当点字出版所職員の父上が通うデイサービス施設の介護スタッフが、4月6日に新型コロナウイルスに罹患していることが判明した。
しかし、「父上は濃厚接触者ではないからPCR検査を受ける必要はない」と保健所は言っているとケアマネジャーを通じて当該職員に連絡があった。そこで、当点字出版所は、口頭ではなく文書でその旨提出して欲しいと保健所に要請したが、それはできない相談とのことだった。
当該職員は4月12日(日)に30分ほど父親と会って話をしたというので濃厚接触者である。そこで大事をとって4月15日から4月24日まで自宅待機(在宅勤務)にしてもらい、父上との接触から2週間が経過する4月27日から出勤してもらうことにした。
新型コロナウイルスによる院内感染が各地で起こっているが、それらの病院では院内感染が起こるだろうなどとは夢想だにしなかったに違いない。医療機関という専門家集団でさえそうなのである。われわれは保健所がケアマネジャーを通じて口頭での指示に、素直にうなずけなかった理由もそこにある。
とはいえ、保健所は電話相談、PCR検査と入院の手配、感染者の行動履歴の確認、濃厚接触者の特定と健康観察などを少数精鋭で行っているので悲鳴をあげているという。公務員は労基法に縛られないのかも知れないが、いかに緊急事態とはいえ、毎日深夜帰宅で過労死ラインを超える大幅な長時間労働が許されていいはずがない。
平時であればこれらの業務は、保健師や医師、看護師等有資格者が行うのであろうが、有事にあたっては、その業務の一部をドラスティックに無資格者に委ねる必要があるのではないか。
例えば「口頭ではなく、『父上は濃厚接触者ではないからPCR検査は受ける必要はない』を文書で提出して欲しい」などとたわ言を言う相手に対応するのには、無資格者であっても一向に構わないのではないか。(福山博)
5月11日付米ジョンズ・ホプキンス大学の発表によると、ドイツの新型コロナウイルス感染者数は17万1,879人で世界7位である。しかし同国の死亡者数は7,569人に留まっている。同じ欧州でも、新型コロナウイルスによる死亡率は、スペイン11.9%、イタリア13.9%、フランス14.9 %、英国14.5%に対して、ドイツは4.4%に過ぎない。
何故ドイツの死亡率がこれほどまで低いのか、一つには同国のPCR検査数が圧倒的に多いことが挙げられる。英オックスフォード大学の調査によると、ドイツの検査数は累計132万件と欧州で最も多く、1日当たり5〜6万件の検査が行われている。それをドイツ政府は1日20万件まで増やす計画をたてており、陽性と判定された人には2週間の自宅隔離を命じ、感染拡大を防ごうとしている。
もう一つの死亡率の低い理由は、重症者治療のためのICU(集中治療室)が2万5,000床と多いことだ。日本集中治療医学会は各国の10万人あたりのICU数を公表しており、ドイツは30床、イタリアは12床、スペインは10床で、日本はなんと5床である。感染爆発が起きると、日本はイタリアやスペイン以上に悲惨なことになりかねないのだ。
さらに、ドイツ政府は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を予見していたかのように、香港や中国等で猛威を振るったSARS(重症急性呼吸器症候群)やMARS(中東呼吸器症候群)といったコロナウイルスに関するウイルス学者の知見を基に、10年以上前からパンデミックによって多数の重症患者が出ることを想定し、各州政府保健省にパンデミック対策を命じていた。今回これが功を奏し、医療崩壊を来たすこともなく、重症患者をICUで治療することができているのだ。そのうえドイツ政府は医療崩壊をおこしたイタリア北部やフランス東部から重症者180人余りを空軍の特別輸送機で搬送しICUに受け入れたり、英国に人工呼吸器60台を提供したりしている。
日本政府は国民に外出自粛などを求めるだけだが、ドイツ政府は感染拡大を封じ込めるために罰則を伴う厳しい「接触・外出制限令」を3月23日に発令し、これは当面、5月3日まで延長されることになった。
ドイツは連邦国家なので、州ごとに制限令に多少の違いがある。そこで、ドイツ中西部のノルトライン=ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフ市の隣町メアブッシュ市に住むF夫妻にインターネット無料電話の「スカイプ」で現地の状況を尋ねてみた。
