THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2016年2月号

第47巻2号(通巻第549号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:三浦拓也
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:竹下会長の反論を期待して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
(インタビュー)笹田三郎的「トーキング・ハンズ」
  ―― インドでも、手は口ほどに物を言う ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
(特別寄稿)柔整師による療養費詐欺事件報道をあはき活性化のテコに ・・・・
21
近代盲人業権史 (16)あの最高裁判決その1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
32
(新連載)続・ニカラグアにおける東洋医学教育 (1)住まいを探す ・・・・・・・・・
37
自分が変わること (80)利き腕で書かない作家 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
41
リレーエッセイ:そして、ペルーに恋をした ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
46
アフターセブン(11)旬の味 しもつかれ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
51
大相撲、記録の裏側・ホントはどうなの!?
  (162)気持ち一つで見事、復活 ―― 松鳳山 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
国境を越えて学ぶ Mイギリスでも絶好調になった魔力 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
時代の風:視覚障害者向けボードゲーム、特別支援学校の施設開放、
  薬の誤飲防ぐ包装を ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
63
伝言板:点字の普及啓発と資質向上のための講演会、神戸ライトサロン、
  チャリティ映画会、劇団民藝公演 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
67
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
竹下会長の反論を期待して

 一般に日本人は議論下手と言われている。本誌での問題提起に対しても、「あいつになぜ書かせたのだ!」という見当違いの人格批判ばかりが目立ち、「あの主張には反対なので、俺にも書かせろ」という、前向きな意見の開陳は、小欄の知る限り数えるばかりだ。もっとも人格とロジックを分離できない者に、まともな議論ができるはずはないが。これから述べる事例が、その少数派に昇華することを期待しながらしたためたい。
 小誌2015年11月号の「リレーエッセイ」に掲載された横浜市/大橋由昌氏の「ご隠居の繰り言」に対して、12月16日付で、日本盲人会連合(日盲連)会長竹下義樹氏の名で、当方宛に抗議文が送られてきた。
 それに対して小誌は、
 「『リレーエッセイ』は、視覚障害者が実名で登場し、それぞれ趣味の話、紀行文、個人的主張、身辺雑記等を自由に寄稿するコーナーでございます。
 したがいまして記載内容につきましては、第一義的に執筆者にその責任があると考えており、掲載内容のチェックは、誤字脱字や明確な事実誤認に限っています。それは『私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る』というヴォルテールの言葉に端的に示される言論の自由を守る観点からとても重要なことだと考えるからです。
 掲載した内容について疑義があるようでしたら、小誌『リレーエッセイ』と同ページ数の誌面を提供致しますので、下記の要項により反論なり、批判なりをご寄稿いただきたくここにお願い致します」。
 と記し、具体的な執筆要項を記載して、1月7日付で日盲連竹下義樹会長宛送付した。
 竹下会長が日本の盲界を代表する論客であり、その弁護士という職業柄、見事なロジックを構築する知性の持ち主であることに異論のある向きはないだろう。
 大橋氏の一文に、どのような事実関係の誤りがあるのか、舌鋒鋭い批判を含んだ玉稿を、小欄も首を長くしてお待ち申し上げたい。(福山)

(特別寄稿)
柔整師による療養費詐欺事件報道をあはき活性化のテコに

国リハあはきの会事務局長/与那嶺岩夫

はじめに

 昨年11月上旬に柔道整復師(柔整師)の療養費詐欺事件をNHKはじめ、多くのマスコミが大々的に報じた。事件が暴力団絡みであったためだが、柔整師による療養費の不正請求について、このような報道はまさに画期的なことである。
 例えば、11月7日付『朝日新聞』朝刊では、「療養費詐取容疑で逮捕 組長ら14人、総額1億円超か」などと大見出しを付け、事件の内容を詳しく解説していた。
 特に接骨院がやり玉にあがっていることから、今後違法な慢性症施術の減少に拍車がかかることが期待される。これまで柔整師は肩こり腰痛などの慢性症施術を大々的に展開し、いわゆる「振替請求」と呼ばれる手口で、あはき師の業権を侵害し続けてきた。侵害の詳細は後述するが、その手口は「振替請求」というのどかな表現には到底あたらない。実際は文書偽造による経済詐欺というべきものである。マスコミも指摘するように、背景に「審査の甘さ」が存在するが、まず、そこから解説してみよう。

