THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2022年2月号

第53巻2号(通巻第621号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:奥村博史
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:コロナ禍の幕引きはいつ? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
3
(インタビュー)初瀬選手団長旅日記
  ―アジアユースパラ競技大会より
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5
ネパールの盲教育と私の半生(8)統合教育のための面接 ・・・・・・・・・・・・・・
22
(寄稿)求められる当事者の災害支援 
  ―災害支援員ステップアップ研修会より ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
27
祈りと琵琶と 琵琶盲僧の世界(2)星まつり ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
32
スモールトーク 熊本伝統の赤酒でお屠蘇 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
37
西洋医学採用のあゆみ(11)帝国議会への改正法案の提出 ・・・・・・・・・・・・・
40
自分が変わること(151)雪の中でマッチョにさよなら  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
リレーエッセイ:2.鍼と柔道  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
アフターセブン(83)地球にやさしい食生活を考える ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
  (234)史上最大のブランクから関取に復帰した千代嵐 ・・・・・・・・・・・・・・
59
時代の風:老化した神経幹細胞の若返りに成功、難病ALSに効果のある
  新薬発見、バイオ人工肝臓を使った移植実験に成功、
  口腔と認知症のメカニズム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
63
伝言板:劇団民藝+てがみ座公演、かわさき冬のコンサート、
  川島昭恵語りライブ、「なつかしの歌をもう一度」コンサート ・・・・・・・・・・・ 
67
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
コロナ禍の幕引きはいつ?

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に関するニュースは、発生から2年も経つというのに連日引きも切らない。
 2020年1月16日〜5月31日の第1波の頃、未知の感染症は治療法もなく、70歳以上の死亡率は25.1%と言われ全国民が怯えた。そして同年3月29日にコメディアンの志村けんがCOVID-19に罹患して逝去。各テレビ局はセンセーショナルに報道した。
 当時と比べるとワクチンも接種し、治療薬も承認され、重症化率も致死率もとても低くなった。1月6日現在の日本の感染者は174万4502人で、死者は1万8410人なので年間1万人弱である。インフルエンザの年間平均感染者は1000万人で、関連死は1万人なので同程度で、通常の肺炎では毎年10万人が死んでいる。
