THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2020年2月号

第51巻2号(通巻第597号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:奥村博史
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:薬を飲まない理由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
(特別寄稿)ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の
  フォローアッププログラムに対する私の知見 〜チャリティーから投資へ
 ・・
5
(特別寄稿)私の台風19号避難体験(下) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12
(特別寄稿)令和の差別解消法 雅子皇后の復活の軌跡から ・・・・・・・・・・・・・・
18
新国立劇場・観劇サポート公演「タージマハルの衛兵」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
24
カフェパウゼ:翻訳アプリの賢い使い方 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
28
(新連載)しげじい英国に行く(1)ロンドンに着く ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
31
盲教育140年 (23)盲学校生徒による全点協運動 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
36
自分が変わること (128)高校生のときの自分と今と ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
41
リレーエッセイ:私の個人的な経験(上)  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
46
アフターセブン(59)思いがけず心が温まった話 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?(210)現役生活を
  ノンストップで駆け抜けた豪風 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
時代の風:大腸がんを抑制する遺伝子変異を発見、人工心肺なしで心臓弁手術、
  iPS細胞で下垂体疾患を再現、血液一滴でがん診断 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
63
伝言板:劇団ふぁんハウス公演、劇団民藝公演、冬の民謡コンサート ・・・・・・・
68
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
薬を飲まない理由

 年末に仕事でネパールに16泊した。カトマンズに到着した翌日にネパール盲人福祉協会(NAWB)で日程調整を行い、その翌日から1週間、運転手付のNAWBの車(4WD)で地方の統合教育校などを回った。この間は、いつものことだがNAWB教育課長が同行し、毎日車で6時間ほど移動する。
 日程調整のときから教育課長が咳き込むので、嫌な予感がした。出発の日、午前7時に車でホテルに迎えにきたときも激しく咳き込んでいたので、薬を飲んでいるかと聞くと、「飲んでいない」という。そこで持参していたルルアタックTR(24カプセル)を箱ごと渡した。すると彼は飲み方を熱心に聞いた後、助手席のダッシュボードにあるボックスに入れてカギをかけた。
 「しまった。こいつ薬を飲む気ないな」と思ったが後の祭りである。たかが2,000円の薬だが、日本とネパールでは購買力平価で15倍ちょっとの開きがあるので、彼にとっては3万円の価値がある。しかもネパールでよく利くと評判の日本の薬を入手することは難しい。そこで、もっとひどい風邪を引いたときのためにとって置こうと彼が思ったとしても不思議はないのである。
 かくして、彼の風邪は快方に向かわず、おかげでカトマンズに到着する前に、私も激しく咳き込むようになってしまった。英文で症状を詳しく書いた便せんを持ち、ホテル近くの薬局で、私は860円ほどの風邪薬を処方してもらったが、効果のほどはほとんど認められなかった。
 つまりこのあまり利かない風邪薬のために、私はネパール人の金銭感覚では1万2,900円も投じた愚か者ということになる。そこで利口なネパール人は、なかなか薬を飲まないし、病院にも行かないのである。そして、病気をこじらせてから薬を飲んだり、病院に行っても、なかなか効果が現れないので、「薬も病院も役立たず」という風評はますます強固になるのであった。
 かくして次から薬は箱ごと渡さず、1回ごと様子をみながら、飲んだことを確認して渡すようにすべきだと肝に銘じた次第である。(福山博)

●(特別寄稿)ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の
フォローアッププログラムに対する私の知見
〜チャリティーから投資へ〜

