この夏の豪雨で最も被害が大きかった熊本県の死者の8割は水死だった。中でも球磨村の特別養護老人ホーム千寿園では14人が溺死した。宿直の職員5人と、近隣の住民ら10人弱で、入所者ら70人を1階から2階の会議室に運び上げ始めたが、車椅子の入所者は4人がかりで運んだため時間がかかった。このため40人ほど上げたところで水が入ってきたので、テーブルを並べてその上に車椅子ごとのせたが、想定外の雨量であったため結局80代9人と、90代5人が犠牲になった。
千寿園では洪水や土砂災害に備え、避難確保計画を作成し、年に2回、住民と協力して車いすの入所者を高台に上げるなどの訓練をしていた。しかし、水害による緊急時であるにもかかわらず、平常時の方法で丁寧に対応したことが裏目に出たようだ。
車椅子ごと2階に避難させようとしたのが間違いで、入所者だけをおんぶして運んだなら、一度に4倍運ぶことができたはずだ。そして全員運んだ後に、車椅子を運べばよかったのだ。
本当はおんぶして運ぶより、「ファイヤーマンズ・キャリー」といって肩に担いで運ぶ方法だと、片手が自由になるのでより安全性は高いが、そのためには短時間だが訓練が必要になる。この方法は名前の通り、火災現場などで消防士が怪我人を救出する時に使う方法で、消防署や自衛隊では「消防士搬送」 と呼んでいる。
具体的には、腰を落として相手の股に自分の右肩を当て、自分の首を相手の右横腹に当て、相手のへそが自分の首の真後ろにくるように担ぎ上げる。自分の右手を相手の両足の間から出して相手の右ももを抱え込み、そのまま相手の右腕の手首を自分の右腕で持つ。左手があくので、手すりなどをつたって運ぶ。
ウエブ上で「ファイヤーマンズ・キャリー」とか、「消防士搬送」と検索すると、詳しい説明や動画による解説が続々出てくるので参考になる。(福山博)
ドナルド・トランプ大統領の6月20日の選挙集会は、1万人規模で屋内で行われたにも関わらず本人も支持者もマスクをしていなかった。日本ではその後、2日連続で新規感染者が200人を超えたと大騒ぎしたが、集会時の米国における1日当たりの新規感染者はなんと5万人を超えていたのである。同選挙集会では陣営のスタッフからも感染者が出たので、クラスター(集団感染)が発生した可能性が非常に高い。しかし、「感染しても陣営の法的責任は問わない」というのが集会の参加条件なので、トランプ大統領はどこ吹く風である。
未知のウイルスに対してパニックになり、思考停止に陥ってトランプ支持派のように過剰なリスクを取るのは無謀である。しかし、日本のように感染者を1人も出さないという極端なリスク管理に陥るのも考えものだ。イベント中止以外の選択肢は考えられないからだ。これを契機に、非現実的なゼロリスクではない、適切なリスクの取り方を考えたいものである。
遅ればせながらセンバツは、交流試合を8月10日から6日間、甲子園球場で行うそうなのでお慶びを申し上げたい。しかし、「新型コロナウイルス感染症が恐ろしいのは、死者が出るからである。死者が出なければただの風邪として放置すればよろしい」という、もっと大胆な発想の転換が必要だったのではないかとも思う。インフルエンザにかかるリスクは無視して、新型コロナではリスクを最大限にとるのは異常だからだ。
新型コロナウイルス感染で重傷化するリスクの高い高齢者や基礎疾患のある人は、甲子園に入れないようにすれば、屋外だけでなく室内での競技大会も可能である。大会会長の挨拶もリモートで行えばいいし、省略するならもっと喜ばれる。監督もコーチに代行させて、場合によってはリモートで行えばいいのだ。私も高齢者だが、これを契機にスポーツ大会は、挨拶等での高齢者の出る幕を縮小すべきではないか。大会会長が感染するリスクを恐れて競技の自粛をするようでは主客転倒である。
ティーンエイジャーで健康なアスリートにはほとんど重傷化するリスクはないが、念のため「参加するしないは、自己責任で決める」とトランプのように一札取ればいい。その上で保険に必ず入ることを義務づければ完璧だ。もちろん当日発熱している選手や大会関係者は球場や体育館に入れない。手指消毒等の徹底はいわずもがなである。
