THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2020年11月号

第51巻11号(通巻第606号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:奥村博史
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:近所の疫禍 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
新事業とヘレン・ケラー学院の閉校 ― 創立70周年の決断 ・・・・・・・・・・・・・・・
5
(寄稿)駅の音情報と安全 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
10
(投稿)懸念されるNHK改革 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
14
読書人のおしゃべり:『瞽女力入門』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
19
鳥の目、虫の目:イソジン狂と口腔衛生 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
23
日本視覚障害者職能開発センターの40年 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
27
鳥居賞は茂木幹央さん、伊都賞は鈴和代さん ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
31
しげじいNZに行く(3)スパ・リゾートとウルトラマラソン ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
35
盲教育140年 (32)弱視教育 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
40
自分が変わること (137)一言多い方がいい ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
リレーエッセイ:コロナ蟄居中に考えたこと(下)  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
アフターセブン(68)秋のトマト栽培は難しかった!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
  (219)新大関正代誕生 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
時代の風:神栖市HPが「Aレベル」、心不全患者への新たな治療、ほか ・・・・
63
伝言板:ヘレン・ケラー記念音楽コンクール中止、
  アイシー!ワーキングアワード、東京アイフェスティバル、
  本間一夫文化賞 第17回受賞者 岸博実氏、ほか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
67
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
近所の疫禍

 1988年10月、エイズ禍のニューヨークに出張し、日曜日にブラッと入ったマンハッタンのギャラリーで、市井のエイズ患者のおびただしい写真を見て立ちすくんだ。帰国してもしばらくは身構えたが、すぐに自分とHIV感染とは縁遠いと感じるようになった。その最大の理由は、友人・知人はもとより、隣近所でもエイズ患者が出たという話を聞かなかったからだ。2003年のサーズ、2008年の狂牛病、2009年の新型インフルエンザ、2015年のマーズも同様で、私にとっては他人事だった。しかし、今回のコロナ禍はちょっと違った。
 7月には当出版所が入居する毎日新聞早稲田別館の4階にある会社の家族から陽性反応が出た。そこで、濃厚接触者ということでその会社の社員が隔離され、4階のフロアーは閉鎖され、消毒された。
 8月には、当協会に隣接する新宿北郵便局(新宿北局)の配達員からコロナ陽性反応が出たので同郵便局は閉鎖された。当協会の封筒には「新宿北局 盲人用郵便」と印刷してあり、録音物は新宿北局からしか無料で出せない。そこで日本郵便と電話で交渉すると、2時間ほどで「明日新宿北局を開けます」との返事があった。その後9月にも新宿北局の配達員から陽性反応がでて再び閉鎖された。しかし、このときは新宿北局も慣れたもので、窓口の課長が出てきて、「明日の朝には開業できると思いますが、それを判断するのは保健所です。それで万が一、明日も閉鎖ということになったら、新宿郵便局に盲人用郵便を持って行ってください。新宿北局に差し出すのと同じ条件で引き受けます」と太鼓判を押してくれた。
 日本国内で新型コロナによる初の死者が出た2月13日以来、半年間の死者は1,090人なので、インフルエンザによる年間約3000人より少ない。ちなみに自殺者数は年間約2万人なので、こちらの方がむしろ危ない。コロナ不況で、自殺者が増えないかと心配されるゆえんである。(福山博)

