THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2019年12月号

第50巻12号(通巻第595号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:奥村博史
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:「国策大会」の新聞報道 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
(座談会)どうなるあはき法19条 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
(特別寄稿)幸せの国ブータンはほんとうか?(下) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
(特別寄稿)久我山青光学園でビートロッカーズ・ワークショップ ・・・・・・・・・・・・
31
読書人のおしゃべり 不条理を生き貫いて 34人の中国残留婦人たち ・・・・・・
36
盲教育140年 (21)盲学校対象児童生徒の判別基準の作成 ・・・・・・・・・・・・・
40
自分が変わること (126)高所の歩みは夢のよう ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
リレーエッセイ:ボランティアグループ「CCD」とは?  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
アフターセブン(57)オペラ『リゴレット』に挑戦! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
  (208)暴力根絶を標榜する相撲界に残しておきたい「力の論理」 ・・・・・・・
59
音楽コンクール開催 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
63
時代の風:血液一滴でアルツハイマー診断、脳の冷却でてんかん発作抑制、
  海藻で心筋梗塞リスク減 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
65
伝言板:杉山和一検校記念像寄付金の案内、バリアフリー映画会、
  川島昭恵語りライブ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
68
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
「国策大会」の新聞報道

 その昔、わが国でワールドカップといえばバレーボール大会のことだった。世界のバレーボール競技人口は5億人で球技のなかではもっともメジャーで、わが国の高校の9割以上にバレーボール部がある。
 それがサッカーにお株を奪われたのは、FIFAワールドカップ初出場が土壇場で露と消えた1993年の「ドーハの悲劇」の頃からではなかったか?
 そんなことを思い出したのは、10月21日付新聞各紙1面に「日本4強ならず」というラグビーワールドカップの記事がデカデカと出て、同日夕刊各紙一面にも同工異曲の記事が出て、唖然としたからである。
 これは「国策大会」だったからだ。2005年4月8日にラグビーワールドカップの日本招致が小泉内閣により閣議了承されており、このため今回の表彰式に安倍首相が現れたのだ。
 2009年7月に「ラグビーワールドカップ2019」の日本招致が決まったとき、決勝トーナメントに進んだ経験もなく、ワールドカップで1勝しかしていなかった日本が、なぜ開催国になれたのかいぶかしむ声があった。
 その仕掛け人は2005年から2015年まで日本ラグビーフットボール協会の会長を務めていた森喜朗元首相である。ワールドカップを主催するワールドラグビーの各国理事も、日本の元首相が会いたいといえば快く会ってくれたのだという。