トランプ大統領や彼の支持者を別にして、多くの人々が密集する場で新型コロナウイルス感染症から身を守るためにマスクをするのは、今や国際的な常識である。しかし、数ヶ月前までは世界保健機関(WHO)を先頭に、東アジア以外では「健康な人にマスクは不要」というのが常識であった。
このため外出禁止令が出たフランスで、例外的に出勤する警察官や郵便局員から「マスクなしに、身の安全が確保できない」という不満が続出した。この時期のフランスではマスクは政府が管理して、処方箋がなければ購入できなかったからだ。
結局、症状が現れない新型コロナウイルス感染症患者がいることがわかり、遅ればせながらWHOも予防指針を見直し、マスクの着用を推奨するようになった。
一方、日本ではマスク着用がさも特効薬でもあるかのごとく、過剰に期待する向きがある。
3月の平日、日本のどこでもマスクを売っていなかった頃、電車の中でマスクをしていなかった若い女性に、中年のおやじが、「なぜ、マスクをしないのか?」としつこく絡んだという。見かねた知人が、たまたま持っていた個包装のマスクをその女性に渡し、彼女がマスクをつけたので一件落着したそうだが、ひどい勘違いであると憤っていた。
厚労省によれば、マスクは「咳エチケット」により、感染症を拡散しないために有意義で、その目的であればハンカチでも、ティッシュでも、袖を使ってでも口や鼻を押さえてもよいといっている。たとえマスクをしていなくても、その若い女性が無言で、咳もくしゃみもしていなければ、まったくの無害であり、そういう意味では「口をつぐんでいれば」マスクをつけているのと同じことなのだ。
マスクに感染症を防ぐ効果はないのに、マスクさえつけていれば安心という空気があることは危険でさえある。マスクをつけているので安心しきって「手指消毒をパスする人」もいるからだ。
ところで、マスクが必要な状況というのは、本当はかなり限られている。1日当たり新規感染者が5万人を超えている米国で、1万人規模の集会を開くのであれば、無自覚な感染者が多数いると考えて、全員がマスクをつけることには大きな意味がある。というより、集会自体を自粛して、「ステイホーム」すべき状況なのだ。
一方、人口1,400万人の東京都で1日の新規感染者が100人ちょっとということは、電車内にしろ、繁華街にしろ、感染者に接触する可能性は極めて低い。まだ電車内ならわずかな意味もあるが、新型コロナウイルス感染者が一人もいない職場内ならマスクをつける意味は、実はほとんどないのである。
本音ではそう思っていても、職場で「福山さんマスクしてください」といわれたら、「はいはい」と聞き、胸から下げているマスクをつける。口頭ではとても説得できそうにないと思うし、余計な波風を立てたくないという日本的なことなかれ主義もある。だが、文字にして、素直に読んでもらえれば、理解も得やすいのではないかと思ってこのようにしたためている。
一方、手洗いや手指消毒には接触感染を防ぐ明らかな効果がある。このため特に外出から帰ったら、手洗いや手指消毒をすることは、強調しても強調しすぎることはない。
新型コロナウイルスばかりでなく、従来型のコロナウイルス、インフルエンザウイルス、それにこれからの季節は食中毒の原因になる、ノロウイルス、カンピロバクター菌、サルモネラ菌、腸管出血性大腸菌(O157)などの予防にも効果的だ。
日本的な無言の強調圧力から、くそ暑いのに我慢してマスクをつけたために熱中症になったなどという悲劇が起こらないようにマスク万能論には警戒したい。感染者がいない職場では、咳やくしゃみをする人以外はマスクをとっても構わないのである。
もちろんマスクをつけると安心感があるという人はつければいいが、他者に強制しないようにして、手指消毒は徹底して欲しいものである。(福山博)
7月25日(土)13時〜16時30分、鉄道ホーム改善推進協会(今野真紀会長)は、「駅ホームの安全性における現状と課題、近未来にはどのようになっているべきか」をテーマに3人のパネリストを招き、インターネット会議システムの「ズーム」を用い、全国から70人余りが、それぞれの場所から参加するオンラインシンポジウムを開催した。
