THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2017年1月号

第48巻1号(通巻第560号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:石原尚樹
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:「シンクホール」を知らない日本 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
「アイシー!運動」スタート 視覚障害者、特にロービジョンに新たな希望 ・・・・・・
5
盲人用具誕生50周年記念講演会及び祝賀会に参加して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12
パラリンピックの客席を満員に! 毎日新聞 障害者スポーツフォーラム2016 ・・
16
伝わる触地図 広がる世界 ― 教点連セミナー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
21
「盲大学生奨学金事業」が社会貢献者表彰を受彰 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
25
らくらくホンF-02J好評発売中! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
28
(投稿)「文月会」有志が同窓会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
29
(新連載)ジャガイモ日記 (1)すべては思いつきから始まった ・・・・・・・・・・・・・・
32
続・ニカラグアにおける東洋医学教育 (12)安全の心がけ ・・・・・・・・・・・・・・・・・
36
自分が変わること (91)ボブ・ディランにはまった理由 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
40
リレーエッセイ:塙保己一の息吹きにふれる旅 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
アフターセブン(22)「お年玉」で「生きる力」を磨こう ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
  (173)“無冠の大関”が新たな武器を携え、悲願へ再チャレンジ ・・・・・・・・・
54
95%にもチャンスを (10)突然の方向転換と説明責任 その1 ・・・・・・・・・・・・・・・
58
時代の風:点字ブロックから音声案内、天気予報「177」利用減でも継続へ、
  暖房機事故5年間で95人死亡、身体機能低下で死亡リスク2倍、
  心筋梗塞の回復を促すたんぱく質発見 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
62
伝言板:劇団ふぁんハウス公演、かがり火2017、パイプオルガンコンサート ・・・
67
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
「シンクホール」を知らない日本

 英語で「沈む穴」という意味のシンクホール(sinkhole)は、本来は石灰岩地帯等の地下に空洞が発達して地面に生じる陥没孔のことである。日本の報道機関は今でもこの意味でしか使っていない。だが、世界ではそれが転じて「道路に埋設した上下水道管が壊れて漏水し地盤が崩れて道路が陥没した場合」等もこう呼ぶ。このため、11月8日に博多駅前の道路が30m四方にわたって陥没した大穴を、英字紙はもちろん韓国の新聞も「シンクホール」発生と報じた。
 ところで博多のこの陥没事故、さぞかし世界の物笑いの種になっているだろうと思ったらそうではなかった。シンクホールは日本ではあまりなじみがないが、米国や中国をはじめ世界中で頻発し、社会問題化していたのだ。
 それよりも縦横約30m、深さ約15mの巨大な穴ができ、道路5車線が全面通行止めになったにもかかわらず、水が漏れているのを見たらすぐに工事を中断・退避して、けが人が一人も出なかったこと。そして、上下水道やガスなどライフラインの復旧に向け、すぐに管やケーブルの埋設工事を行い、事故から一週間で完全復旧し、通行が再開されたことに対してドイツ、アメリカ、英国などをはじめとしたテレビや新聞が驚きとともに賞賛した。
 ところで博多の巨大なシンクホールを見た世界の人々のなかでもっとも興味深い反応を示したのは中国の人々で、「穴はあるけど道はきれい」、「航空写真なのにスモッグがないのではっきり写っている」、「下水管が大きい」、「ケーブルが切れていない」、「日本は地下もきれいだ」というものだった。
 最後のコメントには少し解説が必要かも知れない。中国ではシンクホールによる死亡事故も頻発しているので大問題になっており、シンクホールにすっぽり逆さに転落した車の有名な写真があるが、その穴の中はゴミだらけだったのである。
 いずれにしてもこのような事故はこりごり、「シンクホール」が、わが国で日常語にならないことを祈るばかりである。(福山)

