THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2021年9月号

第52巻9号(通巻第616号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:奥村博史
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:ゼロリスクの陥穽 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
3
(インタビュー)藤井亮輔副委員長に聞く
  ― 9月のWBUAPマッサージセミナー開催の経緯と概要 ・・・・・・・・・・・・
5
藤芳先生の訃報に接して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
21
音楽科を探れ(1)〜カラフルな音楽の夕べ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
27
ネパールの盲教育と私の半生(3)腸潰瘍に苦しむ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
32
新聞リーディングサービス 37年の歴史に幕 ― NTTゆいの会 ・・・・・・・・・・
37
西洋医学採用のあゆみ(6)外国人教師の招聘 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
40
自分が変わること(146)オリンピックと絶叫  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
リレーエッセイ:囲碁との出会いと明日への一手(上)  ・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
アフターセブン(78)試行錯誤の動画公開 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
  (229)第73代横綱照ノ富士が誕生 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
時代の風:東京盲ろう者友の会 声明発表、世界クラスの体操競技選手の
  脳ネットワークの特徴明らかに、妊婦の不安 コロナ禍で変化、
  入れ歯・ブリッジで体重減少のリスク低下 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
63
伝言板:点字技能師検定試験、NHKハート展、ツクバ・グローバル・
  サイエンス・ウィーク、劇団民藝公演 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
67
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
ゼロリスクの陥穽

 わが国で新型コロナ感染症(COVID-19)の感染者が1万人を超え騒然となったのは7月29日のことだった。人口が日本の半分強の英国は1日の感染者が7月17日に5万4000人余りだったが、ジョンソン首相は7月19日に新型コロナウイルス関連規制を解除した。英国の成人の大部分が2度のワクチン接種を終えていることからの賭けである。ロンドンは通算7ヶ月もロックダウンしており背に腹は代えられなかったのだ。
 一方、東京五輪外国人参加者から「開催国なのにワクチン接種が遅れているなんて、信じられない」という声も報道された。まったく同感だが、遅れた理由は、与野党がゼロリスクの陥穽にはまったからである。
 昨年11月の衆参の厚労委員会で、立憲民主党中島克仁<ナカジマ・カツヒト>衆議院議員(医師)は「日本国内では大規模な治験が行われていない。人種差を含めてどういう反応になるのか、リスクの拡大も懸念される」。共産党倉林明子<クラバヤシ・アキコ>参議院議員(看護師)も、「根拠をもって安全性、有効性を高めてきたやり方を特例承認といって飛ばすことになる。その承認が国民の理解を得られるのか」と述べた。このような議論を経て、与野党ともに厚労省に慎重な治験を求め、改正予防接種法では「新しい技術を活用した新型コロナワクチン審査には国内外の治験を踏まえ、慎重に行うこと」という付帯決議が付けられた。
 かくして米食品医薬品局(FDA)がモデルナ製の緊急使用許可を申請から18日後に認め、欧州連合(EU)が申請受理から17日後にアストラゼネカ製を承認したのに対して、わが厚労省は「特例承認」を使ってもワクチン承認まで数カ月を要したのだった。
 欧米並みの迅速承認が行われたら、五輪開催前に成人の大部分に2度のワクチン接種が可能だったにも関わらず、非常事態にもゼロリスクを求めて結果的に高いリスクに陥るのは空気ばかり読む、度し難いわが国の国民性なのだろうか。(福山博)