最初の発言者は、渇ケ楽館向谷実社長だ。同氏は、フュージョンバンドのカシオペアでキーボード奏者として活躍中の1980年代にデジタルテクノロジーが楽器に使用されるようになり、パソコンを用いたデジタル技術を学ぶ中で1985年に同社を設立。鉄道に興味がある彼は、1995年に「鉄道シミュレーター」というソフトを発売し、鉄道ファンから熱狂的に支持され、ファンとの交流も深まった。
その熱烈なファンの一人であるJR九州青柳俊彦社長から、「ホームドアってあんなに重くてお金のかかる物しかないのかなあ」と尋ねられた向谷氏は、とっさに手のひらを左右に広げ指を重ねて閉じるしぐさをした。「それはいいね」ということで、開閉バー式軽量ホームドア製作に日本信号鰍ニ共に着手。視覚障害者の要望も取り入れ、JR九州筑肥線九大学研都市駅に2017年11月試験導入、2020年度中には同線の一部区間に本格導入されることになった。このホームドアの特徴は、重さ約80kgと従来の物よりはるかに軽いので、ホームドアを支える基礎工事が不要なため安価で簡単に設置できることだ。
京浜急行電鉄も、各駅電車しか止まらない汐入駅に2021年度中に導入する予定だ。汐入駅のような通過駅は、人身事故が多発する。ところが、国土交通省は、乗降客が多い駅からホームドアを設置するよう定めているので、通過駅への設置は一番最後になってしまう。
「人身事故・転落事故を防止する観点から軽量バー式ホームドアの設置に他の鉄道事業社も近年関心を寄せている」と向谷氏は語った。
続いて、視覚障害者の歩行の自由と安全を考えるブルックの会加藤俊和代表が講演した。
2016年に銀座線青山一丁目駅での盲導犬使用者転落死亡事故を受け、様々な対策が実行されているにもかかわらず、その後鉄道事故で亡くなった視覚障害者は10名もいる。視覚障害者がホームから転落死すると、警察は「眼が見えないことを苦にして自殺しようとしたのではないか」と疑うがそうではない。「視覚障害者が転落する場合、監視カメラの映像がほぼ必ず残っているので、警察のような素人が見るのではなく、歩行訓練士といった専門家が見れば、状況がすぐ分かる」と述べた。
ブルックの会では、2017年に独り歩きする視覚障害者119名を対象にアンケートをとり、そのうちホームから転落した人が16%、転落しかけた人が35%いると回答した。ひやりはっとしたケースは少なくともその10倍はあると思った同氏がさらに質問すると、反対側に来た電車をこちら側に来たと勘違いした人が35%、方向を誤りホーム端に近づいた人が20%、アナウンスを聴き間違えた人が7%おり、約6割の人が視覚障害に由来する原因で分からなくなったことが分かった。
ホームドアの設置は、完全な転落防止策だが、全国に約9500駅ある中設置駅は800駅程度に過ぎない。その理由として、全駅の8割が盛り土の上にあり、ホームドアを設置するには数億円から10数億円以上もかかるからだ。
それでは、安価な固定柵がいいのではと同氏は提案するが、「固定柵は視覚障害者からの反対が強いのでそれはできない」と国交省は答えた。
1億円を切るホームドアもあるが、赤字ローカル線にホームドアを設置することは無理な話だ。そこで同氏は、「固定柵を日本全駅につけるのは不可能か」と尋ねたところ、「それは可能だ」との返事をもらった。
例えば、ホームの長さの半分に固定柵をつけると、視覚障害者はホーム上を斜めに歩く傾向があるので、7割の人がホーム柵に触れて転落を避けられるという。転落事故はゼロにはならないが、柵を設けることにより7割減少するという。「固定柵はなくてもいい」との意見もあるが本当にそれでいいのだろうか。ホームドアを付けられない以上は、効果的な対策をしないといけない。当事者も現実をしっかり把握して要求活動をする必要があり、研究者もそれを理論的に裏付ける実証をしっかり行うことにより、命が守られるのではないかと提言した。
最後の発言者は、中野泰司慶応義塾大学教授で、国の制度と駅ホームの安全性を支える制度の概要等について講演した。
同氏は日視連のメンバーと共に国交省のガイドライン検討委員会に有識者として出席する中で、国の制度をある程度知っていないと主張が上手く通らないと感じた。
