THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2018年3月号

第49巻3号(通巻第574号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:馬塲敬二
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:がんばれ! 下町ボブスレー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
(座談会)曲がり角にきた医療マッサージの国際協力 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
神戸アイセンターオープニング記念イベント 
  2コンテストの表彰式を開催 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
25
在ネパール日本国大使館での署名式と大使の報告 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
28
スモールトーク 韓国一流ホテルの掃除方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
31
近代盲人福祉史 (14・最終回)身体障害者福祉法の制定と
  その後の日盲連の要求 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
35
自分が変わること (105)白虎隊を尊べるか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
40
リレーエッセイ:理教連は反対する
  ― 機能訓練指導員へのはり師・きゅう師参入
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
アフターセブン(36)素敵な女性との出会いを望むなら ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
  (187)来日して12年。栃ノ心が初優勝で一気に大関候補へ ・・・・・・・・・・・
54
95%にもチャンスを (24・最終回)引き渡し式 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
58
時代の風:交通のバリアフリー計画義務化、骨を丈夫に維持する仕組み解明、
  脳梗塞で併用療法、心不全を腎臓病薬で治療、新しいがん免疫療法 ・・・
62
伝言板:受賞記念会・講演会、劇団銅鑼公演、フォーエバー婚活パーティー、
  詠進歌来年のお題は「光」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
67
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
がんばれ! 下町ボブスレー

 2月6日付朝刊各紙は、平昌(ピョンチャン)冬季五輪に向け、東京都大田区の町工場が中心となって国産そりを開発する下町ボブスレーネットワークプロジェクト推進委員会は2月5日、そりを提供するジャマイカボブスレー・スケルトン連盟から「平昌では下町ボブスレーを使わないとの連絡を受けたことを明らかにした」と報じた。
 ジャマイカ女子チームは、昨年12月の国際大会で、現地の交通ストライキで下町ボブスレーが届かなかったとして、ラトビア製のそりを使い、その後もラトビア製を使い続け、今年1月中旬女子2人乗りで平昌五輪への出場権を獲得。男子チームは下町ボブスレーを使ったが平昌五輪への出場権を逃した。
 下町ボブスレープロジェクトは2011年に、町工場の衰退が進むなか、高い技術力を世界にアピールするために各社が結集してそりを開発したが、日本チームは2014年ソチ五輪ではラトビア製を、平昌五輪ではドイツ製を採用した。
 2016年7月、推進委がそりを無償提供し、ジャマイカ連盟は平昌五輪で下町ボブスレーを使うとする契約を締結。違約金条項もあり平昌五輪で使用しなければ数千万円の賠償請求ができるという。
 下町ボブスレーの開発プロジェクトには200社が関係しており、五輪での採用は悲願だったとはいえ、法的措置をとるのは考えものである。ジャマイカの一人当たりのGDPは日本の約8分の1で、果たして違約金を支払う能力があるのだろうか?
 本年1月7日の全日本ボブスレー選手権大会では、下町ボブスレー5号機を使用した三上・瀬間チームが男子2人乗りで優勝した。また1月20日には日本チームが下町ボブスレー7号機を使ってドイツのケニクゼで開催されたワールドカップに出場した。
 このように実績は徐々に上がっているので、BMWやフェラーリのそりに負けない日本チームも喜んで使うそりの開発を同プロジェクトにはお願いしたいものである。(福山)

