「読書人のおしゃべり」の「おまけ(2)」で、紹介したラミチャネ博士の専門書は実は二重価格である。
どういうことかというと、米国での価格は99ドル(1万1,355円)、英国では65ポンド(1万1,895円)、日本では12月31日発売予定で、1万2,010円である。最近はドル高なので邦貨に換算すると、ちょっとでこぼこはあるが、送料や消費税を考えるとほぼ同額といっていいだろう。
ところがインドでは、定価795ルピー(1,484円)なのである。さらに現在は1割引のセール中なので、716ルピー(1,337円)で購入することができる。つまり、日本で買う価格のなんと1割ちょっとなのである。
「いくら何でもこれは、ちょっとひどすぎるのではないか? ケンブリッジ大学ともあろうものが、むちゃくちゃだ!」と、つい私などは思う。
それでは、1万円相当でインドで販売したらどうなるであろうか? 極端なことをいうなら、たった1冊しか売れないだろう。その1冊の背表紙を裁断して、バラバラに分解して、自動給紙型スキャナーにかけると、5分程度でその本のPDFファイルができる。
それを元にして海賊版の本を作れば、1,000円以下で販売しても充分な利益を得ることができるだろう。
もちろん、これは著作権を侵害しているので犯罪である。しかし、インドの1人あたりのGDPは先進国の3〜4%なので、1,000円でも高すぎるし、1万円以上とは論外なので、ある意味仕方ないのだ。
その昔、日本国内で知り合いに呼びかけて、英語で書かれた本を集めて、ネパールの学校に寄贈したことがあった。
その時、あるネパール人が本物だと言って、英語の辞書をしげしげと嬉しそうに眺めていた。カトマンズの大学で「英語」を専攻した彼にとって、『オックスフォード英語辞典』はとてもなじみ深い辞書であり、カトマンズでも簡単に購入することができる。しかし、彼がオリジナルの『オックスフォード英語辞典』を見たのは、そのときが初めてだったのである。(福山)
11月3日13〜15時半、東京・錦糸町のすみだ産業会館にて、日本盲人福祉委員会(日盲委)主催のシンポジウム「アジア地域の視覚障害マッサージ師 その実情とわが国の役割」が開かれ、約50人が参加した。
シンポジウムに先立ち、障害者職業総合センター特別研究員で前WBUAP(世界盲人連合アジア太平洋地域協議会)会長の指田忠司氏が、「アジア太平洋地域における視覚障害者のマッサージ業就業の現状と課題」と題した基調講演を行った。アジア太平洋地域は、経済格差も激しく、福祉の整った先進国から内戦の痛手から立ち上がり障害者施策にようやく取り掛かった国まである。アジアでは、視覚障害者の職業で最も多いのがマッサージ業でWBUAPではマッサージ委員会を組織し、1991年からほぼ隔年マッサージセミナーを開催し、手技の交流とスキルアップを図っていると説明した。2008年から、同委員会会長が中国人となり、それまで互いの手技療法を尊重しあう委員会から中国中心の委員会になっていることを指田氏は懸念した。また、日本の役割について、JICA(国際協力機構)による沖縄プロジェクトや日本財団の支援による筑波技術大学を中心とした理療科教員によるアミンプロジェクト、そしてIAVI(国際視覚障害者援護協会)の長年にわたる取り組みを高く評価した。その上で、今後につなげるためにも、報告書を書くだけにとどまらず、活動の内容を精査し、何が課題なのか洗い出し、支援団体が問題を共有することが大切だと、日本の役割について指摘した。
続いて行われたシンポジウムでは、元筑波大学理療科教員養成施設長の吉川恵士氏を司会に、4人のシンポジストが登壇した。