音楽科を探れ(1)
〜カラフルな音楽の夕べ〜

 日本の視覚障害者の歴史の中で、三療とともに重要な役割を担ってきた音楽。筑波大学附属視覚特別支援学校(以下、附属盲)の音楽科は、視覚障害音楽家を支える中心機関として長年その役目を果たしてきた。けれども、実際にどのような活動をしているのか知らない人も多いのではないだろうか。そこで、同科に改めてスポットライトを当て、視覚障害音楽家の現状も踏まえながら不定期連載にてお伝えしたいと思う。
 音楽科は様々な団体から演奏の場を提供されているが、第1回目となる今回は、NPOちきゅう市民クラブ、K & Associates International主催で7月27日に開かれたディナーコンサートについて取り上げたい。
 ちきゅう市民クラブは、ロシアからピッコロ・ヴァイオリニストのグレゴリー・セドフ氏を招き、日本の視覚障害音楽家とともに、2018年より全ての人が楽しめるコンサート「Music for All」を開催してきた。今年はセドフ氏の来日はかなわなかったが、関係者の強い思いが結集しコンサート当日を迎えることができた。
 今回のテーマはカラフルだ。主催者の川島佳子氏は、「この世には様々な人がいる。それぞれの人が自己実現できて、誰に遠慮することもなく輝ける、カラフルが当たり前の世の中を目指したい」とコンサートの趣旨を語った。
 会場は綱町三井倶楽部別館の大食堂。鹿鳴館を設計したことで有名なジョサイア・コンドルが手がけた優雅な空間で、フルコースのディナーとともに演奏を楽しむことができるという企画だった。出演者の一人で音楽科出身の川端美樹氏は、「音楽と食事という人がリラックスできる環境で、みんなで集まれた喜びを感じられる会にしたい」と語った。
 川端氏はMusic for Allが始まった頃から参加しているメンバーの一人だ。彼女の音楽歴について聞いた。
 幼い頃から歌うことが好きだった川端氏が本格的に歌を勉強しようと考えるようになったのは、広島県立盲学校(現・広島中央特別支援学校)に通っていた中学生の頃のこと。地元の音楽高校へ進学するか附属盲の音楽科へ進学するかで迷ったが、視力低下が進行していたこともあり、整った設備と指導の下集中して音楽に取り組める音楽科への進学を決めた。音楽科では先生はもちろん博識の先輩からレッスンを受けたり、有志でアンサンブル演奏会を開催したりと充実した日々を過ごした。
 高等部音楽科及び専攻科音楽科を卒業した後は、フェリス女学院大学音楽学部声楽学科に進学。在学中にはオーケストラとの共演を果たすなどして研さんを積んだ。現在は様々な施設や団体に招かれて演奏を行ったり、音楽科の同窓生とともに、出身地をはじめとした全国各地でコンサートを開いたりしている。
 音楽をする上で、見えないために苦労することもあるのだろうか。
 川端氏は少し考えてから、映像を見ることができないので、ステージ上での立ち居振る舞いが難しいと口にした。「歌をきっちりした上で、どのように振る舞うとよりステキに見えるかはこれからも研究していきたいですね」と言う。
 すると、川端氏を高校生時代から指導している小野山幸夏氏が、「身ぶり手ぶりも大事だけれど、音楽自体で全てを伝えられるはず。川端さんは声での表現力を高めているので」と言葉を添えた。
 小野山氏は、視覚障害者への声楽指導の第一人者として、長年に渡り音楽科で指導を続けている。数々の言語に対応した点字や発音を指導できる人は全国的に見ても限られており、卒業後も同氏の指導を受けにくる人は多い。
 小野山氏は音楽の学びについて、「音楽の勉強は一生続くもの。音楽をすることの幸せを共演者、観客と分かち合って欲しいと思います。それにはテクニックが必要で、その素地を授業を通じて養ってきました。この学校は音楽の学びの最初の段階を支えているんです。特に、声楽の人は器楽の人と比べて成長がゆっくりなので、大学院を出てからが勝負の始まり」と述べた。
 当日、川端氏はパーッと華やかなロイヤルブルーのドレスでステージに立った。「大好きな1着を着て明るい歌を届けたい」と声を弾ませる。
 川端氏がこの日披露したのは、歌劇《ロミオとジュリエット》より「私は夢に生きたい」や喜歌劇《こうもり》より「侯爵様、あなたのようなお方は」などフランス語とドイツ語の歌曲だった。どれも彼女の人柄によく合っており、ユーリー・コジェバートフ氏のピアノ伴奏に乗せて優しさが耳から染み込んでくるようだった。
 また、川端氏と同じく附属盲の音楽科出身でフルート奏者の綱川泰典氏は、コジェバートフ氏のピアノと佐々木美緒氏のバレエとのコラボレーションでサンサーンス「瀕死の白鳥」を披露した。綱川氏はダンスとの共演の機会が増えているそうで、先日は日本舞踊家とともにイベントを行ったと言う。
 同氏は演奏活動に加えて指導も熱心に行っている。教えるのはフルートだけにとどまらず、リコーダー教室を開いたりもするそうだ。昨年は演奏の機会が激減したが、今できることを模索しながら活動の幅を広げている。
 集まって音楽を楽しむことは難しい状況が続いているが、粘り強く活動を続ける人々から多くのことを学ぶ一日となった。(宮内亜依)

編集ログ

 日本オリンピック委員会(JOC)が2020年東京五輪の金メダル獲得目標を30個に設定したのは2018年6月のことだった。その報道に接して、「ほら話にしても大きくでたな」と多くの人が感じたようで、これ以降様々に物議を醸した。
 というのもこれまでの最多が1964年の東京と2004年のアテネ五輪の金メダル各16個で、前回のリオデジャネイロ五輪では金12個にとどまった。このため今年3月のJOC理事会では「金メダル30個を目標に掲げていたままでいいのか」と山口香<ヤマグチ・カオリ>理事(56歳、筑波大学教授)が意見を述べた。さらに今年6月下旬には、日本外国特派員協会で記者会見したJOC山下泰裕<ヤマシタ・ヤスヒロ>会長(64歳、東海大学教授・副学長)は「(金メダル30個の目標)達成が重要かと言われれば『ノー』だ。思い切りチャレンジしてくれれば十分」とメダル数にこだわらない考えを示した。
 しかし、結果は金メダル30個には届かなかったものの、ご存じのとおり金27、銀14、銅17の計58個を獲得し、2016年リオデジャネイロ五輪の41個を大きく上回り、金メダル数、入賞者数ともに過去最高成績をおさめた。
 バドミントンでは、シングルス世界ランキング1位の桃田賢斗(26歳)ら金メダル有力候補とされた選手がメダルを逃し、競泳のメダル数も激減し、自国開催の重圧を感じさせる場面も目立ったので、目標としての金メダル30個は射程圏内だったといってもいいだろう。
 ところで男女合わせて過去最多の金メダル9個を獲得した柔道の井上康生<イノウエ・コウセイ>監督(43歳、東海大学教授)は名伯楽の地位を不動のものにした。しかし、全日本柔道連盟の規定に基づく2期8年に、五輪延期に伴う1年を加えた任期の満了に伴う規定で今大会後に監督を退任する。
 同氏の科学的なアプローチとメンタル強化は柔道以外でも応用可能だと思われるので、さらに高い立場から五輪競技の底上げに貢献してもらいたいものである。(福山博)

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