(座談会)曲がり角にきた医療マッサージの国際協力

 司会:国際視覚障害者援護協会(IAVI)は、18年間継続して文科省のODA予算から補助金を交付されてきましたが、昨年末、閣議決定で次年度からの廃止が決定しました。
 1971年にその前身の国際盲人クラブ(ICB)が、韓国や台湾から日本に留学した視覚障害学生の親睦団体として発足。その後、後輩留学生の支援を開始し、篤志家の支援を得て拠点となる舟橋<フナハシ>記念会館を建設。1億円の基金を集めて法人化し、ODA予算もついて大きく発展しました。
 ところが一時は世界一であった日本のODA予算も日本政府が財政再建に取り組んでいる中、年々減少し、1997年度のODA予算は1兆1,687億円あったのですが、20年間で52.7%もマイナスとなり、2017年度のODA一般会計の規模は5,527億円となりました。
 そうして2000年に1,000万円あったIAVIに対する文科省の補助金もその後、減少を続けて最後は300万円でした。また、一時は年間500万円程度あった金利も大幅に減少し、今や0金利時代となり厳しい運営を余儀なくされています。
 日本も成熟した高齢化社会に入り、医療マッサージの国際協力も曲がり角にきたように思います。そこで関係者にお集まりいただき、今後のマッサージを中心とした国際協力について、ご議論をお願いしたいと思います。
 参加者は、石渡博明IAVI理事長、藤井亮輔筑波技術大学教授、田畑美智子WBUAP会長、司会は本誌編集長福山博。

自己資金で事業継続

 石渡:ICBから数えてこれまでの46年間に、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの19カ国から85人の留学生を日本に招いてきました。文科省の補助金が付くまでは、その年に受け入れる留学生は1人であったり、4・5人であったりバラバラでした。しかし補助金に先立ち、筑波大附属盲が1993年から鍼灸手技療法科に各学年2人の留学生枠を作り、受け入れてくださるということで、毎年留学生を2人呼ぶことが既定路線になりました。文科省のODA予算は誠にありがたかったのですが、その反面ODAの対象国ではない韓国・台湾・中国などからは留学生を呼べなくなりました。また、タイ国は外務省がODAでマッサージセンターを作ったのでODA予算で留学生を呼ぶことはまかりならんということで、事実上呼べなくなりました。
 司会:ODA予算がなくなったからIAVIがすぐに店仕舞いするということではなくて、いま現在も留学生がいるわけですから、当面は自己資金で事業を継続するわけですね。
 石渡:そうです。新年度(2018年度)は、この4月に筑波大学附属盲専攻科鍼灸手技療法科に入学が決まっているミャンマーのテイン・チョウ・リンさん(19歳)を支援します。文科省の補助金は開発途上国が対象だったので台湾は除外されていましたが、新年度からは補助金が無いので、来年4月に附属盲の受験を希望している台湾の蔡静如(ツァイ・チンル)さん(31歳)も支援します。そして、この間にIAVIのこれまでの事業を総括して、今後の方針を決定する計画です。
 司会:曲がり角といえば、AMIN(アミン)アジア医療按摩指導者ネットワークもそうですね。
 藤井:曲がり角もいいとこですよ(笑い)。2003年から5年計画で、アジア太平洋地域のマッサージ指導者を育てるための「沖縄プロジェクト」が発足しました。AMINはその修了生が母国に帰ってから孤立しないように相互に連絡を取り合い、技術交流を行うことを目的に筑波技術大学AMIN推進委員会が核となり2006年に発足しました。2010年度までの5年間は日本財団の財政支援を受けて華々しく活動し、その後は筑波技大の学長裁量による予算で細々と事業を継続しています。


モンゴルの成功例

 司会:この間の取り組みで最も成果が上がったのは、モンゴルではなかったでしょうか。
 藤井:そうですね。IAVIにも集中的にモンゴルからの留学生を受け入れていただき、竹内昌彦先生(岡山盲学校の元教頭)は、首都・ウランバートルにあるモンゴル盲人連合(MNFB)の2階建てビルの改修費や教材費など830万円余りを投じてマッサージ訓練センターのハード面で支援し、AMINはモンゴル政府や日本大使館との交渉を担ったり、指導者の育成やカリキュラムを作成したりするなどソフト面で協力しました。こうして日本側が戦略的に資源を集中したのが功を奏したと、私はひそかに自負しております。
 司会:田畑さんもWBUAP(世界盲人連合アジア太平洋地域協議会)の仕事で、モンゴルに数回行っておられますよね。
 田畑:はい、WBUAPはデンマーク政府の資金で2006年よりモンゴルで能力開発プロジェクトを行いました。具体的には当事者団体の強化、地方支部の育成、政府折衝の強化で、これも結果的にAMIN等によるモンゴル支援と絶妙なタイミングで連携することができ、相乗効果でMNFBが大きく発展しました。2006年には3支部しかありませんでしたが、現在は21のすべての県に支部があります。
 藤井:MNFBが運営するベストマッサージは20数件あるし、ベストFMという放送局も持っていますね。
 石渡:去年、筑波技大情報システム学科に入学したエルデネサンブー・デルゲルバヤルさんはベストFMで音楽プロデューサーをしていた人で、MNFBの命を受けてITの勉強に来日した人です。
 司会:今でも自助努力を続けているのですね。モンゴルを対象にタイミング良く、様々な国際協力が一斉に行われたので、それが結実したのですね。
 藤井:それをうまく消化吸収する能力がMNFBにあったということです。それまでの長老支配からうまく世代交代ができて、チームワークのいい30代の執行部ができたので、タイミングも良かったのですね。
 田畑:しかも、これだと思ったら即断即決して、若くてフットワークがいいので何事にも果敢に挑戦して、それがよい結果につながりました。