始めに、筑波大学附属視覚特別支援学校鍼灸手技療法科3年、ミャンマー出身のカウンテット・サン氏がミャンマーの視覚障害者のマッサージ事情を紹介した。同国では、1970年代から視覚障害者によるマッサージが始まったが、当初他人の体に触れる職業であることから敬遠されたという。だが、2000年代には視覚障害者の中で、マッサージ師が一番の金持ちとなり、中には家を建てる人も現れ、評価は一変。マッサージ業は視覚障害者の憧れの職業になっている。近年、経済発展にともないマッサージ市場は成長しており、特に、日本按摩を看板に掲げる治療院は人気があり、視覚障害マッサージ師は腕も確かだと世間から認められていると話す。彼は日本で学んだ知識と技術をミャンマーで後身に指導していきたいと熱く語った。
次に、主にアジア諸国から日本の盲学校であはきを学びたいという視覚障害者を受け入れ、日本語、日本語点字、歩行・生活訓練を行うIAVIの理事長石渡博明氏は、IAVIの支援は、アジア各国の視覚障害者のデータベースを活用して、戦略的に取り組むよう方向転換中であると述べた。頼りとする、JICAの障害者に関するデータも国によっては公式なものもないと話す。そうした中、モンゴルから初めて受け入れたガンゾリク氏が指導者として、日本按摩を現地に根付かせ、盲人協会が政府と交渉し、マッサージの統一試験を導入させたと報告。また、IAVI元職員がJICAシニアボランティアとしてキルギス共和国で視覚障害者支援を行ったことから、同国からマッサージを習いたい視覚障害者を昨年、今年と受け入れ、盲学校で学んでいると述べた。IAVIでは、中央アジア諸国の盲人協会と協力し、マッサージの普及を図りたいと石渡氏は抱負を述べた。
続いて、1998年からベトナム・ホーチミン市を始め、アミンプロジェクトなどで医療マッサージを指導した茨城県立盲学校理療科教員の武藤実樹氏は、指導経験を話した。ベトナムを始め、東南アジア諸国ではマッサージは広まっており、手技も日本按摩と異なるため、按摩の特徴である拇指揉捏の指導に苦労したという。また短期間の指導だったので、受講生のその後の状況が気になると話し、長期的なフォローの必要性を訴えた。
最後に、アジアの途上国の障害者情報をウェブ上で公開すると共に、障害者支援コンサルタントを行うDナレッジ代表・元日本財団職員の千葉寿夫氏が、助成財団から見た視覚障害マッサージ支援について述べた。同財団在職中、千葉氏はアミンプロジェクト、その後タイでの視覚障害者のマッサージ師養成制度導入にたずさわった。医療マッサージといっても、各国で概念がかなり異なるため、説明するのに大変苦労した。支援する側の日本でも、医療マッサージの定義は専門家の間で微妙に異なる。千葉氏は、医療マッサージをゼロから導入するには、支援国のマッサージカリキュラムを踏まえすり合わせる作業と、大物政治家とのパイプ役が不可欠だと主張した。また、支援の方法も、施術所の経営全般のマネージメント、視覚障害者に対する基礎医学の教授法もあるのではと提案した。
竹下義樹日盲委理事長が「アジア地区の話でしたが、これはとりもなおさずわが国のマッサージ教育と制度のありようを問われていると、学ぶことがあると思います」と述べ、終了した。(戸塚辰永)
聖明福祉協会理事長の本間昭雄先生が、最近、『化石のたわごと ―― 未来につなぐ』という一風変わったタイトルの書を上梓された。聖明園後援会(電話0428-24-5700)発行、墨字版頒価税込み1,000円。
聖明福祉協会では全職員を前に毎週月曜日に朝礼を行い、本間先生がその時々に即した話をされており、それをまとめたものが本書で、先生はあえて「朝礼集」と呼んでおられるが、正確には「朝礼訓話集」とでも言うべきものだ。おそらく「訓話」という響きが嫌で、あえて「朝礼集」と呼んでおられるのだろう。先生の誠実・謙虚を旨とするお考えは徹底しており、これはタイトルについてもいえる。
「化石」とは、1929年2月18日生まれのご自分のことを「生きた化石」と諧謔の中に位置づけて、しかも「たわごと」とへりくだることで、聖明福祉協会の事業を未来につなげたいという強い意志がうかがえる。上から目線の説教集でないことを強調して、職員に意のあるところを伝えたいのだ。その意味において、本書はまず第一に聖明福祉協会の全職員に宛てたメッセージ集である。そしてそれはとりもなおさず、社会福祉に携わったり、関係する者への鋭いマネジメント・アフォリズムともなっている。