アクセス・プラネット機構(APO)共同創設者/
ラクシミ・ネパール

 みなさんこんにちは、私の名前はラクシミ・ネパール(27歳)です。ネパールの全盲女性です。私はアジア・太平洋障害者リーダー育成事業の元研修生です。この事業はダスキン愛の輪基金が主催し、日本障害者リハビリテーション協会(以下、リハ協)が委託実施するアジア太平洋地域の若手障害者を対象に日本で10ヶ月間実施するリーダーシップ研修です。
 私は2017年9月〜2018年6月、リーダーシップ、アクセシビリティ、DAISY製作、日本の障害者運動、自立生活運動等さまざまな事柄についてこの研修で学びました。
 日本滞在中、私は東京の筑波大学附属視覚特別支援学校、支援技術開発機構(ATDO)、DPI(障害者インターナショナル)日本会議、東京ヘレン・ケラー協会、静岡県浜松市のウイズ、大阪の日本ライトハウス、自立生活センター神戸Beすけっと、福岡県の北九州市視覚障害者自立推進協会あいず、福岡教育大学などさまざまな団体や施設を訪問して、日本における障害者運動とその関連事業を勉強しました。
 日本での研修終了後、帰国した私は障害者の権利運動、特にネパールの若い視覚障害女性のエンパワーメント(能力開発)に積極的に取り組んできました。
 今回、私は皆さんとパキスタンのラホールにおいて2019年10月に開催された、ダスキン研修修了生をフォローアップするためのプログラムについて、知見を共有できることをとても嬉しく思います。
 このフォローアッププログラムは10月21日〜24日、日本財団の資金提供を受け「アジア・太平洋障害者連携フォーラム2019 in パキスタン ― 『チャリティーから投資へ』障害者課題解決に向けた新たな視点を導入する」をテーマに、リハ協と障害者の権利擁護と自立生活運動をパキスタンで展開しているマイルストーン障害者協会によってラホールで開催されました。ラホールはパキスタン北部インドと国境を接する都市圏人口1,035万人のパキスタン第二の都市です。
 2019年6月、カトマンズ市に隣接するバクタプール市に住む私はリハ協から電子メールを受け取り、10月の連携フォーラムに参加できるかどうか聞かれました。
 メールを見て、ダスキンのリーダー育成事業の元研修生をリハ協が招聘すると聞き嬉しく思いました。というのも自分の研修が修了して、わずか1年しか経っていなかったので、連携フォーラムに招聘されるとは思ってもいなかったからです。幸福と感謝の気持ちで、私は自分のカレンダーをチェックし、すぐに「参加できます」と返事しました。
 メールを受け取った瞬間から、私はプログラムに関する好奇心がふくらみ、開催されるパキスタンの障害者運動について知りたいと思いました。さらに、プログラムの出席者はアジア太平洋地域の他のさまざまな国の元ダスキン研修生だったので、それらの国の障害者をとりまく状況についても知りたいと熱望しました。こうして多くの興奮と好奇心を持って、私は10月のフォーラムのためにパキスタンに向かいました。
 このプログラムは、ダスキン研修生とアジア太平洋地域のJICA研修生との間のネットワークの構築を強化することも目的としていました。このネットワークは、アジア太平洋地域でインクルーシブな社会を実現するために可能な新しいソリューションモデルを導入することです。
 最初の2日間、つまり10月21日〜22日、ネパール、ベトナム、タイ、ミャンマー、カンボジア、台湾から元ダスキン研修生とパキスタンのさまざまな部門からの参加者とを合わせた200人以上を集めて「『チャリティーから投資へ』障害者課題解決に向けた新たな視点」というサブタイトルの非常に有益なプログラムが開催されました。このイベントの目的は、障害者運動を従来のチャリティーの視点から投資の視点に変えることです。
 2日間のプログラム全体を通して、障害に関するさまざまな側面について、障害者団体の代表者、民間および企業部門の代表者、政府当局など、さまざまな分野の発言者から洞察に満ちたプレゼンテーションが行われました。イベントの重要なセッションの1つは、障害者団体が経済的困難にどのように取り組み、組織の持続可能性に向かっていくかということでした。
 パキスタンのさまざまな障害者団体代表が、組織の持続可能性のための投資の概念に向けてどのように活動しているかを共有したので、これは私にとって非常に重要なセッションでした。さらに、もう1つの重要なテーマは、障害者の問題に対する答えとしてのさまざまな利害関係者との連携と関与に関するものでした。また、社会起業家精神、ソーシャルビジネス、社会投資基金、ビジネスモデル、自営業などを含む、障害者への投資モデルについても激しい議論がありました。
 フォーラムのもう1つの重要なテーマは、元ダスキンの研修生がそれぞれの国で行っている活動のプレゼンテーションでした。そこで私はダスキンの研修後、ネパールで行った活動について報告し、他の元研修生がそれぞれの国で行っている活動を聞く機会を得ました。彼らのプレゼンテーションを聞いた後、私はさまざまな国で元研修生が障害分野で貢献していることに非常に感銘を受け、私はやるべきことがまだまだたくさんあると感じました。
 フォーラムの最後の2日間で、パキスタンの障害者運動のさまざまな側面について学びました。私は雇用の機会を求めてパキスタンで起こった最近の視覚障害者とろう者の動きを知って感銘を受けました。プログラムの最終日に、マイルストーン障害者協会を訪問しました。パキスタンのような発展途上国で建設された建物にアクセシビリティ機能をどのように付加したのかを知ることはとても有意義でした。
 プログラムとは別に、かつてムガル帝国の首都であった事もあり数多くの文化遺産が残っている美しいラホールのさまざまな歴史的な場所を訪れることができました。私はヒンドゥー教徒ですが、初めてイスラム教の礼拝堂であるモスクに入り見学したのは、非常に新鮮な体験でした。
 連携フォーラムのフォローアップとして、私たちはそれぞれのテーマで「『チャリティーから投資へ』障害者課題解決に向けた新たな視点」をテーマに、今後母国で同様のワークショップを行う必要があります。ネパールで障害者の雇用に関連する問題を扱うワークショップを開催することを今から楽しみにしています。
 最後に、ダスキン障害者リーダー育成事業のフォローアップとしての今回のパキスタンにおける連携フォーラムは、私にとって素晴らしい学習と経験の場でした。この種のフォローアッププログラムを実施することは、元研修生との相互関係を確立し、研修生にアジア太平洋地域の他の諸国の障害者の状況を学習させるために不可欠であると思います。日本財団、ダスキン愛の輪基金、リハ協がこのような素晴らしいイベントを開催してくださったことに感謝します。また、日本滞在中に訪れたさまざまな組織に改めて感謝致します。そこから学ぶことで、障害者運動についての洞察が深まり、ネパールの障害者と開発セクターにもっと強く、より献身的に貢献するための力が生まれました。

