましたら、また情報誌などに掲載して下さい。健闘祈ります。(京都市・芦田賀寿夫) ●お断り  本誌前号(23号)「編集後記」に「12名のネパール人がイランで虐殺された」と書きましたが、これは「イラン」ではなく「イラク」の間違いです。お詫びして訂正致します。 ●募金のお願い  ネパールにおける失明防止と視覚障害者援護の充実をはかるために、募金をお願い致します。  寄付金のご送金は下記口座をご利用ください。 郵便振替:00150−5−91688 銀行口座:三井住友銀行新宿通支店(普)5101190 ●寄付金に対する減免税措置  東京ヘレン・ケラー協会は、所得税法施行令第217条第1項第5号にかかげる社会福祉法人でありますので、当協会に対するご寄付は、所得税法第78条第2項第3号、法人税法第37条第3項第3号の規定が適用され、税法上の特典が受けられます。 ●編集後記  新年早々ネパールから本誌前号(6頁)で紹介したモンジュ・ダハールさんが来日し、2月6日(日)に関西空港から帰国する予定になっていました。▼その矢先に「国王による政変」が起こり、電話も電子メールも通じず騒然とした中を、私たちが止めるのも聞かず、空港に家族が迎えにきているからと、彼女は帰国しました。▼幸い何事もなかったようですが、連絡がとれないということは、必要以上に不安をかき立てます。▼上記、芦田さんのご質問に関しては、次号で詳しくお伝え致します。▼今年のSLC試験は3月27日(日)に開始され、全国で約31万人が受験したそうです。(H・F) ●発行:社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会 海外盲人交流事業事務局 〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4 TEL : 03-3200-1310  FAX : 03-3200-2582 E-mail : XLY06755@nifty.ne.jp