不正請求の背景

 日本の医療保険給付は、健康保険法を軸にして医療機関でなされることを原則としている。これを「現物給付」という。その算定は、すべて診療報酬点数表で行われる。しかしこの現物給付には例外がある。
 たとえば、医療機関に健康保険証を提示せずに治療を受けたり、外国で治療を受けたりする場合である。この際には医療費の全額を医療機関に保険者自身が支払い、その領収書を所属する健康保険組合に提出して、支払った額の還付を受けることができる。これを現物給付に対して、「現金給付」あるいは「償還払い」といい、健康保険法上では「療養費の支給」となっている。この算定は、社会保険庁発行の「療養費の支給基準」によってなされ、あはき施術や柔整施術も基本的にはこれに含まれる。
 ところであはき師と柔道整復師では、極めて大きな保険取り扱い上の制度的格差がある。あはき師の場合は、周知のとおり疾患が限定され、医師の同意書添付が義務付けられている。これは対象疾患が、発症原因不明の慢性症を施術対象としているためである。あはき師の健保取り扱いが伸び悩んでいる理由がここにある。
 他方、柔整師には「受領委任払い」という、あたかも医療機関と同様の制度が設けられている。柔道整復師法では、骨折と脱臼の保険施術をするには医師の同意が必要となっている。しかし、捻挫と打撲にはこうした規定がない。これを根拠にして、柔整師の捻挫や打撲施術には医師の同意書が不要として、受領委任払いが認められているのである。柔整師は、これを既得権として保険施術をしているのである。
 しかし、厚生労働省の統計によると、医師の同意が必要な骨折・脱臼の施術は、最近ではわずかに0.5%の構成比率にすぎない。
 だが、柔整師の保険取扱高は約4,000億円にもなっている。今や鍼灸接骨院では、慢性症のあはき施術が保険で受けられるという認識が国民に広がり常識とさえなっている。その根幹をなすのは、先にも触れた振替請求である。患者は、医師の同意書が無くても接骨院では保険施術ができると思わされているのである。
 なぜそんなことになっているのか。たとえば、肩こりで来院した患者に鍼施術を行い、柔整師は安い費用を請求するに留まる。実は保険請求の際には、鍼施術ではなく捻挫の柔整施術をしたことにするのである。一連の事件報道の中で、こうした振替請求を摘発するのは困難であるとする記事もあった。その際に審査の甘さも指摘しているが、実際問題として、診療報酬点数表に基づく審査がおおむね厳正に行われているのに対し、「療養費の支給基準」は、必ずしも厳正では無いことがあるため、事態は悪化の一途をたどってきたのである。
 マスコミが指摘したような架空請求では、発生していない負傷をでっち上げて施術したとして請求する事例が多く見られたという。これまでささやかれていたように「簡単な作文をすればお金になる世界」が現実に存在しているのである。資金難にあえぐ闇社会からの手が伸びるのも時間の問題なのではないかと指摘する事情通もいたが、一連の報道はそれが現実となったことを示している。
 卑近な例を示そう。東京23区のある保険給付担当者が、柔整師による多額の療養費に疑問を持ち、患者宅に電話照会をした内容を会計検査院で説明したことがある。
 それによると、接骨院での施術後経過の確認をしようとしたところ、負傷場所とされているベランダがその家にはそもそもなかった。また、別件では、負傷原因とされている風呂掃除を祖母には絶対にやらせていないとの家族の証言を得たとの事である。
 つまり架空請求の実態が、まざまざと明らかになったのである。保険者がこうした詐欺的な保険請求を見破るのは容易ではないとマスコミも伝えているが、果たして方策はないのだろうか。

