昭和から平成へ改元された頃、わが国には陰々滅々たる空気が漂っていた。昭和天皇の容体が急変してから最後の3カ月余は、日本全体が一種異様な自粛ムードで、昭和63年の忘年会と翌昭和64年の新年会はほとんど行われず、巷では腹立ち紛れに「陛下はすでに亡くなっているのではないか?」との噂が流れた。そして、1月7日早朝に昭和天皇の崩御が伝えられると、「やっぱり!」という不謹慎な声も聞かれたが、テレビ局が申し合わせて歌・ドラマ・クイズ番組をすべて中止し、それから2日間CM抜きの特番が放送された。
一方、平成は軽やかな空気の中で幕を閉じた。平成31年4月30日の退位礼正殿の儀で、天皇陛下が「即位から30年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します」と、述べられた。
それを聞いて私は、後に「平成の玉音放送」と呼ばれる平成28年8月8日午後3時に各テレビ局で一斉に放送された、天皇陛下の「象徴としてのお務めについてのおことば」と題したビデオメッセージを思い出した。11分のお言葉で退位の意向が示唆されたことを受け、各新聞社が行なった世論調査で、生前退位に賛成・容認が「91%」(朝日)、「84%」(毎日)、「81%」(読売)に達し、国民の圧倒的多数が高齢の天皇の思いを受けとめて法改正を求めていることがわかり、今回の譲位に繋がった。
かくして、202年ぶりの譲位による改元で令和の幕があけたのだが、10連休が伴ったこともあり、ある種の祝祭の空気の中でめでたく執り行われたことは慶賀にたえない。
これを機会に、上皇陛下の思し召しどおり、明治20(1887)年3月20日高輪会議で当時内閣総理大臣であった伊藤博文が異を唱え、皇室典範原案から削除された譲位に関する規定を改めて盛り込むべきではないだろうか。(福山博)