 今年、ラグビーとほぼ同じ頃、バレーボールも日本でワールドカップを行ったが、こちらは男子が4位、女子が5位になったが、その新聞記事の小さいことといったらない。ラグビーの数十分の一の扱いで、お義理の写真では顔の判別もままならなかった。
 バレーボールは男女ともに世界の頂点を極めたことがあり、オリンピックでは金銀銅をそれぞれ3個、計9個も取っているので、28年ぶりに世界4強に入ってもマスコミからはそんなひどい扱いで、「金」を取る以外見向きもされない。
 その点、FIFAワールドカップに日本は6度出て、最高成績がベスト16のサッカーは、そういう意味では「夢と希望のあるスポーツ」ということが言えるだろう。(福山博)

(座談会)どうなるあはき法19条

 司会:9月5日に東京地裁でのあはき法19条訴訟口頭弁論が終結し、判決は12月16日(月)11時30分から東京地裁103号法廷で行われます。そこでどのような判決が予想されるのか、大阪地裁と仙台地裁にどう影響を与え、高裁や最高裁までもつれるのか、さらにあはき法19条を守る立場で、今後視覚障害当事者は何ができ、何をやるべきかなどご議論ください。司会は『点字ジャーナル』編集長の福山博(64歳)で、ご出席は、筑波技術大学教授の藤井亮輔先生(65歳)、横浜市立盲特別支援学校(横浜市盲)教諭で横浜市視覚障害者福祉協会(浜視協)会長の岩屋芳夫先生(61歳)、そして日本視覚障害者団体連合(旧・日本盲人会連合)青年協議会相談役で、この9月におおごだ法律事務所を開所された大胡田誠弁護士(42歳)です。それでは大胡田先生から、あはき法19条の論点とどういう立場で関わっているのかご説明ください。
 大胡田:訴訟に至る経緯は、平成医療学園グループの横浜医療専門学校(横浜医専)が、健常者向けのあん摩マッサージ指圧(あマ指)師養成課程を新設したいと国に申請したが、国はあはき法19条1項に基づいて審査した結果、不認定で設置を認めないとしました。そこで横浜医専は、処分に不服であると裁判を起こしたわけですが、その理由はあはき法19条は憲法22条1項の職業選択の自由に反しており違憲だから今回の処分は違法・無効であると主張しました。あはき法19条1項は「当分の間、文部科学大臣、または厚生労働大臣は、あマ指師の総数に占める視覚障害者以外の者の割合またはあマ指師養成学校の生徒数の総数に占める視覚障害者以外の者の割合、その他の事情を考慮して、視覚障害あマ指師の生計が著しく困難とならないようにするために健常者向けのあマ指師養成学校の新設や生徒数の増員を認めないことができるというものです。なぜ憲法22条に反するのか、主張は三つに集約でき、一つはあはき法19条1項には「当分の間」健常者向けの学校の新設を認めないことができると書いてあるが、この条文は1964年に作られ、それから50年余が経過しており当分の間はもう終わっている。これは法の制定過程で、当時1世代限りとして認められた療術業者を認めるということのバーターとして健常者向け養成学校の新設を認めないことにしたので療術業者がいなくなった現在、当分の間はもう終わっているとの主張です。一方、国はこの当分の間とは、あマ指を含む三療業に依存しなくても生計を維持できる社会が実現するまでのことを言っているので、現状まだ多くの視覚障害者があマ指に依存しているので、当分の間はまだ終わっていないと反論しています。二つ目は、あマ指が視覚障害者にとって特別な業種なので、法律で特に保護する目的で作ったところに着目します。横浜医専は、たしかに以前はあマ指は視覚障害者にとって特別な仕事だったが、現在は社会福祉制度とか様々な業種への進出によってことさらあマ指師を特別な仕事として保護する必要性は薄れていると主張します。例えば障害年金の額や対象者が拡大してきているし、生活保護の制度も充実して、さらに視覚障害者が様々な業種に進出しており、弁護士もいるじゃないかと言っています(笑い)。これに対して国は、現状でも多くの視覚障害者があマ指に依存している。例えばハローワークから新しく就職した特に重度の視覚障害者を見ると、70%以上が三療で職を得ているというデータがあり、現在もあマ指とは特別な仕事であってこれを保護しなければ、視覚障害者の経済的な保証を全うすることができないと主張しています。