国の制度は、上から法律、政令、省令、告示の順になっており、駅ホームの問題については、バリアフリー法があり、政令、省令、告示はガイドラインに当たる。事業社と交渉する際にガイドラインに準拠しているかどうかを知っておく必要がある。
駅ホームの安全性についてのガイドラインでは、転落した場合の措置として、非常停止ボタン、転落検知マット、退避スペースの用意を定めている。鉄道事業社としてはこの内どれかを設置すればよい。事業社は、非常停止ボタン、退避スペースを設置してよしとしているが、人が落ちた時に必ず電車が停止する転落検知マットを設置すべきだと主張した。
視覚障害当事者のニーズを集めて国交省に届けることはとても大事なことだと思うが、毎年同じような要望が続くと、国交省からは毎年ゼロに近い回答しか来ないのでこの実態を変えるべきだ。そのためには、科学的根拠に基づく要望を出すことが必要だ。ほとんどの会議に日視連が出席しているので、日視連に要望を集約し、科学的な根拠を示していくべきだと述べた。
国交省の有識者は、視覚障害者についてよくわからない人が多く、そこに視覚障害者をよく理解している有識者、当事者が参加することが必要だとし、同時に当事者団体が有識者を選んだり、育てたりする必要があるのではと語った。(戸塚辰永)
日本点字委員会(渡辺昭一会長)では、2020(令和2)年が日本の点字制定130周年にあたることを記念して、機関誌『日本の点字』通巻45号に特集を組み、その中で皆様から原稿をお寄せいただき、掲載させていただくこととなりました。
内容:「130周年の節目に」、「点字と私」、「これからの点字」、「点字表記について」、「点字の歴史に関すること」など、ご自由にお書きください。
原稿の長さ:墨字1,000字程度、点字1行32マスで60行程度。
問い合わせおよび原稿送付先:日本点字委員会事務局、〒169-8586東京都新宿区高田馬場1-23-4日本点字図書館内、Eメール wadat@nittento.or.jp
締め切り:10月10日(土曜日)
※掲載させていただいた方には、掲載誌と記念品を進呈いたします。
道路や公園で歩きながらスマートフォンを操作する「歩きスマホ」を禁じる条例が全国で初めて神奈川県の大和市で制定され、7月1日に施行されました。歩行者や車両とぶつかる事故を防ぐのが狙いで、同市が駅前で実施した調査によると、通行人6000人のうち12%が歩きスマホをしていたというのですから驚きです。
「条例は大歓迎だ。条例が他の自治体に広がってほしい」「ぶつかった後に『見えなかった』と言われたことがある。見えないのはこっちなのに。非常に危険だ」と憤る神奈川県視覚障害者福祉協会鈴木孝幸理事長(63)のコメントが、6月30日付『毎日新聞』(朝刊)に掲載されました。そこで同条例制定の経緯と、神奈川県下でのコロナ禍の影響を聞こうと、早速電話でインタビューしました。
鈴木理事長によると、この条例は大木哲<オオキ・サトル>市長の英断で制定されました。同市長は歯科医師で、今回に限らず、市民が困っている問題を独自に調査して、施策をまとめるアイデアマンだそうです。
ところがその後、横浜市でとんでもない珍事件が起こり、急遽、大橋由昌さんに「『コロナ詐欺』に引っかかった横浜市 ―― 新手の無免許問題に波紋」という記事を書いていただくことになり、書きかけたインタビュー記事はあえなくボツとなりました。
鈴木理事長も横浜市の珍事件はご存じで、笑ってインタビュー記事のキャンセルをご了承いただきました。
そのような割付の変更を、今号から佐藤晃大記者が急遽担当することになりました。ベテラン編集者であった前任者が、体調が優れず休養することになったための突然のリリーフです。ちなみに前任者の体調と新型コロナウイルスはまったく関係ありません。
「鳥の目、虫の目」の「マスクの功罪」は、7月中旬に執筆したので、データが少々古く、その後トランプ大統領も渋々マスクをするようになり、米国の1日の感染者数は6万から7万人超になりました。しかし、感染者数は日々変化しており、イタチごっこになりますので、あえて訂正しませんでした。ご了承ください。(福山博)
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