 このため元厚労省医系技官で、一般社団法人パブリックヘルス協議会代表理事である木村盛世<モリヨ>医師は、現在のオミクロン株への対応について「南アフリカのようにワクチン接種がかなり低いところでも収束してきているわけですから、ワクチンも治療薬もできたなかでは、感染を無理に止めない。医療体制を万全に整えることが私たちがやらなければならないこと」と指摘。さらに「(COVID-19の)致死性は、変異が進む前からも多くの人にとっては通常の風邪かインフルエンザ並みで済んでいる。そんな感染症をここまで社会的に重篤に扱われることによって、人為的医療ひっ迫を起こしている」と述べ、指定感染症2類相当に扱われている状況からインフルエンザなどの5類相当に引き下げることを提案している。
 1918年から1920年にパンデミックを起こしたスペイン風邪は、当時の世界人口の3分の1に当たる5億人が感染して集団免疫を獲得し収束した。COVID-19の1日の感染者が米国では100万人を突破し、オミクロン株感染拡大により集団免疫を獲得する可能性が出てきた。もちろん岸田政権としては、参議院議員選挙が終わるまでは、口が裂けても感染爆発を利用するとは言えないだろうが。(福山博)

(インタビュー)
初瀬選手団長旅日記 
― アジアユースパラ競技大会より ―

 【2021アジアユースパラ競技大会(AYPG)が、2021年12月2日〜6日、30カ国から700人余の選手が参加して、中東のバーレーン王国の首都マナーマで開催された。
 選手39人、役員・スタッフ46人の計85人から成る日本選手団(初瀬勇輔団長)は、5競技(陸上、水泳、卓球、バドミントン、パワーリフティング)に参加し、獲得したメダルは金33、銀12、銅14の計59個で、メダルランキングはイラン、タイに次ぐ3位だった。新型コロナウイルスを警戒してか、2022年北京オリンピック・パラリンピック直前ということもあり、今大会に中国は参加しなかった。
 視覚障害選手は水泳に3人が参加し、財津瑞希(17歳・男子、大分県立盲学校)と小倉千佳(18歳・女子、筑波大学附属視覚特別支援学校)の2人がそれぞれ銅メダルを獲得した。
 中東の産油国であるバーレーンの国土は滋賀県の琵琶湖とほぼ同じで、人口は148万4000人、そのうちバーレーン国籍は人口47%の70万2000人で、その他は出稼ぎ外国人。サウジアラビアと橋で結ばれている島国で、近年は金融と観光に力をいれている小国だ。日本ではなじみが薄いので、このように同国の紹介も兼ねて、バーレーン2021AYPGの周辺の様子を、帰国後2週間の隔離期間中に電話で初瀬団長にインタビューした。取材と構成は本誌編集長 福山博】

 まず、はじめに日本選手団の団長である初瀬勇輔氏のプロフィールを簡単に紹介しよう。
 1980年長崎県生まれの同氏は、現在41歳。中央大学在学中に失明し、同大法学部卒業後、障害者雇用支援を手掛ける特例子会社サンクステンプ(株)を経て、2011年に障害者雇用を中心とした事業に取り組む(株)ユニバーサルスタイルを設立し、代表取締役に就任。そのかたわら第20〜22回の全日本視覚障害者柔道大会優勝(3連覇)し、第9回フェスピック・クアラルンプール大会優勝。2008年北京パラリンピック柔道90kg級にも出場した。現在、日本視覚障害者柔道連盟理事、日本パラリンピアンズ協会理事、日本パラリンピック委員会(JPC)の運営委員を務めている。
 AYPG日本代表団が成田空港からエミレーツ航空でアラブ首長国連邦のドバイ経由で、バーレーンに向けて出発したのは11月27日午後10時半だった。そしてバーレーン国際空港に着いたのは現地時間午前7時半で約16時間の旅だった。
 青少年による選手団であるため、海外へ行くのが初めて、国際大会も初めて、飛行機に乗るのも初めてという選手が多かった。しかも長旅で、途中、飛行機が激しく揺れたこともあり、行きの機内で3人が体調不良を訴え、1人は嘔吐して、2人は緊張が高まって興奮のあまり鼻血を出した。
 ユース(青少年)の定義は競技により少し違い、最年長は卓球の23歳で、最年少は12歳だったが、日本からの最年少は、視覚障害水泳13歳の少女だった。彼女は大阪の普通校在学中で、独り歩きが苦手なばかりか、親離れもまだできていないようだった。というのは、夜中にホームシックで激しく泣いてまわりを戸惑わせたからだ。残念ながら彼女のレースはメダルのかかったレースではなかったが、家族と離れて遠くバーレーンまできて、水泳競技に参加したことが、彼女の将来にとってはメダルに比肩する価値があったのではないだろうか。彼女は帰国後実家に直行したので、すべての家族が濃厚接触者となり、家族ごと2週間の隔離となった。