3つ目はこのあはき法19条1項というのは視覚障害者の生計を維持するために、健常者向けの養成学校の新設を認めない、あるいは生徒数の増加を認めないという手段を執っているが、横浜医専はこのあマ指師に占める健常者の割合は、視覚障害者の生計の維持には関係ないと主張しています。具体的には、日本社会が高齢化などによってあマ指のニーズが非常に高まってきており仮に健常者が増えたとしても十分なニーズがあるので、それを吸収するだけで決して視覚障害者の生計が困難になるという関係性はないと言っています。これに対して、国はそんなことはない、藤井先生の調査などで、あマ指を行っている健常者と視覚障害者の間には年収において2倍以上の格差がある。こういった現状で健常者の業者が急増したら、今でも厳しい視覚障害者の経営がさらに圧迫される。その点からも健常者向けの学校新設を認めないという手段は妥当で合理的であると反論しています。現在までに双方からの主張が出そろって、先日、東京地裁は弁論を踏まえて判決を出すということになっています。現状であはき法19条がもしなくなってしまえば、鍼灸の学校とか柔道整復の学校と同じことがあマ指の学校にも起きて、視覚障害者が被害を被ることは明らかなので、視覚障害者として国を応援する立場です。
 司会:岩屋先生お願いします。
 岩屋:当事者団体の会長で、盲学校で理療科の教員もしていますから、その立場からこの裁判に非常に関心を持って毎回傍聴してきました。
 大胡田:それは強運ですね。傍聴は毎回抽選になりますからね。
 岩屋:ガイドと二人で行って、どちらかが外れたことはあっても、二人とも外れたことはなかったですね。今、大胡田さんが説明されたことは公判を傍聴していてもわかりませんでした。裁判は5〜10分で終わってそれぞれの主張を確認したら、次はいつにしましょうかで、なんなんだろうといつも思っていました(笑い)。
 司会:藤井先生はどういう立場に立っているというよりも『点字ジャーナル』3月号に戸塚記者が書きましたが、当事者のお一人ですね。
 藤井:まあとばっちりですね(笑い)。私自身、視覚障害者であはきで飯を食っており、たまたま医道審議会のあはき柔整部会に理教連会長として出ていました。横浜医専が申請したときの審議会にも出ており、全会一致で不認定を出したときにも出席していました。その時最後の結論を出す2015年2月の審議会のときに、私は「不認定の違憲でまとまったのは妥当だが、根拠を明確にする為の視覚障害業者と晴眼業者の業の実態を全く国は調査していない。たまたま私達が業の実態を調べたのが2003年だが、私的な研究のデータをあマ指学校の申請でも使わざるを得なかった。私はデータを提供したが、これには限界があるので国が責任を持って資金を提供して調査するべきだと言ったのです。その後、2016年度厚生労働科学特別研究費の公募の連絡と打診があって、これまでの経緯から応募をすることになった。そしてたまたま通って研究調査をやってまとめて報告書を書いた。2017年5月のことです。これを国が何番目かの証拠資料として出したので原告の平成医療学園岸野雅方理事長がかみついてきたので、私も当事者になったのです(笑い)。
 司会:藤井先生は国の補助金を受けて調査・研究を行ったのだから利益相反のバイアスがかかって、公正中立ではないと原告は主張しています。とぼけた主張で、そんなこと言ったら藤井先生は補助金だけではなく給料も国から貰っています(笑い)、そうすると国立大学には学問の自由はないのかと、学校関係者がそんなこともわからないのかと思いますよ。
 藤井:的外れもいいところです。
 司会:私の記憶では、40年くらい前はあはきの免許があれば一生食うに困らないと言われていましたが、今やあはきの免許を取っても就職できないとか、開業なんてとんでもないと聞くのですが、藤井先生、実際はどうなんですか。
 藤井:そういう研究がないので40年前と比較することはできませんが、2000年代に入ると斜陽になってきましたので、そのときと比べても今はさらに落ち込んでいます。具体的に言うと、中央値で2013年の調査では晴眼業者が400万円、視覚障害業者が200万円、2015年の収入は晴眼業者が350万円、視覚障害業者が180万円で、今は350万円と128万円。急速に落ちており、歯止めがかかっていません。