鳥の目、虫の目
イソジン狂と口腔衛生

 最近、歯科医院に行ったら、治療を受ける前に体温を測定され、手洗い・手指消毒とともに、うがい薬によるうがいを求められた。これは、仮に歯科治療を受ける患者の唾液中に新型コロナウイルスがあったとしても、このうがいで不活性化(死滅)するので、少なくとも歯科治療の間はウイルスを激減させられるという観点から行われているという。歯科医師や歯科衛生士は、患者の口を開けさせて30分から1時間のぞき込むわけなので、これ以上の濃厚接触はない。そのためイソジンやリステリンで、治療前の患者に口腔の除菌を強く求めるのだ。歯科医師の話によると、全国の歯科医院で現在までに新型コロナウイルスの患者は出ていないという。
 大阪府の吉村洋文知事が8月4日の記者会見で、新型コロナ対策としてポビドンヨードうがい薬を示し、発熱者や接待を伴う飲食店関係者らに使用してみるよう呼び掛けて、袋叩きに遭い、「イソジン吉村」なるあだ名をつけられた。
 というのは、テレビでこの記者会見をみた全国の善男善女が、その後一斉に日本中の薬局に行きイソジンをはじめとするポビドンヨードうがい薬を爆買いし、瞬く間に消えたからである。抜歯の際に感染予防で使用する薬液さえ入手できないと歯科医師からは悲鳴と抗議の声が上がった。
 吉村知事はまったく根拠なく発言したわけではないが、自身の発信力の大きさと不用意な発言のもたらす災禍を実感するとともに、猛省したことであろう。
 かつて私は、自宅にイソジンを常備するポビドンヨードうがい薬の効能を狂信するイソジン教徒であった。1989年から仕事でたびたびネパールに出張するようになると、日本では罹ったことのない強烈な下痢に幾度か襲われた。
 あるときネパールで外国人客に定評のあるレストランの厨房をのぞいたことがあった。すると薄いピンク色をした液体を満たした大きな桶の中に野菜を漬けて消毒していた。その液体はポビドンヨード液を希釈したものだったので、それが狂信のはじまりであった。
 薬局で「お買い得ですよ」とイソジンの類似品である後発医薬品をむやみに勧められて、不承不承求めたこともあった。しかし味が気に入らなくて、その後はやはりイソジンに固執し、むやみにうがいをしていた。だが、その当時でさえ普通に風邪は引いていたように思う。
 ところがその狂信は、2005年10月29日に唐突に終わった。その日の朝刊に、次のような記事が掲載されたのだ。
 風邪予防のために「うがい」を行う日本独特の衛生習慣が、実際に効果があることを京都大学保健管理センターの川村孝教授らのグループが実証し、10月28日に発表した。
 グループは2002〜2003年の冬に、全国で18〜65歳の計約380人のボランティアを、(1)水うがい、(2)ヨード液うがい、(3)何もしない、の3群に分けて、うがいを15秒間2度行い、それを1日3回以上実施する実験を2カ月間行った。
 その結果、うがいをしない人では53%が風邪を引いたが、水道水でうがいをした人は34%、ヨード液でうがいをした人は47%であった。
 水道水よりうがい薬の効果が低くなった理由について、川村教授は「殺菌力の強いヨード液が、のどの粘膜細胞を風邪の細菌やウイルスから守る常在菌を死滅させた可能性がある」と推測していた。
 イソジンより水道水の方がましという驚天動地の結果に、私は他の新聞等も読みあさった。すると、この実験結果まで風邪に対するうがいの有効性を裏付ける根拠は世界的に何もなかったという事実と、うがいが日本独特の習慣であることを知り驚いた。
 なぜなら「うがい」のことを英語で「ガーグル(gargle)」というし、米国ワーナー・ランバート社製のうがい薬に「リステリン」があるじゃないかと思ったからだ。
 ところがガーグルとは口をクチュクチュゆすぐことで、ガラガラ口と喉をゆすぐうがいとは区別されるのだ。ちなみに我が国では平安期の文献にもガラガラうがいが出てくるという。
 したがって「リステリン」はうがい薬ではなく、正確には口を洗う「洗口液」と呼ばれているのであった。(福山博)