 出発前に選手団は、帰国後の隔離は10日間に短縮されると聞いていた。10日目に自費でPCR検査を受けて陰性であればOKという流れだったが、オミクロン株の登場で一時は帰国さえ危ぶまれる状態になった。そして結局、11月30日付でルールが変わり10日間隔離がなくなり、有無を言わさず2週間の隔離となった。
 初瀬氏は自宅に直行すると奥さんも濃厚接触者になるので、ホテルでの隔離を選んだ。ただし、その場合はJPCの予算で成田空港近くのホテルに隔離される予定だった。それでは仕事に支障を来すと判断した初瀬氏は、成田空港から新宿までのハイヤー代をJPCに負担してもらって自費で新宿京王プラザホテルに自主隔離した。新宿であれば必要な書類などを運んでもらうことも可能で、仕事には好都合だったためだ。
 バーレーンの12月初旬は、日陰に入ると晩春や初秋みたいな気候で、Tシャツでちょうど心地いい感じだった。ただし、日差しは強烈で、日向の体感温度は日本の盛夏そのものだった。
 大会は、バーレーンの首都・マナーマのイーサ・スポーツ・シティ、ハリーファ・スポーツ・シティおよびアルバ・クラブの3会場で9競技が実施された。
 宿泊ホテルは、バーレーンの組織委員会が割り振っており、日本選手団は事前に五つ星ホテルへの宿泊をリクエストし、受け付けられていたはずだった。ところが本隊に先立って4、5人の先発隊が3日くらい前に現地入りして事前調査と準備を行ったが、本隊の初瀬氏が到着した時に彼らから宿舎の変更を告げられた。20階建てほどの四つ星のKホテルにランクダウンされており、唖然としたが、このような変更は日本のようにしっかり予定を組む習慣がない海外の大会では結構あることだ。
 予定されていたグローブホテルとアートホテルという名の五つ星ホテルは、バーレーンパラリンピック委員会の会長との面会とか、レセプションとかが開催されたので初瀬氏らも訪れており、組織委員会のほかに他国の選手団も宿泊していた。
 今回の競技会場はコロナ禍ということがあり、まったく別々の3会場に分かれていた。この3つの会場はKホテルからはそれぞれ車で20〜30分くらいで行け、同ホテルは交通アクセスは良かったし、宿泊するうえで困るようなことも特になかった。もし、予約していた五つ星ホテルに滞在していたら、練習とかに行くにしても1時間くらい移動にかかったので、不幸中の幸いで、競技に集中するためにはかえって良かった。
 今回の選手団に占める視覚障害者は弱視2人と全盲が1人、それに弱視である初瀬氏の4人だった。2つの五つ星ホテルは超巨大な建物なので、視覚障害者向きではなく、場所の把握とかが難しいので、初瀬氏は「まあ今回は四つ星ホテルでよかったかなあ」としみじみ思ったという。
 今回新型コロナウイルス対策をしっかりやっていて、東京パラリンピックと同じようにバブル方式をとっており、選手団は空港とホテルと競技会場しか行っていない。ただ、ホテルは一般客も泊まっており、どこまでバブルが有効だったかわからなかった。
 ただ食堂も別にしてあり、エレベータを降りるとすぐにレストランがあり、ビュッフェ方式で食べ物が置いてあって、トレーを持ってその前に立って指さすとホテルスタッフが取り分けてくれた。そこからトレーを持って日本選手団の個室に行き食事するようになっていた。他国の選手とはこの食事時間に交流することが多いのだが、バブル方式ではしゃべる機会はまったくなかった。日本選手団の個室は60人くらいは入れたが、密にならないようにするため食事時間をずらした。泊まったホテルではレストランと呼んでいたが、どっちかといったら雰囲気が社員食堂に近い感じだった。
 選手にとって自己のコンディションを保ち、最高のパフォーマンスを発揮するために、食事はおろそかにできない。ホテルでの食事はバーレーン料理はまったく出てこず、洋食と中華風料理のみだった。毎日、朝食はゆで卵とスクランブルエッグ、野菜の蒸し煮、フライドポテト、ソーセージ・ベーコンにパンとチーズ、フルーツと牛乳・ジュース、それにコーヒー・紅茶だった。
