小誌11月号「リレーエッセイ」に掲載した大橋由昌氏の「ご隠居の繰り言」が、盲界で物議を醸しており、色々な反応があった。
そのきわめつけは、文中「37年間も勤めてきた弱視の職員・・・結局彼は退職届を提出せざるを得なくなった」と、同情をもって大橋氏が記すその「弱視者当人」と覚しき人物から当編集部に電話がかかってきた。
「編集長はあの原稿を事前に読んでいて、その上で『点字ジャーナル』に掲載したのか?内容が真逆じゃないか」というのが用件である。言外に「編集長は事情を側聞しているはずなのに、なぜ掲載したのか?」と問われているようであった。
こう書くと、まるでクレームのようだが、いたって穏やかな口ぶりで、「ちょっと事情を知りたいだけ」という風であった。
もちろん、私はあの原稿ばかりか、『点字ジャーナル』に掲載されるすべての記事に目を通している。ただし、「リレーエッセイ」をはじめとする署名原稿については、その内容についての責任は、第一義的に執筆者にあると考え、原稿は公序良俗に反しない限り、原則として自由としている。したがって検閲のようなことは一切おこなっていない。そのような趣旨の話をして、一応のご理解を得た(と思う?)。
よく誤解されることだが、小誌に掲載された署名原稿は、すべて編集長の考えを反映したものではない。なかにはまったく逆の考えの寄稿さえあり、個人的には心中穏やかでない場合もある。しかし、そこは「言論の自由」を優先すべきだと考え、歯がみしながらも矜持を持って掲載しているのである。
「37年間も勤めてきた弱視の職員」と覚しき人には、「真逆とはどういうことか、反論なり批判なりがあるのなら、誌面を提供するのでぜひ書いて欲しい」とお願いしたのだが、面倒に巻き込まれるのはご免とばかり、「それには及ばない」といなされてしまった。文章を書くのが苦手なら、当方で書くのでインタビューに応じてもらえないかとも粘ったのだが、残念ながらそれに対しても応じてもらえなかった。(福山)
昨年(2014)の12月、クリスマスを前にカトマンズで湯たんぽを買った。というのは、ウェブサイトで予約したホテルの部屋にエアコンがついていなかったのだ。不満を鳴らすとポーターが電気ヒーターを持ってきたが、気休めほどにしかならないことは体験済みである。二昔ほど前に、安宿でセーターに革ジャンを着込んでも寒く、眠れなかった夜のことが思い出された。
そこでホテルのフロントに行き、「湯たんぽある?」と聞くと、きっぱり「ない」との返事。そこで、「湯たんぽを持ってきたら、お湯貰える?」と聞くと、「もちろん」とのこと。そこで、「いまからスーパーマーケットに買いに行く」というと、「すぐ近くのファーマシー(薬局)で売っているよ」とのことであった。
ネパールの「すぐ近く」には、散々振り回されてきたが、実際に10mちょっと歩いたところにあり、300ルピーで入手できた。そして、ホテルのキッチンでお湯をもらい、バスタオルでグルグル巻きにして使ったら、邦貨にして360円とは思えぬ快適さであった。
ところで、湯たんぽの「たんぽ」って変な日本語である。それもそのはずで、これは中国語なのだ。お「湯」という漢字に、老婆や産婆の「婆」と書いて唐音読みで「たんぽ」というのである。したがって「たんぽ」のみで「湯たんぽ」を表すが、由来が忘れられて日本ではさらに「湯」が追加されたのだという。
湯たんぽといえば、日本ではブリキ製のものが思い出されるが、ネパールで買ったのは一見すると「水まくら」と間違えそうなゴム製。ただ、口金がなく、ねじ込み式の栓がついているところが水まくらと違うが、ゴム製なので水まくらとしても使うこともできる優れものでドイツ製のコピー商品らしい。
ネパールから帰国後、数人の英語の手練れに「湯たんぽを英語でなんていうか? 知ってる」と聞くと、誰もが知らなかった。正解は「ホット・ウォーター・ボトル」というと、誰もがそのシンプルさを笑った。
今からちょうど20年前、帰国したらすぐに阪神・淡路大震災が起きたのだから、2014年の年末のこと、暖房用ボイラーが故障して、ホテルから湯たんぽが配給されたことがあった。そのとき覚えた英語である。