鳥居賞は茂木幹央さん、伊都賞は鈴和代さん

 10月2日(金)夕刻、東京都新宿区のホテルグランドヒル市ヶ谷において、標記2名の受賞者祝賀会が厳かに開催された。
 コロナ禍における宴であるため、ホテル側の配慮で通常12人で囲む円卓は6人に制限されたので、参加者は約50人に絞られた。
 京都ライトハウスが、京都市名誉市民だった鳥居篤治郎先生(1894〜1970)の遺徳を顕彰し、視覚障害者福祉の発展を願って1981(昭和56)年に設けたのが鳥居賞である。
 鳥居先生は、昭和20年代後半から30年代にかけて日盲連(現・日視連)会長や日本盲人福祉委員会理事長として活躍するかたわら、京都ライトハウス創設にも奔走された。その鳥居先生のそばには常に愛妻・伊都氏が付き添っていた。
 伊都氏が1994(平成6)年9月に逝去されると、京都ライトハウスは遺贈金を基に伊都氏の遺徳を顕彰し、視覚障害者の活動を支えてきた人々に感謝する賞として鳥居伊都賞を1997(平成9)年に創設した。
 第38回鳥居賞の受賞者である日本失明者協会理事長の茂木幹央氏(84)は、埼玉県初の盲養護老人ホーム「ひとみ園」を、1979(昭和54)年に日本小型自動車振興会(現・公益財団法人JKA)の補助金等を受けて創設した。
 現在120ある居室は全て個室で、しかも視覚障害者専用の本格的な演劇ホールや映画館、カラオケ喫茶、歩行訓練を行うための平行棒室、洗濯物乾燥室、談話コーナー、ふれあいサロンなどを備えている。そして、演劇・カラオケ・民謡・詩吟・文芸・点字・盲人卓球・盲人ゲートボール・歩行訓練・健康スポーツ・手芸・陶芸のクラブ活動を行い、カラオケ指導員認定全国視覚障害者等カラオケコンクールや全国盲人演劇祭を主催するなど、視覚障害老人の生きがい活動に力を入れている。
 以来41年、ひとみ園の他に、特別養護老人ホームむさし愛光園、むさし愛光園ショートステイ・デイサービスセンター・居宅介護支援センター、就労継続支援B型事業所盲人ホームあさひ園・熊谷ライトハウスリフレッシュセンター、障害者グループホームむさし静光園・熊谷ライトハウスを設置経営し、地域福祉を支えるとともに雇用促進も図っている。
 また、茂木氏は日盲社協理事長時代に奔走して、日盲社協会館を2011(平成23)年5月に落成させた。これは現在でも語りぐさになっており、祝賀会でも「茂木さんでなければできなかった」と数人の方が口々に当時を振り返って絶賛していた。
 一方、鈴和代氏(64)は、東京で視覚障害者関係のイベントがあると、必ずと言っていいほど裏方のボランティアとして活躍している。この日も主賓でありながら、何くれとなく立ち働いていた姿が印象的であった。
 薩摩おごじょである鈴氏は、点字技能士として点訳ボランティアを長年続けている。そして2003(平成 15)年の日本点字技能師協会(日点協)発足以来、全盲の込山光廣理事長を理事・事務局長として9年間支え続けた。
 込山元理事長の話によれば、「鈴さんがいなかったら日点協は設立できなかったと思う」というほど、その実行力に絶大な信頼感と感謝の意を表していた。
 また、鈴氏は、現在NPO法人全国視覚障害児童・生徒用教科書点訳連絡会の理事を務めており、平成26 年3 月20 日発行の『教科書点訳の手引き』の編集を一人で行った。
 また、そのときの実績が買われ、2019(令和元)年12月27日発行の『盲人と大学 ― 門戸開放70周年』の編集も一人で行った。
 同書は、視覚障害者支援総合センター元理事長の橋實氏が発行人で、全盲で点字にこだわったために、鈴氏は墨字で入稿される原稿をすべて点訳して、そのたびに橋氏に送ったというので驚く。
 点訳のベテランにして、単行本の編集もできる鈴さんならではの仕事ぶりである。(福山博)

編集ログ

 小誌前号(2020年10月号)に、私が執筆した「黒人少数派の声」で、「ミネソタ州のミネアポリス」と書くべきところ、誤って「ミシガン州」と書いてしまいました。高齢者インフルエンザ予防接種「予診票」が区役所から届く年齢になり、どうやら焼きが回ったようです。ここに訂正して、お詫びいたします。後半に「ミネソタ州」とか、「ミセス・ミネソタ」と出てくるので、おかしいと気づいた読者からのご指摘でした。ありがとうございました。
 大阪府吉村知事のフライング記者会見の問題点は、「ポビドンヨードうがい薬がウイルスを死滅させる」事実に単純に飛びついたことによるものだったようです。アルコールだってウイルスを死滅させるわけですから、「スピリタス」や「アナーキー」といった高濃度アルコールウオッカでも口腔内のウイルスは死滅します。ただそれと同時に、のどの粘膜細胞をウイルスから守る常在菌をも死滅させるのです。そして最悪の場合、常在菌という護衛がいなくなったので、ウイルスがたやすくのどの粘膜細胞に侵入できる危険性もあります。
 10月9日にカトマンズからショッキングなニュースが届きました。当協会が長年支援するネパール盲人福祉協会(NAWB)で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のクラスターが出たので、本部事務所を閉鎖したというのです。
 COVID-19陽性者の中にはアルチャナ・ムキーヤという当協会有志が組織した「クリシュナ育英基金」の支援で、幼稚園・小・中・高校を卒業し、NAWBで働きながら、大学3年に在籍する女性も含まれています。医療体制が脆弱なネパールの中にあって、カトマンズはまだ恵まれているので、彼女も大部屋ですが病院に入院しており、とても元気で、食事もしっかり摂っているそうです。ただ、その治療法は1日中マスクをして、ウコン(ターメリック)を混ぜたお湯を1日5回飲むだけだというもの。ウコンは漢方薬であり、健康飲料として、沖縄では煎じたウコン茶(うっちん茶)を飲む習慣があるそうです。ウコン茶だのみではちょっと心もとない気がするのですが、若いので彼女はおそらく重症化しないで全快するでしょう。(福山博)

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