 司会:平成医療学園というくらいですから、平成に入った2000年に創立された学校です。横浜医専は2005年に設立されており、現在、グループ校は北海道から九州まで11校ありますが、なぜこういうタイミングであはき法19条訴訟を起こしたのでしょうか。
 岩屋:以前は鍼灸の国家試験受験者数が5,000人を超えた時期もあったのですが、最近は減っています。横浜医専も鍼灸学科の学生集めにそれだけでは難しいので、あマ指もあったらいいと考えたのでしょうね。
 藤井:例の1998年に福岡地裁で柔道整復師養成施設不指定処分で国が負けますね。それから柔道整復師専門学校が自由化され、同じ立ち位置にあった鍼灸もそれまではあはき法19条の拡大解釈で新設が認められていなかったが、この判決で鍼灸も歯止めがなくなり、一気に鍼灸専門学校が増え、平成医療学園の各校もそれ以降に新設されました。岩屋先生が仰ったようにまさに過当競争で、定員も充足できないまさに経営問題に関わっているので、そこが横浜医専がこの訴訟を起こした理由でしょう。
 岩屋:あはき三科を有する老舗の専門学校が県内に三校あります。その内二校が横浜市内にありますので横浜医専も学生集めに大変でしょう。
 司会:3年間ではり師ときゅう師の免許が取れますというのと、はり師ときゅう師に加えてあマ指師の免許も取れますでは全然アピール力が違いますよね。
 藤井:平成医療学園も必死ですが、経営体力はあるんですよ。
 大胡田:裁判にも相当お金をかけているはずです。今回の裁判は、過去の判例から見ると、極めて困難なものになることは弁護士であれば誰でもわかりますので、少々品のない言い方ですが、横浜医専は、「ある程度のもの」を積んで、それで代理人を受けてもらったのだろうと推測します。
 司会:それではこのあたりで、判決の予想をお願いしたいと思っているのですが。
 大胡田:いま弁護士がやりたがらないと言ったことからもわかるように、これは勝てない裁判なんです。ドン・キホーテが風車に立ち向かうみたいなものなんです。経済的自由を制限する立法の違憲性を審査する基準は二つに分かれます。医師の業を医師免許を持った人に制限するような規制を消極目的規制と言いますが、これは厳しい基準です。一方、社会経済の秩序だった発展を目的とするような積極目的規制はかなり緩やかです。積極目的規制が問題となった裁判で、法律が違憲となった例は過去に1例もないので、国が勝つだろうと考えます。仮にもし今回違憲だという判決が出たら最高裁はスタンスを変えたということで、憲法学会ではもの凄いニュースになるでしょうね。
 藤井:ニュースになると共にいろいろな法律が違憲になるのでしょうか?
 大胡田:これまで、経済的弱者保護などのために経済的自由の積極目的規制で作られてきた法律が、どんどん違憲になるおそれがありますね。
 藤井:障害者権利条約の5条にある「アファーマティブ・アクション(社会的弱者に対しての特別な配慮)は差別ではない」という世界の潮流からしてもこの19条というのは合理性があると思います。
 大胡田:なるほど、もっぱら憲法の議論は障害というものを度外視して、経済的弱者を救済する立法という意味の議論しかしませんが、たしかに障害者権利条約の視点で本来社会から取り残されてしまいそうな障害者に対して下駄を履かせてメインストリームに押し上げようというようなことも我々は議論していいと思いますね。
 司会:大胡田先生が仰ったように12月16日に国が勝訴するとしたら、横浜医専は、「はいわかりました」と言うんでしょうか?
 大胡田:いやー、それはないでしょうね。もしそれで止めるんだったら裁判を起こしていません。弁護士もこれは負け筋だけど、最高裁まで行って戦う必要があるんですよと説明をしているはずです。
 岩屋:金のかかる話ですね。
 大胡田:かかりますよ。
 司会:それも平成医療学園は東京だけではなく、大阪と仙台でも同様の裁判を起こしていますよね。それで東京で国が勝訴して、例えば大阪とか仙台では逆の判決が出るっていうこともあり得るんですか?