編集ログ

 今号の「リレーエッセイ」は、サモアからの研修生であるアリさんに英語で書いていただきました。「私の個人的な経験」と題した原稿は、それ自体、お願いした文字数をはるかにオーバーしていましたが、短くすると意味が通りにくくなります。そこで上下2回にわけ、さらに「上」は本来5ページのところ、特別に9ページに増やして掲載することにしました。彼の問題提起、とくにインクルーシブ教育の問題点を噛み締めたいものです。
 ラグビー日本代表のラファエレ・ティモシー選手はサモア出身で、昨秋開催されたラグビーワールドカップの日本対サモア戦では、母国からトライを挙げたことでも話題になりました。「国技がラグビーなので、サモアではとても人気のあるスポーツ」だとアリさんも言っていました。彼自身ラグビーの選手でもあるかのような巨体で、どんなスポーツをしているのか聞いたら、「いやスポーツは苦手なんです」という返事でした。
 サモアに限らずインクルーシブ教育校では、全盲児童・生徒の体育の指導は、結果的におざなりなものになっています。実際問題として、体育の授業で晴眼児を30人なり教えながら、教師が全盲児童の体育指導をするということは不可能です。
 世界的傾向として視覚障害教育は、盲学校教育からインクルーシブ教育に移行しつつあり、わが国も例外ではありません。一方、わが国の地方の盲学校では小学部の児童が2名などという学校もあり、球技などの指導に限界が出てきています。
 筑波大学附属視覚特別支援学校のプールは、たった12mしかありません。しかし、ここからパラリンピックの水泳金メダリストが誕生しています。このことは設備もさることながら、まずは専門知識をもった指導者が何より重要であることを教えています。パラリンピックが東京で開催される年に、近い将来の視覚障害者スポーツについて考えてみたいものです。(福山博)

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