 昼と夜のメニューは毎日違ったが、だいたい同じような内容だった。野菜を蒸したり、炒めたようなものに長粒種のライス、麺類、ポテト、それに肉はチキン、魚、ビーフの3種類で、味付けが毎日違った。島国なので、魚が名物で白身魚のフライが多かった。あとデザートが付いており、10日間の滞在だったが、選手らから料理への不満は出なかった。
 バーレーンは、サウジアラビアのように厳格ではなく、イスラム教国としては緩い戒律の国なので、ホテルのバーラウンジで酒も飲めたらしい。
 初瀬氏は下戸ではなく、むしろいける口だが、ユースの大会なのであまり大人がだらしないことをするのはよくないと思って自制した。行きと帰りの機内でも飲めたが結局、一滴もたしなまなかった。
 バーレーンは、非常に緩やかなイスラム教の国らしいので心地良かった。女性が肌を出していても大丈夫で、とやかく言わないし、自分の信仰の度合いによるが顔を隠している女性もそんなに目にしなかった。
 イスラム教徒は、明け方から日の出まで、正午から昼過ぎまで、昼過ぎから日没まで、日没直後、就寝前の毎日5回お祈りを行うが、その時間でも普通に車が走っており、人々はあまり関係なく動いていた。
 ただ、祈りの時間になると拡声器からその旨の放送があったので若い選手たちにとっては衝撃だったようだ。放送は、ホテルでも聞こえたがそんなにうるさくはなかった。バーレーンは、観光に力を入れており、週末になるとドバイとかサウジアラビアから酒を飲みに来る人も多いようだ。イスラム教徒にとってタブーである豚肉もあるレストランもあり、ホテルでもベーコンが出ていたから日本選手団は食べていた。別にホテルスタッフが食べるわけじゃないからいいやという感じだったので、そういう意味では日本人にも住みやすい国じゃないかなと初瀬氏は言う。
 競技会場には一般観客は入れず、招待客だけでほぼ無観客だが、ただ情報を持っていた在バーレーン王国日本国大使館の館員や、子供は行かせられないからと、日本人学校の教師たちが見に来てくれた。あと現地の人で選手関係者とか、王族につながる人も来ていた。
 バーレーンは隣国サウジアラビアとは、王家が同じ部族の出身ということもあって関係が深く、実質的な保護国となっている。このため、2016年サウジアラビアがイランと国交を断絶すると、これに続いてバーレーンもイランと国交を断絶した。ただ、ペルシャ湾を挟んで向かい合うイランは近いので、日本選手団の約5倍にあたる190人以上の選手を今大会に送り込んできた。イランの選手にとっては、日本人が東京からソウルへ行く感覚なのだろう。中東で大会をやるというと、近隣の国々はユースの大会でも力が入るようだ。バーレーンはパラの大会をやるのが初めてで、歴史的にイランとバーレーンは不仲ではあっても、選手団はみんなそれなりに楽しんでいたようだった。
 日本パラリンピック委員会は、今回、コロナ禍初の海外での総合競技大会に選手を送ったので、新型コロナウイルスに対して相当敏感になっていた。ただ、バーレーンの感染者はものすごく少なく、マスク着用が義務から推奨に変わっていた。このため日本選手団としては「何であの人たちはマスクをしていないんだろう」と思う場面もあった。例えば、組織委員会とか、ボランティアとかがマスクをしないで近くにいたり、他国選手がマスクをしないで大声で応援していて違和感があった。選手団長としては新型コロナ感染者を一人も出さないようにと思っていたのでストレスが溜まった。
 ただバーレーンに入国した際、抗体検査を受けてそのままホテルで待機し、陰性が判定されてから移動が許された。そして、バーレーン滞在中の10日間にホテルや競技会場で4、5回PCR検査を受けたが、幸いなことに大会では1人も感染者が出なかったと閉会式で報告された。