ミャンマーとインドネシア

 司会:実は、私は優れた人材がいるミャンマーにも期待していました。マッサージの指導者養成も行われたりしましたが、どうもうまく行っていないようですね。
 石渡:IAVIで附属盲への入学準備をしているリンさんによると、彼はヤンゴンのキリスト教系盲学校で勉強していたのですが、進級試験のときは一般校に行って登録して試験を受けたというのです。どうも盲学校といっても、正規の学校としては認可されていないということのようですね。
 司会:えっ! びっくりしました。私はその盲学校にも行ったことがあります。立派な学校ですが、中にマッサージセンターがあり、盲人協会の事務所があり、建物を自動車修理工場に貸していたり、賛美歌のCDを校内のスタジオで収録して販売していたり、確かに今にして思えばちょっと普通の学校とは違いましたね。しかも正式名称には「スクール」が入っておらず、直訳すると「ヤンゴン盲人教育センター」なんですね。
 田畑:軍事独裁政権が長かったので、法整備が遅れているんですよ。WBUでは視覚障害者など印刷物の判読に障害のある人に著作物を利用する機会を促進するためのマラケシュ条約を積極的に推進しています。しかしミャンマーでは、著作権法自体がないので取り付く島がないのです。盲人協会が政府に登録できたのもここ数年のことで、人の入れ替わりが激しくて安定しません。幾ら能力が高い視覚障害者がいても、運動体としてまとまりがなければ結果がついてきませんね。
 藤井:どういう理由があるのか知りませんが、残念ながら沖縄プロジェクトに参加した2名が活躍しているかどうか、少なくとも表には出てきません。AMINも支援を手控えている状況です。
 田畑:デンマークからの支援も組織の不安定さを危惧して、一桁少ない事業になってしまいました。
 藤井:日本からの支援に依存するばかりだと続きません。スタートから事業が軌道に乗るまで支援してもらうが、その後は自分たちで自立するんだという強い意志がないと成功しませんね。モンゴルはそれができたわけですが、タイを別にすれば、ミャンマーだけでなく、東南アジアはそういうところが多いですよ。
 石渡:インドネシア第3の都市バンドンは標高700mで、熱帯にありながら涼しく過ごしやすい環境にある学園都市です。インドネシアで最初の障害者のための学校がバンドン盲学校であったため伝統があり、同校から何人もIAVI留学生が来日しました。ところが同校に行き校長と話したら、「えー、そんな形で留学していたのですか?」と驚かれました。そして今後はバンドン盲学校が推薦する人を送って、日本に留学したマリアさんの就職先も用意してくれました。しかし、マリアさんはそんな所に行くのは嫌だと言い、校長も他校に転任されたのでその話はご破算になりました。日本のように社長・工場長が現場に足繁く通うようなフラットな社会と違い、インドネシアは階級社会ですから、庶民であるマリアさんと上流階級の校長先生はまったく没交渉なのですね。
 田畑:インドネシアでは、留学生と盲人協会も接点が薄いんです。
 藤井:島が多いですし、多民族・多文化・多言語国家ですから、意見の集約が難しいのでしょうね。
 石渡:しかも、比較的近年きたマリアさんやヨフィタさんは、住民の8割がカトリックというフローレス島から来ていますから、世界最大のイスラム教人口を擁するインドネシアの中では特殊なんです。だからイスラム教徒の多い盲人協会にも入っていないようです。
 司会:宗教上の問題も大きいですよね。彼女たちはカトリックだから問題は少ないけれども、敬虔なイスラム教徒だと日本では食事が大問題になります。昨年の本誌7月号でキルギスのシリンさんが、あはきの国家試験に見事合格して帰国するというのでインタビューしました。私はそれまで彼女は緩やかなイスラム教徒だと思っていたのですが、ハラルミート(イスラム法に則った方法で処理された精肉)しか食べないと聞き驚きました。
 石渡:彼女が来日したときはそんなに厳しいイスラム教徒ではなかったのです。仏教に興味を持って、お母さんには言わないでと言って、座禅をしに行ったりしていましたから(笑い)。しかしその後、日本で厳格なイスラム教徒に出合ってすっかり感化されてしまったのです。