「アイシー!運動」スタート
視覚障害者、特にロービジョンに新たな希望

 兵庫県神戸市の公益社団法人ネクストビジョン(三宅養三代表理事=愛知医科大学理事長・名古屋大学名誉教授)と日本財団(笹川洋平会長)は、12月1日(木)13〜16時、東京都港区の日本財団ビルにおいて、シンポジウム「アイシー(isee)!視覚障害者のホントを見よう」を開き、シンポジウムの様子を神戸市中央区の臨床研究情報センター内の会場にも同時中継した。
 冒頭で、網膜研究の世界的権威である三宅理事長が、「これからの眼科医療は、iPS細胞を用いた再生医療が難治疾患の治療法になっていくのはもちろんだが、それに加えてロービジョンケアとリハビリテーションを通じて視覚障害者の能力を引き出し、社会で活動できる場を広げる戦略を立てることがネクストビジョンで、アイシー!運動は、その戦略を実行するものだ」と同運動の趣旨を説明した。
 第一部の基調講演では、ネクストビジョン理事で、理化学研究所網膜再生医療研究開発プロジェクトのプロジェクトリーダーである高橋政代医師が「iPS細胞とロービジョンケアについて」、同理事の中邑賢龍東京大学先端科学技術研究センター教授が「人工知能AI時代の能力と学び方働き方について」と題してレクチャーした。
 高橋医師は、患者の皮膚組織から作ったiPS細胞を網膜色素上皮細胞に培養、シート化し、滲出型加齢黄斑変性の患者に移植して、世界初の臨床治療に成功した眼科医である。
 来秋、神戸市のポートアイランドに完成する予定の「神戸アイセンター」(仮称)は、iPS細胞を用いた再生医療研究、眼科治療、ロービジョンケア、視覚障害当事者による相談・福祉などの情報を結びつける拠点となる日本初の眼科に特化した施設で、同医師はここで研究、治療の中心を担う。
 高橋医師の夢は、苦い実体験から目の見えない人や見えにくい人を支援し、社会復帰に導くことである。いくら医師が外来で来た患者に福祉施設を勧めても行こうとしない現状がある。そこで、アイセンターでは、病院の受付前にネクストビジョンの相談コーナーをつくり、そこで患者をキャッチし、必要な情報を提供して、医療と福祉をワンストップで結びつけ、社会復帰へと導くことを目的にしたのである。
 また、高橋医師は患者自身と企業の視覚障害者への意識の方向転換を呼びかけた。視力は相対的なものであり、同じ0.3でも、生まれつき0.3の人は普通に生活しており、0から0.3に回復した人は良く見えるようになったと感じる。だが、1.0から0.3に視力が落ちた人は将来を悲観して家に引きこもってしまう。心の持ちようでこれほど変わるものはない。未来をポジティブに考えて、いまなにをしたらいいのか、ロービジョンケアを受け、残存視力を活用したり、補助機器を用いて仕事や生活を続けたりすることができる時代である。そのために高橋医師は患者に訴え、社会の視覚障害者への古い考えを改めるように情報を発信していきたいが、1人だけで走っても変わらないので、皆で一緒に走れば、視覚障害者へのマイナスのイメージがプラスに変わる。それがアイシー!運動なのだと力説した。
 講演の最後に、彼女は決意表明を述べた。疾患で0.7以下に視力が低下し、運転免許証を更新できず、仕事につけない人がいる。交通量の少ない地方で自宅と職場を自動運転車で通勤できるようになれば、仕事を続けることができる。ハードルは高いが、軽度の視覚障害の人に限定した自動運転車専用の運転免許証を国が与えるよう努力すると力強く述べ、講演を締めくくった。
 続いて、中邑教授は様々な技術を使えば障害者も同じラインに立つことができると語りかけ、眼科医師の間では、裸眼視力ではなく、矯正視力を実視力とみなしている例を挙げた。それならば、知的障害者が人工知能を使って大学受験をしてもいいのではないか?と問題を参加者に投げかけた。
 この秋、同教授は不登校や引きこもりの生徒を6人選抜し、スイスで開かれた、ロボット工学技術を補そう具や車いすに応用し、「パイロット」と呼ばれる障害者が速さや強さを競い合う「サイバスロン」を見学した。また、ナチスのユダヤ人絶滅収容所のアウシュビッツを見学。皆よりも早く走りたい、遠くまで見えるようになりたいというサイバスロンの思想とアウシュビッツの思想は優生思想という点で同じ発想だと中邑氏は述べた。そこで、いまの学校では科学技術を表面的にしか学んでいないが、科学技術の背景に潜む危険な思想にも考えをめぐらす教育の大切さを説いた。
 第2部では、視覚障害者の就労で顕著な努力や工夫をしている視覚障害者個人20人、8団体に「アイシー!ワーキングアワード」が授与され、三宅代表理事から表彰状が送られた。
 受賞者には、金融機関でコンピュータを使いこなし、報告書の作成等の業務に当たるとともに、WBUAP(世界盲人連合アジア太平洋地域協議会)会長の田畑美智子さん。団体では、中途失明のなかでも多い疾患である網膜色素変性と類似疾患の研究助成と啓発活動を行い、それらの活動を通じて患者の自立生活を支援していることが評価されたJRPS(公益社団法人日本網膜色素変性症協会)がその栄に輝いた。
 第3部では、「多様性を認めるインクルーシブな社会の実現に向けて」と題して、近藤武夫東京大学先端科学技術研究センター准教授、ネクストビジョン理事で、(株)ユニバーサルスタイル代表取締役の初瀬勇輔氏、ネクストビジョンCOOで眼科・産業医の三宅琢医師が進行役として登壇。
 近藤准教授は、働く定義を週40時間常用雇用としたら働くことが出来ない障害者もいる。企業側に、「30時間障害者を働かせて欲しい」と言うと、「そういった仕事は無い」と断られる。そこで、企業あるいは自治体で何人もの障害者が職種を定めて短時間労働を幾つもの企業や自治体と契約している事例を発表し、多様な働き方があると述べた。
 初瀬理事は、中央大学法学部2年時に緑内障で低視力になり、弁護士になる夢をあきらめた。視覚障害者柔道大会で優勝し、北京パラリンピック代表となったが、同級生が次々と就職先を決めて行く中、彼は視覚障害を理由に120社から書類選考で落とされた。面接に応じた2社のうち、障害者の人材派遣を手掛ける特例子会社に就職。そこで様々な障害者が働いていることを知り、いろいろ工夫すれば働くことが出来ると感じた。そこで一念発起し、職場での経験を基に障害者のために職業を紹介する会社を起業。一人で営業に行くと道順に困ったが、今は情報端末の発達により、人に尋ねなくても取引先へ行けるようになった。さらに、パラリンピアンの彼は、障害者スポーツを通じて、障害者へのイメージがかわいそうからかっこいいに変わりつつあるという。また、今はスポーツを通じて会社に雇用されるようになっているが、これは、パラリンピックが日本に決まったからだ。2020年オリンピック・パラリンピックを好機に、多様性を認め合う社会を目指そうと呼びかけて、講演をまとめた。(戸塚辰永)