 帰国は、成田空港に12月8日夕方5時20分に着陸。その後、まず成田空港の検疫でPCR検査があって結果が出るまで待機。そして、何回も陰性証明書の確認があったり、抗原検査後には「スマートフォン出してください」と言われて、「マイSOS」というアプリを起動させられ、メールが届いているか確認された。マイSOSは、健康状態と現在地報告、待機場所登録ができるアプリで、入国者のスマートフォンへの導入は義務付けられている。このアプリはGPSと連動しており、タップすると自分の位置情報が送られたり、アプリ経由で電話がかかってきて部屋にいるかどうか動画で確認することができる。初瀬氏は普段使っているアイフォンにマイSOSを導入すると音声で対応してくれたのでまったく問題なく使えた。仮にスマートフォンを持っていなかったら、入国前に必ずレンタルしなければならない。
 バーレーンでのPCR検査は、鼻の一部をさわさわやっているだけで優しかったが、成田は厳格で、容赦なく綿棒を鼻に突っ込まれてとても痛かったと初瀬氏はこぼした。
 結局、成田空港を出たのは午後9時頃で、空港から公共交通機関での移動は禁止なので、ハイヤーで新宿の京王プラザホテルへ直行した。本来ならば、成田空港近くのホテルに宿泊・待機予定だったが、未成年の子ばっかりなので、自宅待機を希望する子に対しては、ホテルの2週間分の宿泊費とハイヤーの料金を比べて、ハイヤーのほうが安ければ、ハイヤーを使えたので、結局、帰宅を希望する選手は、全員ハイヤーで送った。
 なぜ京王プラザホテルに宿泊することになったかというと、成田だと初瀬氏がサインしなければならない書類があったり、仕事で必要なものを持ってきてもらうとかが事実上できなくなるので、対応できる新宿のホテルを選んだのだ。ハイヤー代はJPCに出してもらって、ホテル代は自費にした。選手団が滞在予定の成田のホテルだったらJPCで払ってくれるので、自費でホテルに宿泊しているのはおそらく初瀬氏一人のようだった。
 京王プラザホテルには、海外帰国者向けプランがあって、1泊税込みで8,000円だ。ほかの東横インとかアパホテルにも同様のプランがあるが、値段はあまり変わらない。初瀬氏は、京王プラザホテルには館内にコンビニがあり、フロントもしっかりしており、荷物の受け取りとかも確実にやってくれるという安心感もあり宿泊することに決めた。部屋はそんなに広くないし、シーツの交換も4日に1回とか、サービス面ではそんなに良くないが1泊1万円を切った価格は通常あり得ないので15泊しても12万円である。時差ぼけとかもあるのでホテルの弁当は取らず、館内のコンビニに行ったり、ウーバーイーツに頼んで出前をホテルのロビーで受け取ったりしている。
 初瀬氏はとにかくホテルの敷地から出ない。所在確認の「マイSOS」が来たときに、もしコンビニにいたら出ないので、必ず30秒間呼び出し音が鳴って切れる。AIで自動的に電話をかけて、画像診断で本人かどうか、ホテルの自室にいるか確認する。連絡は時間が決まっていなくて不定期にバンバンくるので甘くない。
 トラブルというと行きの飛行機で体調不良が3人出たことと、バドミントンの子が、練習中に爪が少しはがれて巻き爪になったことぐらいで、大きなケガも事故もなかった。大変だったのは、ホテルと競技会場との輸送が慣れておらず、練習が終わって競技場からホテルに帰るまで2・3時間バスを待つことがあったことくらいだった。
 海外の選手は順番に関係なく乗ったりするので、選手にとっては反面教師でタフになるという面ではいい経験になった。小さな大会ではイレギュラーなことも起こりうるということはたくさんあって不安になるが、日本人選手だけがそういう目にあっているわけではない。陸上の選手だとスパイクを履いて競技場で試合前に走りたいが、競技場に入れないので、ずっと外のコンクリートの所で体をほぐして一発勝負となった。しかも慣れていないから「オン・ユア・マークス(位置について)」から「号砲」までがめちゃくちゃ早くて戸惑っていた。規定通り計測できなかったので、日本新が出たのに認定されなかった。その選手は「次の大会で日本新を出します」と気丈に述べていた。
 最後に初瀬氏は大会を次のように振り返った。
 「団長はともかく、主将と旗手が抜群に良かったですね。主将は福岡出身の梶原大暉<カジワラ・ダイキ>君(20歳)という車いすのバドミントン選手なのですが、彼は東京パラリンピックの金メダリストなんです。この金メダルを獲ったばかりの選手がユースの大会に出たんです。パラリンピックを夢見ているユースの選手にとっては、目標じゃないですか。直近のしかも自国開催のパラリンピックで金を獲っている選手が主将ということは大きくて、しかも性格もめちゃめちゃいいんです。彼はもちろんシングルスで金メダルを獲りました。