マレーシアとベトナム

 石渡:マレーシアもイスラム教徒の多い国ですが、この4月元留学生のアズリンさんがモンゴルのニャマフーさんと一緒に筑波技術大学の大学院修士課程に入ります。彼女の母親のノリマさん(弱視)が沖縄プロジェクトで来日して、そのあとアズリンさんがIAVI留学生となりました。日本の資格を取って、クアラルンプールで母親と一緒に国際空港など2店舗でマッサージクリニックを展開し、現在、マレーシアにマッサージの教育プログラムと資格制度を確立しようと奮闘しています。その際に教員として教えるには、高卒ではだめだということで今回来日するのです。マレーシア盲人援護協会(MAB)の事務方はほとんどインド系の方達で、あまり協力は得られないようなのです。
 田畑:視覚障害当事者団体のマレーシア盲人協議会(NCBM)の上の方はみんな華僑ですから、外からはうかがい知れない難しさがあるのでしょうね。
 司会:ノリマさんは元々MABでマッサージのインストラクターをしておられました。そして沖縄プロジェクトに参加して、今までのMABのマッサージの指導法ではだめだと改革案を提案したが受け入れられませんでした。従来のやり方ではマッサージを教えても視覚障害者の就職は厳しかったのです。そこで1995年に自らマッサージ店の経営に乗りだして成功したのですが、その背景にはそういう事情があったのですね。
 藤井:ノリマさんは本当に熱心な方です。確かに曲がり角には来ているのですが、これまで日本が国際協力をした成果も各国であがっています。ただ、マレーシアのようにマッサージは普及したけれどもその専門性をどう向上させるか、あるいは教科書、教材・教具をどう整備するのか、そういう教育環境をどう整えていくかが、今、日本に求められているように思いますね。
 田畑:技術や能力にさらに磨きをかけるブラッシュアップって必要ですよね。この間、ハノイで視覚障害者のマッサージを受けたら、久しぶりに余りかんばしくなくて(爆笑)。
 藤井:ベトナムは社会主義国ですから、何でも上意下達、いろいろな許可を得るのが本当に大変です。
 司会:元留学生のタンさんのホーチミン市のマッサージクリニックは、今でもうまくいってるのですか?
 石渡:はい、奥さんが日本人ですから、いろんな所に気配りがあって結構繁盛しているようでしたよ。もちろん彼は経営者として、施術はしておりませんがね。
 藤井:ベトナムは北と南で仲が悪くて、私はいちど仲良くやれということで南のマイさんと北のソンさんを握手させたことありますよ(笑い)。
 田畑:それでも結構な数の視覚障害者がマッサージで生計を立てており、「多くの視覚障害者の雇用を実現した」ということでホーチミン支部は、この間、ベトナム盲人協会(VBA)から表彰を受けていました。