 大胡田:理論上あり得ますね。裁判官というのは憲法、法律、自己の良心のみに縛られるということになっていますので、別に他の裁判所がどんな判決を出したかといって拘束されませんから。
 藤井:理論上はそうでしょうが、裁判の進行状況を見ていると東京地裁が先行していますので、その状況を見ながらと仙台・大阪それぞれあるのではないですか。
 大胡田:関心はあるでしょうね。
 司会:大胡田先生がさっき仰ったようにこの裁判の筋としては、国の勝訴になる可能性が高いということは、別に東京だけではなくて、大阪も仙台も国の勝訴になる可能性が高いっていうことですか?
 大胡田:そうです。なぜなら先ほど申し上げた、積極目的の経済的自由の規制立法が違憲とされた例は過去に1度もないからです。
 藤井:この裁判に限って和解っていうのはあり得ないですよね。
 大胡田:それはあり得ません。
 司会:一審で国が勝訴してもすぐにめでたしには成らない、きっと最高裁まで行くだろう。そうしたときに関係者はどういう風に応援するのか、日盲連にしろ、理教連にしろ、全視協にしろ、今までも傍聴するとか、署名を集めたりしたと思いますが。
 岩屋:仮に国が勝ち控訴され、高裁に行った場合どうなりますか。
 大胡田:高裁はだいたい似たような感じになるんですが、期間は短いと思います。
 岩屋:裁判が続けば我々は傍聴に並び、裁判所にインパクトを与えるために関心を持っていますということを示さざるを得ません。50年前と視覚障害者の現状が変わっている点もありますが、私が勤める横浜市盲は、下から上がってくる生徒より中途視覚障害の方が多くて、その人達はやっぱりあはきに頼らざるを得なくて盲学校に入ってくるのです。したがって1964年に19条が成立したときと状況を取り巻く環境は決して大きく変わっていません。裁判官にそれをわかってもらうために傍聴に行ったり、署名したり、あるいは理教連のあはき行動も続けていかなければならないと思います。
 司会:たしかに裁判になって視覚障害者が1人も傍聴に来なかったらこれはおそらく視覚障害者はどうでもいいと思ってるんだと思われますよね。
 大胡田:あはき法19条は役目を終えたんだなと裁判官は認識するでしょうね。
 藤井:ちょっと論点が変わるんですが、1964年に法律ができたときには視覚障害者があマ指業者の6割を占めていましたが、その法律ができた直接の切っ掛けというのは芦野純夫さんや横浜医専は、療術業者を認めた国会でバーターで19条ができたといいます。しかし国会の議事録を読んでも誰もそんなことを言っていないんです。19条というのは、直接の切っ掛けはどうであれ、背景には1955年に指圧が包含され、それまで禁止療術だったカイロや整体が入ってきて視覚障害者が圧迫される。あマ指師に転業するひとたちの教育の受け皿ということで1959年までに今の老舗の晴眼学校ができる。そして1960年の最高裁判決で医業類似行為であっても健康に危害を及ぼす恐れがなければ、これは必ずしもやっただけの事実だけでは禁止できないという判決でいわゆるあマ指師に転業しないでカイロや整体をやっていた人たちがどっと復活してきた。そこに1964年療術業者の一代営業が認められた。こういう背景があって19条ができたわけです。しかも当時はまだ晴眼業者が4割でしたが、今や視覚障害あマ指業者は22.6%です。あマ指以外の新しい職域ができているというけれども、これはデータがないんです。たしかに公務員に採用された人は公表されますがそれも非正規雇用が多いのです。
 岩屋:いま藤井さんは22.6%と言われました。横浜医専があマ指の課程を新設するときに当然審査に至る過程で、神奈川県医療整備課から県内の盲学校3校と浜視協に通知があり、私は反対の文書を書き、衛生業務報告を見ると神奈川県はあはきに関わる視覚障害者の割合が1割で、校長もそういうことを知り、反対の意見書を書いてくれました。
 藤井:横浜医専の主張に、免許を持っている業者が少ないから無免許者が増え、19条があるから無免許者が跋扈するんだと、自由化すればそんなことはなくなるんだというのがあります。けれども今業者が1日に扱う患者数が晴眼と盲人含めて二人弱です。だいたい1日6人までできるとすると、三分の一以下です。だから、オーバーフロー論なんて全くの嘘ですよ。それからもう一つは、最終的には福祉で飯食えなんですよ。これに関しては視覚障害者はもっと怒るべきです。
 司会:藤井先生が芦野さんと言われましたが、国リハは辞められたのですか?