闇の紳士と政治家

 方策を考える前に、問題が社会的にも極めて由々しき事態になりかねない話題をここで取り上げたい。警視庁が摘発に動く数日前に、私は警視庁詰めの新聞記者の訪問を受け、私なりに問題の背景を解説したが、その際に記者から驚くべき事実を聞かされた。
 あるカタカナ名の組織を暴力団絡みの人たちが作り、免許を持つ柔整師に無償で開業資金を出資しているというのである。そして、開業後保険請求のやり方などを「経営コンサルタント」と称してアドバイスする。その際に「コンサルタント」が健康保険証の収集を行い、架空請求を柔整師にさせるのである。
 テレビ報道でもこれと似たようなことがあったことを記憶している人もいるだろう。記者が言うには、そうした無償融資する組織がいくつかあるのを警視庁も掌握しているとのことであった。おそらく闇社会の資金源として、接骨院が利用されたのであろう。こうした事態に至るまでの経過を理解するためには、会計検査院や厚生労働省の動向にも触れる必要がありそうだ。
 会計検査院は、1992年に大規模な柔整師による業務の実態調査を実施した。紙幅の都合でその詳細は省略するが、当時の主任調査官の報告が月刊誌『会計と監査』に記載されている。
 ずさんな柔整療養費の実態が是正されない背景には、療養費と受領委任払いについての複雑な仕組みがあることを指摘した上で、それでも保険者や関係者がきちんと仕組みを理解した上で今後の対処をしなければならないと強調していた。
 国保は国税が入っていることから今回の調査では柔整師に対し、約6,000万円の国税の返還を要求したが、この金額は氷山の一角かも知れないと感想をもらしている。そのうえで会計検査院は、厚生労働省に対し柔整療養費の適正給付策を求めた。その中には、全国的な給付審査体制を確立し、給付基準を明確にすることなどがあった。
 当時、柔整療養費審査委員会の構成が、柔整師を代表する者、保険者を代表する者及び学識経験者の三者構成であったことからもずさんな審査がなされていたであろうことは容易に想像できる。
 会計検査院はさらに2008年にも同じような実態調査を実施した。厚労省の事態改善策が柔整健保の取り扱い高にほとんど反映されず、国民医療費をはるかに上回る上昇率を続けていたからに他ならない。
 厚労省は会計検査院からの「事態改善勧告」を受けて、給付の適正化策を検討していたが、政治家の介入もあって、遅々として適正化策は進展しなかった。厚労副大臣であった木村義雄衆議院議員が厚労省の適正化策にストップをかけたのだ(2003年4月30日付『毎日新聞』朝刊)。その後、この問題で木村副大臣は激しく追求され、衆議院厚生労働委員会は紛糾した。
 柔整側は現行の既得権を死守するためその他の政治家にも働きかけていたが、これも毎日新聞社会部医療班が取り上げて報じた。
 2000年の福岡地裁判決によって柔整師の養成施設規制は不当とされ、その後柔整師は数倍の約5,000人が毎年国家試験に合格するようになった。
 療養費の不正が現状のまま継続すれば膨大な金額になる恐れがあり、ようやく厚労省は適正化策に本腰を入れ始めた。とはいうもののその適正化策は、小手先の改革に過ぎないと見る向きも少なくない。
 例えば「多部位逓減方式」がそれである。一度の負傷で5部位の施術をしても4部位目と5部位目の施術に対しては保険給付をしないというものだが、この方策が実際上給付削減につながったか否かには大いに疑問がある。
 ここで改めてあはき師側の対応すべき課題を取り上げてみる。会計検査院の調査に基づく厚労省への改善勧告はそれなりに重要な意味を持つ。日盲連はこの数年の間に会計検査院に陳情し、柔道整復師によるあはき師の業権侵害防止策に関する要望を繰り返し提出した。その際には柔整師のあはきとの違法な振替請求の実態調査に主眼を置くように要請している。
 あはき業界では、柔整師による慢性症の施術が行われることにより甚大な被害をこうむっているという認識が、まだまだ不十分であると思われる。この数年厚労省の適正化策が功を奏しつつあることも見逃してはならない。例えば2010年度には柔整療養費の取り扱い高が4,023億円にも達したが、それをピークにして現在は減少傾向にある。
 さらに減少すれば、あはき師にとっても業権侵害の緩和になるだろう。換言すれば、開業しているあはき治療院に慢性症患者が戻ってくる可能性が広がるということである。