災い転じて福と成す

 司会:逆説的な言い方になりますが、私は、文科省から300万円切られたことが、IAVIが次のステップに踏み出すための切っ掛けになるのではないかと期待しています。
 石渡:災い転じて福と成すで、私もそうしたいですよ。各国の盲人協会と契約を結んで、もっとすっきりとしたスキームで、日本政府の留学生政策の中にきちんと位置付けて呼ぶ方策はないかとも考えています。そこで帰国した留学生やその国の盲人協会などを対象に調査して、総ざらえをして、次のステップを構築したいと思っています。
 藤井:国の留学生制度ということになると、ハードルが一段と高くなりますね。
 司会:評価に関しては2〜3年の短い期間で考えるのではなく、10年単位で考えるようにして欲しいですね。教育に関しては、2〜3年では本当のところ何もわかりませんからね。評価に関して、文科省が留学生で日本の盲学校の教員になって日本国に貢献している人は何人いるのかと聞いたそうですね。
 石渡:そうなんですよ。報告書も『ロータス通信』も読んでもらっていないようで、そういう目的で作ったわけではないことを理解してくれないのです。
 藤井:それ逆ですよね(笑い)。日本に残りたいという人を説得して、帰ってもらうように心血を注いできたわけですからね。それで説得仕切れなかった人たちが教員として残っているわけですからね。いずれにせよ、どう評価するかは諸刃の剣でね。往々にして変な結果が出ることがあります。評価基準をどうするかは、慎重に検討する必要があります。IAVIは半世紀近くの実績があるわけですから、評価できる材料は多いはずですからね。
 田畑:長年やってきて、こういう結果が出て来ているということは「見える化」しておかないと、IAVIの事業がいかに有意義な事業であるか理解してもらうのは難しいと思うんですね。なんとなくではなくて、このような形で実を結んでいるときちんと発信していく必要があります。そして、さきほど藤井さんが言われたように横のつながりを重視して、様々なステークホルダーが取り組む必要がありますね。そうするとモンゴルの事例のように、個人の育成があって、マッサージコミュニティへのてこ入れがあって、盲人協会の強化があって、それらの相乗効果で、いまのモンゴルの事業があるわけです。今後もネットワークを広げる努力を続ける必要があります。