編集ログ

 石田由香理さんの「95%にもチャンスを」の今回の記事「突然の方向転換と説明責任」には、途上国支援関係者として身につまされました。
 フィリピンに限らず開発途上国は、おおむねいずこも強力なトップダウンにより施設・団体は運営されます。私はネパールで、校長が替わることによって模範的な学校が怠惰な学校に、どうしようもないとサジを投げていた学校が、素晴らしい学校に劇的に変身したことを目撃しました。
 東京ヘレン・ケラー協会は、ネパールで視覚障害児用寄宿舎3カ所、点字出版所、リハビリテーションセンターをそれぞれ1カ所建設しました。この中で、設計図どおりに完成したのはカトマンズの点字出版所だけでした。ただし、それがために平米あたりの単価はそれ以外の施設の倍以上もしました。ただし、倍以上の費用をかけた点字出版所でさえ、建設途上のその鉄筋の数の少なさに私たちは青ざめて天を仰いだものでした。つまり、日本の建築基準にしたがって設計するなら、従来の現地施工と比べると数十倍から百倍に跳ね上がること請け合いなのです。
 その物の値段が安いか、高いかは、同じ品質であることを前提に比べないと意味をなしません。たしかに人件費が割安なのはたしかです。しかし、鉄筋、セメント、工作機械・重機はそうとも限らないので、同一品質なら桁違いに安くなるはずがないのです。
 同じ開発途上国といっても、世界最貧国レベル「後発開発途上国」のネパールと比べれば、フィリピンははるかに開発が進んでいる国です。とはいえというべきか、だからこそというべきか、極端な貧富の差のしわ寄せが、弱い立場の人々に重く覆い被さってくるのでしょう。
 資金集めに苦労されているようですが、石田さんたちの活動が、今後ますますエネルギッシュに前進することを願います。
 2017年が皆様にとって明るく平安でありますようお祈りいたします。(福山)

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