 岩屋:とっくに退職され、今は横浜医専の教員です。厚労省に勤めていて、視覚障害者の状況をよくわかっている人が、何であんなところに荷担するのか非常に不見識ですね。
 司会:ああそうなんですか。原告がこの期に及んでなぜ裁判を起こすのか首を傾げていたのですが、これで腑に落ちました。
 藤井:芦野さんは国リハを辞める年の3月31日付で『点字毎日』に厚生労働教官の肩書きで論文を書いています。それが「当分の間の主張」で、彼の持論なんです。私はそれに対して反論記事を書いたのでよく覚えています。
 岩屋:もともと19条が無免許者を出しているということも芦野さんはずっと前から言っていました。
 司会:原告の主張は、芦野さんの主張に重なるんですね。ところで晴眼養成校であマ指コースを持っているところは逆に19条を守りたいんじゃないですか。
 藤井:19条様々ですよ。この裁判に国が負けたら、これは鍼灸の比じゃないですよ。どうしてかというとこの1年間に鍼灸を受けた国民の割合がどんどん下がって約4%。同じ調査であマ指は約16%です。単純に鍼灸の学校定員5,000人の4倍だとすると2万人定員になります。
 大胡田:なるほど、大変なことになりそうですね。
 岩屋:その一方で盲学校の理療科の生徒数は減少し続けています。
 藤井:しかも無資格業者が減るなんて保証はどこにもない。だから急増する晴眼業者と減らない無資格業者との狭間で、視覚障害業者の生活は立ちゆかなくなります。
 司会:そうすると、仮に国が負けて得するのは晴眼養成学校でマッサージの養成コースを持っていないところだけっていう話になりますね。
 藤井:おそらく、横浜医専もそうですが、鍼灸科にあマ指科をつけて3科養成校にするところが次々出てくる。今鍼灸だけしかない専門学校は80校ぐらいですから、そのほとんどが鍼灸科にあマ指科を増設し、そこにプラス新設校が増えます。
 司会:視覚障害者の中にもうあはき業界は駄目なんだ。晴眼者と無免許業者に席巻されて、視覚障害あマ指師に未来はないので今頃19条に関わり合ってもしょうがないというニヒリズムがあります。たしかにそういう側面もあるとは思いますが、そういっても視覚障害者であはきで一生懸命生活している人がいて、もし国が負けることが仮にあったら、その生活を奪う最後の一押しになる。そんなひどいことになるんじゃないかと心配しています。
 藤井:全くその通りです。そのニヒリズムですが、あきらめの境地にね、そういう気持ちにさせられる状況はあるけど、これからAI時代になって単純な事務作業は一般の人も厳しくなる。一方では障害者雇用促進法に精神障害が入って、かなりシェアが割かれてきた。そうすると一番弱いのは全盲とか両腕の障害とかで、そうなると必ず三療へのゆり戻しが来ます。どうしてかというと目が見えることを条件としていない、見えなくたってできる仕事だからです。盲教育と免許制度にきちんと守られて厚生労働大臣免許が取れるなんて仕事に就けるわけですから、魅力とか価値をもう少し周知できると揺り戻しの時代が来ると思っています。
 岩屋:私は浜視協の会長として裁判の傍聴に行っています。すると「裁判に盲学校の教員が一人も来ていないじゃないか」って言われるんです。学校に帰ってきたときに「どうでしたか」と聞いてくれる教員はほんの一人二人。理療科の教員にとっても大きな課題だと思うんですが、現実には無関心な教員が多すぎます。
 藤井:裁判に勝ったとしてもそれで業はよくならないので、むしろ19条に勝って一気に脱力感が広がって盲界が一気に元気を失っちゃうんじゃ無いかと心配ですね。守るだけではもう駄目で、打って出る何かが必要です。19条の裁判に勝つことが目的になってしまっていてはだめなんですよ。