ブラッシュアップ研修

 藤井:私はこれまでの成果を踏まえて、思い切った事業の転換も必要なのではないかと思います。もはやある程度人材は育ってきているから、指導者だけを集めるとか、沖縄プロジェクトのような半年間のブラッシュアップ研修とかの支援のあり方を考えた方がいいように思います。とくに指導者の不足は深刻な問題で、これは韓国や台湾もその例外ではないのです。
 司会:えっそうなんですか?
 藤井:韓国にはそもそも理療科教員養成制度のようなものがないのです。日本で言う保健理療科を修了した視覚障害者が、一般の大学で英語でも、社会でも、数学でもいいから教科の教員免許状を取得するのです。そして盲学校にもどって保健理療科の教員になるのです。だから韓国の理療科教員は、私は英語の教員です。私は社会科の教員ですと言って(笑い)、理療に関する専門性なんてあまり持っていない人が多いのです。
 石渡:韓国でさえそういう状態なんですね。それで藤井先生はこの3月に、元留学生で台北市立啓明学校で保健理療科の教師をされている謝瑛昌<シェ・インチャン>先生の強い要請で、一枝のゆめ財団の仕事でIAVIの新井愛一郎理事と共に台湾に行きマッサージセミナーを開催されます。
 司会:それは素晴らしいですね。ところで従来の盲学校での教育の道を閉ざす必要はないと思いますが、毎年少なくとも一人は必ずという考えは捨てた方がいいように思いますね。シリンさんのように優秀な人材がいた場合だけでいいのではないですか?
 石渡:来日時にある程度の日本語能力がなければ授業についていけません。また、国名はあげませんが、日本語がしゃべれるようになると基礎学力が不十分であることが露見した留学生がいて、いろんなところにその後遺症があります。したがって、留学生の選考は今後はさらに慎重にしなければなりません。
 藤井:大きい大学には留学生センターがあり、来日してからもしっかりした日本語教育をやるわけです。筑波技大にも留学生の受け入れを加速するためのセンターが作られましたが、そこが機能するようになれば、日本語教育を肩代わりすることも可能かも知れませんね。
 司会:藤井先生が言われたブラッシュアップ研修の道を模索するべきでしょうね。韓国や台湾でも指導者不足というのは由々しき大問題ですよ。
 藤井:これまでIAVIが息の長い支援をやってきたが曲がり角にきた、そこでこの問題を今後どうしたらいいのか日盲委、日盲連を含めて視覚障害者関係団体に、本来は日本の総体としてやる事業なのではないか?と投げかけてみる必要があるかもしれませんね。
 石渡:ODAの対象国が変遷したように、この半世紀の経緯の中で、点字ブロックが認知され、視覚障害者が認知されるというような進展した側面もあります。しかし国によって発展の度合いが違い国力が違う、社会の成熟度も違い教育システムも違います。また、同じ国であっても都市と地方ではまったく違うし、もの凄い格差があります。国と国の格差と同じで、国の中での格差はその国の盲人協会等の自助努力だけではどうにもなりません。そこにODAの存在意義があり、そういう意味でIAVIへの補助金廃止は時代に逆行しているように思いますね。きちんとした青写真ができた段階で、この問題は改めて訴えようと思っています。
 司会:オックスフォード大学で博士号(経済学)を取得。世界銀行や米ゴールドマン・サックスで勤務したザンビア出身のエコノミスト・ダンビサ・モヨ博士は、半世紀で1兆ドル以上というODAの巨額援助があったから、アフリカは発展しなかったと述べています。彼女は国際協力自体を否定しているわけではなくて、先ほど藤井先生が「支援に依存するばかりだと続かない」とおっしゃったような、自助努力しない事業にジャブジャブODAで巨額支援を行うと、そのODAを受け取ることが目的化するので発展しないと言っているのです。逆に教育や医療、貧困削減への国際協力には彼女も理解し積極的です。
 アフリカにたびたび足を運んで国際協力活動をしてきた作家の曾野綾子さんは、その著書で、「ザルに水注ぐ覚悟せよ ―― アフリカへの巨額投資」などと、繰り返しODAの愚かさを指摘しています。
 IAVIやAMINやWBUAPの事業は、日点や当協会の事業ともども地に足がついた自助努力を前提にしたささやかなものですが、世界中に日本の友人を作っています。ODA予算は半減したとはいえ、5千億円以上あるわけです。デンマークのように、1〜2億円ほど、日盲委を通じて視覚障害者の国際協力に支援するなら、血の通った生きた支援になると思います。その際、人件費を含む運営費にも総事業費の5%程度でも、使えるような道を残してほしいですね。
 田畑:その人件費の問題は国際NGOすべての深刻な課題ですね。
 司会:最後は取らぬ狸の皮算用になってしまいましたが(笑い)、深い霧の中から問題の本質がぼんやり姿を現したようにも思います。
 本日は長時間、まことにありがとうございました。


在ネパール日本国大使館での署名式と大使の報告

署名式

 ネパール盲人福祉協会(NAWB)が、日本政府の2017年度「草の根・人間の安全保障無償資金協力」に申請していた総額8万2,257米ドル(約946万円)にのぼる「点字教科書発行用点字プリンタおよび付属装置」の供与が認められ、その署名式が12月18日カトマンズの在ネパール日本国大使館において、小川正史駐ネパール大使とクマール・タパNAWB会長によって行われた。
 同署名式には、両者の橋渡しをした筑波大カマル・ラミチャネ准教授も招かれ、日本の識字率は200年前から世界最高水準であった。国の発展には教育が不可欠で、今度の供与は視覚障害者教育の核となる点字教科書発行に極めて有益である旨のスピーチを行った。
 NAWBは2001年度にJICAから高速点字プリンタの供与を受けたが、16年も経っているため故障しているので、その修理も今回可能だという。
 同署名式には別途NAWBの役職員と、同申請のために推薦状を出した東京ヘレン・ケラー協会を代表して、ネパール出張中であった福山博海外盲人交流事業事務局長も参列した。
 本署名式はネパール国内での関心が強く、ネパールテレビをはじめとしたマスコミが多数取材に来ており、同日から翌日にかけてネパール国内で大きく報じられた。