F夫妻は共に75歳で、ドイツ在住50年になる日本人で、筆者とは30年来の知り合いである。彼らは子供たち3人と共にこの5月11日から生まれ故郷の鳥取と島根に家族旅行を予定し、航空券やホテルまで予約していたが、コロナ騒動のとばっちりで来日を延期せざるをえなかったと残念がっていた。
ルール工業地帯を抱える同州の人口はおよそ1,800万人で、1km2あたりの人口密度は526人。州都デュッセルドルフにはおよそ8,000人の日本人が居住し、同市には日本国総領事館もある。F夫妻にも総領事館から新型コロナウイルスに関する最新情報がメールで届く。
それによると、同州政府は4月10日から日本人を含むドイツ入国者に2週間の自宅隔離措置を義務付け、これに違反した者には最大2万5,000ユーロ(300万円)の罰金を課す条例を発布した。
接触・外出制限令では、外出は可能だが、ドライブも含めて3人以上の外出は例外を除き禁止され、違反した場合は一人当たり200ユーロ(2万4,000円)の罰金が課される。また、公の場で11人以上の会合を開いた場合は、罰金または最高で懲役5年以下の自由刑(受刑者の身体を拘束して自由を奪う刑)が課される。バーベキュー・ピクニックを実施した場合も、一人当たり250ユーロ(3万円)の罰金となる。
営業に関しては日常生活に必要なスーパーマーケットや薬局等は開いてもかまわないが、それ以外は営業禁止となる。これに反した場合、バーやクラブ・ディスコの営業には反則金5,000ユーロ(60万円)、レストラン・カフェ・酒場の営業には反則金4,000ユーロ(48万円)、ゲームセンターの営業には反則金5,000ユーロ(60万円)、フィットネスジム・日焼けサロンの営業には反則金5,000ユーロ(60万円)、理髪店・美容院の営業には反則金2,000ユーロ(24万円)が課される。なお、人と接触するマッサージサロンやタトゥー(刺青)スタジオの営業も禁止である。
公共交通機関では、ドイツ鉄道の大幅な減便、国際列車の運休、デュッセルドルフ市内の路面電車の減便運行、ドイツ国内外を結ぶ長距離バスの運休が実施されている。また、全ての公園への立ち入り禁止、不要不急の旅行の自粛、例外を除くホテルでの宿泊禁止措置も取られている。
4月23日からギムナジウム(大学進学を目指す中等学校)の授業が再開されたが、2mの接触制限措置を取るために、1クラスを2クラスに分け、1日4時限のところを2時限ずつ受ける複式授業から開始した。小学校は、衛生措置を取ったうえで5月4日からの再開を目指している。
F夫妻はプロテスタント教徒なので、普段は教会の日曜礼拝に出かけるが、5月3日までは教会も閉鎖されている。そのため、スカイプでの礼拝に参加しているというが、「スカイプで礼拝を行うと、普段教会に足を運ぶことができない人も参加できていい」と夫妻は喜んでいた。
1日に1時間散歩に出かける以外は、「コロナウイルス患者だと思って、できるかぎり家にいなさい」と二人の娘から厳しくいわれ、買い物も近所に住む娘たちが代行して、買い物は玄関先に置き、数m離れて親子で会話をする。また、買い物も例えば近所の八百屋にはあらかじめお金を振り込んでおき、手で現金を触らないように気を付けているそうである。
F夫妻の話を聞くだに、日本の生ぬるい対策に不安が募ってきた。果たして我々が安全に暮らせる日々はいつやってくるのだろうか。1日も早い新型コロナウイルスの終息を願うばかりである。(戸塚辰永)
新型コロナウイルス感染症対策の一環として、音楽業界では本来開催する予定だったコンサートを開く代わりに、観客を入れないでインターネットでライブ配信をする、「無観客コンサート」が行われている。
全盲の高校生シンガー佐藤ひらりさんもまた、筑波大学附属視覚特別支援学校音楽科の卒業を目前に控えた高校生として、最後に行うコンサートを無観客で開催する運びとなった。