 岩屋:保険の取り扱いが大きく変わっていくときに、我々業界で例えば職場介助者をどう取り入れていくのか、さらに無免許者対策にどう取り組んでいくのか、次のことも考えないといけないですね。
 大胡田:同感です。まずは19条訴訟に確実に勝つ方が重要なので、そういう意味で我々視覚障害者が関心を持ち続けるということが大前提です。岩屋さんが仰ったように視覚障害者の多くが、あるいは理療科教員の多くがまだ関心を寄せていない方がいるというのが現状だとすればより広く問題意識を持って、まずはこの19条訴訟に勝つ。その先にどういった展望を持つべきかということも、みんなで議論できるような切っ掛けにこの裁判をしていくことが重要だと思います。今後のことで言うと、岩屋さんが仰ったように自営業者にも民間雇用類似の職場介助者が利用できるような公費での介助者がつけられるような制度がないと、多分健常者の業者と互角に渡り合うことは難しいので、そこが今後のポイントだと思っています。
 司会:裁判も、今後の課題も見えてきました。長時間本当にありがとうございました。

読書人のおしゃべり
不条理を生き貫いて 34人の中国残留婦人たち

 ベストセラーにはどこかに魅力があるのだろうと思うが、怪しげな占いの本が累計で7,000万部売れたという話を聞くと言葉を失う。私には資源の無駄にしか思えないからだ。一方、ベストセラーにはほど遠いが、資料的価値としては国宝級の書籍もある。今年の7月、そんな標記書名の書籍が本体2,500円プラス税で津成書院から刊行された。
 昭和28年(1953)栃木県生まれの著者・藤沼敏子氏は、日本語教師として語学学校や大学で勤務した後、地方自治体の日本語ボランティア養成講座を担当し、中国帰国者向けの日本語教室の世話役をしていた残留婦人と親しくなる。同時期に著者は、埼玉県所沢市にあった中国帰国者定着促進センターの文化庁プロジェクトに数年間関わることになり、中国帰国者の福祉問題に関心を持つ。そして、その研究のために東洋大学大学院修士課程に進み、終了後は国立総合研究大学院大学の博士課程に進む。
 その後、研究はより具体的になり20数年をかけて、同氏は中国帰国者約200人(一部サハリン残留邦人を含む)にインタビューして、ノーカットでホームページ上に「アーカイブス 中国残留孤児・残留婦人の証言」として、その貴重な生の声を動画と共に公開した。
 ただ、インタビューした中国帰国者の多くは高齢であることからパソコンが使えず、ホームページに直接アクセスすることがままならない。また、動画では体系的に何が言いたくて証言を集めてきたのかが、明確に伝わらないもどかしさがあった。
 そこで藤沼氏はインタビューを4冊の書籍『不条理を生き貫いて 34人の中国残留婦人たち』、「中国残留孤児編」(書名未定・近刊予定)、「WWII周辺の証言編」(書名未定・近刊予定)、「中国帰国者の福祉 歴史と援護政策」(未定)にまとめて刊行することを決意する。
 そのシリーズ第1作が本書で、インタビューした中国帰国者200人の中から「中国残留邦人支援法」の対象者で、終戦時13歳以上だった中国残留婦人ら(男性やサハリン残留邦人を含む)34人のインタビューをまとめたものである。
 そして第2・3作も近刊予定で、いずれもネット通販サイトのアマゾンで購入することができる。
 『不条理を生き貫いて 34人の中国残留婦人たち』を手に、ホームページ上の藤沼氏の「アーカイブス」の動画を見ると、しわも深い女性たちが、白髪を染め、身なりにも気を遣い、70年前を振り返っていた。そして、惨憺たる物語を喜怒哀楽を抑えた、方言混じりではあるがしっかりした日本語で語り、歴史の闇の中にも多くの人間の顔と人生があったことを我々に知らせてくれる。