報告

 1月29日から2月1日まで外務省において、平成29年度アジア大洋州・国際機関大使会議が開催されたので、小川正史駐ネパール大使も一時帰国された。これを機に日本ネパール協会は1月29日正午から2時間、東京駅丸の内口の中華料理・煌蘭において、「小川大使との昼食報告会」を関係者20人の参加で開催した。
 約1時間行われた報告会のテーマは、「大地震後の復興状況と連邦議会選挙を中心とする政治社会情勢」であったが、ここでは地震関連に限って紹介する。
 2015年4月25日正午直前に「ネパール地震2015」があったとき、大使は公用でネパール最東部インド国境に接する紅茶栽培地のイラム滞在中であった。
 カトマンズの大使館からの第一報は、ちょっと強い地震がありましたが、異常はありませんというものであった。その後の調査で震度は5弱であり、日本人の感覚では未曾有の大震災になるとは思いもよらなかったのである。
 その後、被害の実態がわかるとすぐに大使館内に緊急対策本部が設置され、邦人保護と緊急支援が行われた。
 復興にあたっては、単に震災前の状態に戻すのではなく、震災前に比してより強靱な地域社会を実現するための支援を行っていく方針のもと、学校再建、公共インフラ整備、住宅再建補助、文化財の復興、技術協力などに対して約320億円の支援が行われている。
 しかし、復興庁設立の遅れや、インドによる輸出制限もあり復興は非常に遅れているということであった。   

リレーエッセイ
理教連は反対する ― 機能訓練指導員へのはり師・きゅう師参入

理教連会長/栗原勝美

 厚労省は、昨年12月18日に公表した「平成30年度介護報酬改定に関する審議報告」において、「通所介護等における機能訓練指導員の確保を促進し、利用者の心身の機能の維持を促進する観点から、機能訓練指導員の対象資格に一定の実務要件を有するはり師・きゅう師(以下、はき師)を追加する。個別機能訓練加算、機能訓練体制加算における機能訓練指導員の要件についても、同様の対応を行う」との方針を示した。このまま実施されれば、本年10月頃には6カ月の実務経験をへたはき師が機能訓練指導員として正式に働けるようになる。
 日本理療科教員連盟(理教連)、全日本視覚障害者協議会、全国視覚障害者雇用促進連絡会等はこの方針に強く反対している。理由は以下の通りである。
 1.需給バランスの観点から機能訓練指導員の資格要件を緩和する状況にはない:現在、機能訓練指導員の資格要件は事務次官通達により「理学療法士(PT)、作業療法士、言語聴覚士、看護職員(看護師・准看護師)、柔道整復師(柔整師)、あん摩マッサージ指圧師(マッサージ師)」の6職種となっている。PTの養成校数(2017年)は262校(うち、募集校は257校)、定員は1万4,006人。同様に、柔整師(2016年)は109校・定員8,797人である。PTも柔整師も明らかに過剰養成であり、機能訓練指導員のなり手が足りていないわけではない。
 2.機能訓練指導員へのはき師の参入は介護の質を低下させるおそれが強い:現在認められている機能訓練指導員6職種の人たちは、それぞれの業務を活かして機能訓練指導を行っている。看護職員はバイタルサインをチェックし、PTは運動療法を主体に利用者に関わっている。マッサージ師は、機能訓練の妨げとなる痛みや疲労に対してマッサージを行い、関節可動域訓練等の運動療法を行っている。しかし、厚労省は機能訓練の現場ではり・きゅうを行わないことを前提としてはき師の参入を決めている。免許で許された業務であるはり・きゅうを行わずに、はき師は機能訓練の現場で何を行うのであろうか。私たちは、介護現場ではき師が無資格マッサージを行うのではないかと危惧している。針灸業団体の幹部は、はき師はマッサージ師と同様のカリキュラムで教育されているのでリハビリテーションの知識があり、機能訓練指導員としてふさわしいと主張している。確かにリハビリテーション医学は学習しているが、マッサージ実技は行っていない。にもかかわらず、針灸接骨院や医療現場で針灸師が無資格マッサージを行っている実態がある。はき師が介護現場で無資格マッサージを行わないと、誰が保証できるのだろうか。無資格マッサージを利用者に行うことはリスクが高く介護の質の低下に繋がる。国は、明かなあはき法違反であるはき師による無資格マッサージを取り締まり、介護の質を向上させる責務がある。
 3.視覚障害があるマッサージ師の職域が侵害される:国は、「障害者雇用対策基本方針」において、視覚障害者は「実態として、あん摩・はり・きゅうといったいわゆるあはき業における就労に大きく依存せざるを得ない状況にあることから、ヘルスキーパー(企業内理療師)や特別養護老人ホームにおける機能訓練指導員としての雇用等、職場の拡大に努める」としている。「視覚障害者の職業紹介状況(厚労省調べ)」を見ても、毎年、重度視覚障害者の7割があはき業に就労している。毎年、理教連が行っている「盲学校卒業生実態調査」について平成24年から28年の5年間を平均してみると、老人施設19%、訪問マッサージ23%となっており、あはき業の中でも介護現場に依存している就労実態がわかる。健常のはき師が大量に介護の現場に参入してくれば、視覚障害があるマッサージ師の職域は消滅してしまうおそれが強い。国は、「障害者の雇用対策雇用方針」を守り、視覚障害者の就労の場を拡大させる施策を実行すべきである。
 4.厚労省の不誠実な対応に抗議:厚労省の担当者は、昨年11月29日の第153回介護給付費分科会で上記の方針案を提示するまで、私たちの質問に対して一貫して「機能訓練指導員の資格要件にはき師を加える話は聞いていない」と回答してきた。それが、反対当事者に説明もなく、唐突に上記方針を示したのである。これは、針灸団体が「鍼灸推進議員連盟」等の国会議員に働きかけ、政治的な決着が図られたと言われている。私たちは、担当部署への要請、厚労大臣宛の取り下げを求める要望書の提出、介護給付費分科会委員・厚労委員への働きかけ、抗議集会、記者会見を行い、抗議の意志を示しているが、現在まで当局は誠実な対応をしていない。導入後の視覚障害マッサージ師の処遇も含めて、誠実な説明を求めている。
 卒業生の就労の場がなくなれば理療教育も消滅の危機を迎える。伝統ある理療教育を守り、卒業生の就労の場を確保するために私たちは粘り強く反対していく。