佐藤さんは2001年新潟県三条市出身で、視神経低形成による生まれながらの全盲だ。5歳の時にピアノに触れたことから音楽に開眼。2010年には音楽を通じて障害を持つミュージシャンの社会進出の拡大と社会への融合を目指す「ゴールド・コンサート」に出演して、史上最年少で歌唱・演奏賞と観客賞をダブル受賞。2012年に同コンサートグランプリと観客賞も獲得。翌年の2013年には、かの有名なニューヨークのアポロシアターのイベント、「アマチュア・ナイト」でウィークリー・チャンピオンとなり、現地のメディアでも報道された。この時小学校6年生、12歳だった。2019年の国民文化祭では、天皇皇后両陛下の御前での国歌斉唱と、自身作曲の「みらい」と「令和」を披露する機会にも恵まれた。また、老人ホームや東日本大震災の避難所での慰問コンサートやチャリティコンサートを行い、CD「みらい」の売上金100万円をあしなが育英会東日本大震災遺児宛に寄付するなど、震災復興や慈善事業にも取り組んでいる。復興庁の報告によれば、2020年2月10日の時点で、約4万8,000人が避難者としての生活を余儀なくされている。東日本大震災発災から9年が経過した今もなお、被災者の人達への救済は遅々として進んでいない。
今回紹介するのは、3月28日に、岩手県の陸前高田市コミュニティホールで行われた彼女の無観客コンサートだ。同市は東日本大震災で甚大な被害を被った地域だが、「ノーマライゼーションという言葉のいらないまちづくり」をスローガンにSDGs未来都市に岩手県で初めて選出されるなど、新しい街へ生まれ変わろうと歩みを進めつつある。「性別、年齢、国籍、障がいの有無など関係なく、多様な方々が参加して楽しめる」をテーマとする、東北eスポーツ祭のゲストとして、佐藤さんは出演予定だったが、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のために開催は延期された。ただ、大会主催者の「催しを楽しみにしていた方や、外出を控えている方にもひらりさんのすてきな歌声を楽しんでほしい」との思いから無観客コンサートを開催することとなった。主催はこの地に本社を置き、これ以外にも、陸前高田市で開催する様々なイベントに協力している東北株式会社である。
白いドレスに身を包んで登場した佐藤さんは、自身の楽曲を交えつつ、「パプリカ」から始まり、アポロシアターでウィークリー・チャンピオンになったときにも歌った「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」、「川の流れのように」、「ふるさとは今も変わらず」、「ジュピター」、「アメージング・グレイス」、ヴァイオリニストの伊禮しおり氏をゲストに迎えての「ふるさと」、アンコールの「幸せなら手をたたこう」と、幅広いレパートリーの曲目を、ピアノとともに熱唱した。
佐藤さんは圧倒的な声量と、透き通るような響きの良い声質に、成熟した歌唱技術と18歳の快活さを併せ持つ、叙情的な歌声の持ち主だ。曲と曲との間に挟まれるトークも明るくて、人を惹きつける魅力に満ち溢れている。ただ、生で彼女の歌声を聞けなかったのは本当に残念だ。コンサート中、スタッフや関係者の合いの手や拍手も時折聞こえてくるが、やはり生演奏というのは静けさとは無縁な、もっと大人数の観客の歓声で盛り上がらないと寂しい。
我々は新型コロナウイルス感染症の世界的大流行という問題に直面することとなった。難局ばかりが続いている現状だが、今はただ、事態が好転する日が来て、何の気兼ねもなく、佐藤さんの歌声を聞きに会場へ足を運べるときを待つだけだ。
なお、今回の無観客コンサートの映像は、動画サイトYouTubeの公式チャンネルのひらりちゃんねるにて無料で配信されている。気になった方は再生されてみてはいかがだろうか。(小栗弘大)
田中章治さんの「黒岩龍一さんの死を悼む」を読みながら、41年前の同氏の姿を思い出しました。電話でアポイントを取り、ひとりでご自宅を訪問し、私が最初にインタビューして記事を書いた相手が、当時、「日の出の勢いであった全視協」の事務局長をしていた黒岩さんでした。調べてみると『点字ジャーナル』1978年10月号の「盲界異色人物伝」というコーナーに「全視協の牽引車」のタイトルで、私の記事が掲載されていました。当時の小誌編集部内での黒岩評は、「まったく融通の利かない堅物の主義者」で、諸先輩たちが敬遠して、23歳の新米記者にお鉢が回ってきたのでした。しかし噂と違って、実際はしつこい若造に、粘り強く親切に接してくださり助かりました。黒岩さんのご冥福を心からお祈り致します。
「厳しいドイツの新型コロナウイルス対策」は、ドイツの取り組みを手放しで賞賛しているわけではありません。日本の新型コロナウイルス感染者の死亡率は3.9%なのでドイツよりも少ないことをここに申し添えます。(福山博)