 饑餓に苦しむ逃避行は、その課程で弱い乳幼児から死んで行き、泣き叫ぶ児童は親の手で川に流され、ソ連兵の暴虐に気が触れて死んだ若い女性もいた。必死にたどりついた収容所では、発疹チフスや赤痢が蔓延し、幼い兄弟は次々と死ぬ。その課程で、少女は「トンヤンシー」として、中国の貧しい農民に掠われたり、預けられたりした。トンヤンシーとは、少女を買い育てて、将来男児の妻とする旧中国の婚姻制度の一つで、その間、少女は一種の家内奴隷として親や子供の世話の外、雑役にも使われた。
 日本政府は日本人の子供たちのうち、日ソ開戦が直接の原因で両親が死亡、もしくは生き別れとなった、当時 12歳以下の者を中国残留孤児として援護の対象とした。だが13歳以上は、自らの意思で中国大陸に残った中国残留婦人と定義して事実上見捨てた。終戦のときと、2度目の棄民である。ただその後、規制は緩和され、帰国を果たした多くの中国残留婦人たちは、塗炭の苦しみの末、「でも今は、日本に来ていかったと思う」、「一番幸せなのは、いまだね・・・。いつも言ってる。私は、今が一番幸福」、「今の生活は十分です。落ち着いて生活できて満足しています」と述べ、いくらか救われた思いがした。(福山博)

編集ログ

 内閣総理大臣主催で開催される「桜を見る会」が来春は中止されます。2019年の参加者1万8,200人に対し、支出は5,518万円で、与党議員の後援者が招待されていることが批判されてのことです。食事と酒代は一人当たり1,200円で記念品は「升」だそうです。
 参加費として一人3,000円とればトントンになり、記念品を削れば黒字になります。政府は面子を捨てて参加費を取ったらいかがでしょうか。
 安倍首相の地元である下関市からの招待客が多いと批判されていますが、交通費は参加者持ちなので、宿代を含めると7万〜8万円かかるというので、3,000円の参加費をケチるような人はそもそも参加しないでしょう。いずれにしても新聞の一面で報じるような大問題だとは思えません。
 政府が本気でマスコミを動かすと、日頃、何かと政府批判をしているような新聞さえも「右へ倣え」して、「日本4強ならず」などと一面にむざむざ書いてしまうもののようです。私はそれをかつて全滅を「玉砕」、退却を「転進」と書いた、いかにも変幻自在の修辞法の遺伝子のように感じて、背筋が寒くなりました。
 かく言う私自身ラグビーワールドカップ2019の予選プールAで、ロシアやサモアはともかく、強豪アイルランドやスコットランドを撃破し日本が4勝して、決勝トーナメントに進出したとき鼻息荒く応援したにわかラグビーファンでした。強豪を破って4勝したのだから、日本全国のお茶の間が興奮のるつぼと化したのと同様、それが新聞の一面を飾るのはちっともおかしなことではありません。
 しかし、政府がマスコミを動員して扇動した結果、国民が勝利に酔い一様にカタルシスを得るまではよいとして、白を黒と言いくるめるように新聞各紙が恥知らずにも一様に「4強ならず」と一面で敗戦をも美化したのはいかがなものでしょうか、私は恐怖さえ感じました。(福山博)

投稿をお待ちしています

 日頃お感じになっていること、記事に関するご意見などを点字800字以内にまとめ、本誌編集部(tj@thka.jp)宛お送りください。

Copyright 2004 Tokyo Helen Keller Association. All Rights Reserved.

THKA