最後に

 「柔整療養費の適正化」は、単に健康保険の不正の問題があるというだけではなく、私達あはき師にとっても重大問題であるという認識が、あはき関係者にもっと広がらなければならない。
 一般国民は健康保険のいわゆる「療養費」という部分への認識が不足しているきらいがある。
 取材にきた新聞記者もこの複雑な仕組みがやっとわかってきたので記事が書けるともらしていた。実際問題として、数人のマスコミ関係者からこれまでも取材があったが、残念ながら報道は本質に迫ってはいなかった。「なにか おかしい」というコメントで終わった柔整問題を報道した番組を見たことのある人もいると思う。
 しかし、今回の一連の報道は、たとえば「受領委任払い」の仕組みを解説するなど、問題の本質をとらえたものが多かった。暴力団絡みの事件であったからこそマスコミ関係者も問題の周辺をきちんと認識するように努めたからであると思われる。
 また、健康保険の給付に携わる人からも柔整療養費への疑問が深まり、保険者として適正給付に努める傾向も最近目立ってきたが、この傾向にさらに拍車がかかれば、違法な柔整師による業務が抑制されることにもつながるだろう。
 国民のあらゆる階層の中であはき師は、問題の理解をし得る立場にある。単に業権擁護だけでなく、医療保険の適正な給付にもつながることでもあるとの認識をもって、あはき関係者が問題へのさらなる理解を深めるよう念願してやまない。

編集ログ

 「巻頭コラム」に書いた日盲連からの抗議文は、12月18日の早朝に当方の手元に届きました。同日の午後2時からは当協会の理事会で、その夜、当方はネパールに旅立つという間の悪さでした。そこで「12月末までに文書にて御回答ください」というところを日延べして欲しいとお願いしたのですが、なかなか要を得ず、12月24日の早朝、カトマンズから日盲連に電話してようやく快諾を得たのでした。そして改めて「巻頭コラム」にあるような内容で回答を致しました。
 こうして当方は、年末はネパールに滞在していたのですが、クリスマス休暇の欧米人も、年末年始休暇の日本人も少なく、カトマンズの観光街は閑散としていました。インド国境が3カ月以上にわたって閉鎖されており、輸入に頼る燃料やガスがネパールに入ってこないために、市民生活が大混乱に陥っていたのです。
 ガソリンや軽油は一時期、闇値で4倍もしたというのですが、正規価格の2.5倍程度に落ち着いていました。しかし深刻なのはガス不足で、ホテルやレストランはプロパンガスが使えず裏庭やベランダにカマドを手作りして調理していました。
 ネパールは毎日停電があるので、以前からホテルはどこも発電機を備えています。しかし、今年は燃料代が高いので、私が宿泊したホテルは半分しか動かしません。浴室に1灯、寝室に1灯、そしてテレビ用のコンセントのみなのですが、それはパソコン、スマートフォン、カメラの充電に使うしかありません。かくして読書灯も使えないので本も読めず、塙保己一先生が喝破したように「さてさて、目あきというものは不自由なものよなあ」という言葉を噛み締めて、湯たんぽを入れて寝たのでした。
 インド国境で一泊した商人宿では、お湯がまったく出ず困惑しましたが、カトマンズのホテルでは太陽熱を利用した熱いお湯がたっぷり出たことだけが唯一の救いでした。(福山)

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