当時、私は朝起きると何気なく湯たんぽの水を捨てたのだが、それを知った北海道出身の同行者から小馬鹿にされた。「湯たんぽの水」は洗面器にとって、まだ少し温かいそれで顔を洗うのだというのだ。ただ、湯たんぽを使ったのは、その夜だけだったので、それ以後、貴重な教訓を実践する機会はなかなかなかった。
それから数年後、カトマンズのスーパーマーケットで待望のホット・ウォーター・ボトルを見つけた。パッケージには漢字が大書されており、一見して中国製とわかった。
さっそく使ってみて、翌朝、洗面台に栓をして貴重な湯たんぽの水を注ぐと、ゴムと薬品の混じった異様な臭いと共に、茶色い毒々しい水が出てきた。水ですすぐと、一見きれいになるのだが、熱湯を入れるとまた茶色い水の繰り返しで、結局、5、6回使って、やっと透明な水になった。
昨年の12月に買った湯たんぽは、パッケージにはブロンド美人が微笑んでおり、表示もすべて英語でスマートなデザイン。本体の色も青緑でしゃれていた。ドイツ製でないとしても、東欧で作られたものではないかとちょっと錯覚しそうだったが、価格の安さが中国製と信じさせた。
そこで、製造元の表記を捜すのだが、なかなか見つからない。そして、ついに見つけると「メイド・イン・PRC」と書いてあった。なんだPRCって? 調べてみると、「ピープルズ・リパブリック・オブ・チャイナ」の略である。「やっぱり!中国製」なのである。が、毒々しい茶色い湯たんぽのイメージを払拭するために製造国をできるだけ隠したかったのかも知れない。
ところで「メイド・イン・チャイナ」の茶色い湯たんぽと、「PRC」の青緑のそれには、パッケージのデザインだけではない明らかな品質の違いがあった。
青緑のそれは、買ったその夜に熱湯を入れて使った翌朝、洗面台に栓をして湯たんぽの水を注ぐと、無色透明・無臭のぬるま湯がほとばしり出たのだ。そこで、おそるおそるそれで手を洗い、顔を洗ったがなんら違和感はなかった。
毒々しい茶色い湯たんぽはその昔、スーパーマーケットで500円ほどで買った記憶があるので、高品質(?)になって価格はさらに安くなったのである。(福山)
綱川章先生、第11回JICA理事長表彰おめでとうございます。そして、来月号からの連載よろしくお願いいたします。
過去3年ほど、私は年末をインド国境沿いにあるネパールの田舎町を車で巡回しながら過ごしています。当地の新年は4月中旬なので、歳末大売り出しもなく、クリスマス商戦も関係ないので、おおむねのどかで平和な日々です。
今年も12月19日から元旦の旅程でネパールに行くことを8月に決め、安い航空券を手配しました。ところが今頃になって不穏な空気となり、果たしてインド国境沿いの町にたどりつけるかどうか、見当が付かなくなってきました。
ネパール制憲議会は、2008年から混乱を繰り返しながら7年間も憲法制定を協議してきました。そして、今年4月25日の「ネパール地震」が起きて、復興のためにはぜひとも憲法が必要だということで与野党が一致して、9月16日夜、同国を7州からなる連邦共和制国家とする新憲法案が承認され、ヤダブ大統領が同20日に憲法を公布しました。
ところがその直後から、これに不満を持つインド国境沿いに住むインド系住民「マデシ」が権利拡大を求めて抗議運動を起こし、治安部隊との衝突で約40人が死にました。
この混乱に乗じてインド政府は、「貨物業者が治安上の懸念に苦情を訴えている」として、実質的な国境封鎖を行いました。このため、ネパールでは輸入に頼る生活必需品の供給量が激減して、特にガソリンや灯油、医薬品の不足が深刻になってきているのです。
ネパールでは、心の平安や平和のことを「シャンティ」といいますが、彼の国にも永続的な「シャンティ」が訪れることを切に願わずにはおられません。
きたる2016年が皆様にとって明るく平安でありますようお祈り致します。(福山)
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