編集ログ

訂正します

 本誌前号(通巻573号)に、私は「『今が旬』盲目のピアニスト辻井伸行氏のコンサート」を投稿し、掲載されました。本文中「日盲連盲人音楽家協議会富田清州氏」とあるのは、正しくは「富田清邦氏」でした。ここに訂正いたします。私の不注意による転写ミスにより富田先生をはじめとして、不愉快な思いをされた方々、ご迷惑をおかけした方々に深くお詫び申し上げます。東京都/関由紀夫

編集長より

 藤原さんは「毎日みたいな左巻きの連中」と罵倒されたようだが、私がよく読む『朝鮮日報』は、「中道傾向の毎日新聞」と姉妹紙を大胆に紹介します。社論はリベラルだが、それに楯突く記事が許されているからかな?
 「95%にもチャンスを」と「近代盲人福祉史」は、今号で最終回となりました。
 石田由香理さんには2012年8月号〜2014年11月号で「フィリピン留学記」を、2015年1月号〜2016年3月号で「国境を越えて学ぶ」を、そして2016年4月号〜2018年3月号で「95%にもチャンスを」を連載していただきました。
 ICUの学生時代からエネルギッシュに強い意志で、数々の苦難を乗り越え、様々な経験を通して彼女は自らの可能性を広げてこられました。連載中は悲哀や憤怒が多かったような気もしますが、最後は感動でまとめてくださいました。ありがとうございました。人生はこれから長いので、体調に気を付けて世界を舞台にご活躍ください。
 久松寅幸先生には2014年11月号〜2016年12月号で「近代盲人業権史」、2017年2月号〜2018年3月号で「近代盲人福祉史」を連載していただきました。そして来月からは「盲教育140年」(仮題)のタイトルで、また、改めて連載をお願いすることになっております。ご期待ください。(福山)

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