 旗手は宮崎出身の陸上女子・上肢障害の中川もえさん(18歳)。彼女は200mと100mで金メダルを獲りました。特に200mでは日本新を出したんですが、記録に風速が載っていないので参考記録になったのです。
 この子もすごくいい子で、高校3年で受験生なんですが、参考書とか教科書を7・8kgも持ってきて寸暇を惜しんで勉強していました。普通大会期間中にそんなにやれないんですが、飛行機の中でもずっと勉強しており、宮崎大学医学部看護学科へ進学したいって話していましたね。
 バーレーン自体すごく優しい人が多くて、人で不快に思うことはなかったですね。イスラム系のむっつりした人がいるとか距離間があるとかはなく、英語を喋れる人もそこそこいて、ホスピタリティがある感じでした。
 東京大会で河合純一JPC委員長が団長をやったんで、次のこの大会を僕がやって、次の北京パラリンピックをまた河合さんがやるので、JPCから団長として派遣された視覚障害者が3回続くから、視覚障害者でも団長をやれるということを見せられてよかったと思いました。
 団長って明確にこれをやれっていうことはないんです。シンボリックなもので、JPCのスタッフが業務で来ているから、団長は会合があるときに参加するとか、人の前で話すとかそういうことばかりでした。
 今回参加した選手は、パラリンピックを目指しているが、そうじゃないスポーツの価値にも気づいて欲しいですね。パラリンピックだけがすべてじゃなくて、スポーツで自己成長したり、仲間ができたりということ自体が本当のスポーツの意義であって、もちろんパラリンピックに出たり、そこで金を獲るのは素晴らしいですが、そうじゃない所も見て欲しいと今回選手団長をして強くそう思いました」。

編集ログ

 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、ワクチンを打たない人たちに対して「ワクチン・パスポートによって公共の娯楽の場からワクチン未接種者を締め出してうんざりさせてやりたい」と発言した。その際、第19代大統領ジョルジュ・ポンピドーの言葉を引用し、下品な俗語に由来する表現を使った。このため野党や国民から「大統領が使う言葉ではない」「国民を分断するな」などと批判された。しかし、フランス政府はCOVID-19ワクチン接種を事実上義務化する法案を国会に提出しており、未接種者らがそれに強く反発している事情もあり、マクロン大統領は発言を撤回せず、「私は全責任を負う」と述べ胸を張った。
 この記事を読んだとき、フランスのCOVID-19ワクチン接種率がよほど悪いのだと思って調べてみると81.1%で、日本の80.3%より高いのである。日本にもフランス以上に「くそったれ」が多いようである。
 そう言えば、私の友人にもCOVID-19ワクチン接種を頑固に拒否している「くそったれフランス人」がいる。COVID-19ワクチン接種後に突然死したフランスの友人がいるとかで、インテリのくせに「ワクチンを接種すると死ぬ」と、本気で思い込んでいるのである。
 1月6日現在、日本のワクチン累計接種回数は、1億8778万6012回である。一方、COVID-19ワクチン接種後の死者数は1431人で、その死因の多くは心不全や脳卒中で、ワクチンとの因果関係が証明されたケースはない。
 死者の中にはまだ若くて持病もなく、死の直前までピンピンしていたので、残された家族がワクチンとの因果関係を疑う心情を理解できないわけではない。
 しかし、日本では年間5万人が突然死で亡くなっているのである。私の身近でも死ぬような年齢でもなく、前日まで元気だったのに突然亡くなったケースを何件か知っている。読者の多くも同様ではないだろうか?
 その直前にたまたまワクチン接種を受けていなかったケースでは、ワクチンのせいにできないだけである。(福山博)

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