その物言いはジェントルで格調高いが、常識的な訓話の中に、どきっとするような鋭い一語が潜められており油断ならない。
「人間の心を打つ感動を与えるのは実践があるから」、「病院などで○○様という呼び方をする・・・言葉だけ丁寧になって、心がないんじゃないか」、「自分で体験し行動し、自腹を切っての奉仕は本物」。「高度な文化を築いたローマも崩壊したのは傲慢さ、敗者に対する寛容な気持ちが欠けていた・・・寛容な心は英米にはないような気がします」などは、具体的にどのようなシチュエーションを念頭に語られたのか想像が膨らんだ。
また、「石原(慎太郎)さんは福祉にとても冷たい人です・・・石原さんの発言には本当を言えば異議があります。しかし、そのおっしゃっている内容は本当に当を得たものだと思います」などは、当時の都知事を福祉に無理解な人と単純に断罪するのではなく、非常にフェアな態度で、含蓄ある言葉に置き換えられており、考えさせられた。
大施設の経営者であるから大勢の利用者や職員への気遣いと共に、社会福祉法人の経営にも一方ならぬご苦労があるのだろう。「税金を払わなくていい社会福祉法人」のあり方が、国会でも論議されている実情などへの危機感は、とても他人ごととは思えず、身につまされた。(福山)
おまけ(1) 石田由香理さんの本
『〈できること〉の見つけ方――全盲女子大生が手に入れた大切なもの』岩波ジュニア新書、石田由香理・西村幹子共著、税込み864円。
発売日が11月20日なので、この原稿作成段階ではまだ、同書を入手していないので、書評というわけにはいかない。そこで「おまけ」となった。
著者は、本誌先月号で完結した「フィリピン留学記」の石田由香理さんが、恩師である国際基督教大学西村幹子上級准教授と著した書である。岩波書店の宣伝文句は次のとおり、
「視覚障害を理由に将来の可能性を否定され、傷つき悩んだ10代の頃。果たして彼女はどのように壁を乗り越えたのでしょうか。盲学校での生活、受験勉強、キャンパスライフ、フィリピン留学…、様々な経験を通して自らの可能性を広げていく姿をたどりながら、誰もが生きやすい共生社会のありかたを考えます」。
おまけ(2) ラミチャネ博士の専門書
こちらは洋書だが、著者が本誌と縁があるので特別に紹介する。JICA研究所の研究員である全盲のネパール人カマル・ラミチャネ博士が、英国ケンブリッジ大学出版局から上梓した『Disability, Education and Employment in Developing Countries - From Charity to Investment』(『開発途上国における障害、教育および雇用― チャリティーから投資へ』は、ハードカバー286ページ、価格は99米ドル、ISBN: 9781107064065。通販サイトの「アマゾン」では、12月31日に発売予定で、価格は専門書であるため1万2,010円と高額である。
ラミチャネ博士は、教育を受けた障害者と、まったく教育を受けなかった障害者では、その生涯賃金に大きな差があることを示す。そしてその差は教育を受けた健常者と受けなかった健常者の差より格段に大きく、障害者に教育の機会を与えないことは、社会的損失でもあるという。しかし、それにもかかわらずなぜ開発途上国では、これまで障害者が教育を受ける機会が乏しいのかという問題を提起する。そしてネパール、インド、バングラデシュ、カンボジアおよびフィリピンの事例研究を元に、それがなぜか分析する。その上で、障害者が教育にアクセスできれば自身の生活を改善するだけでなく、貧しい家族や地域社会全体の見通しをも明るくすると述べ、障害者に対する開発途上国における従来の仮定に挑戦して、即時のパラダイム・シフトを訴える。詳しくは下記参照、
http://www.cambridgeindia.org/showbookdetails.asp?ISBN=9781107064065
岩井和彦さんの65歳という早すぎる、突然の死にうろたえながら、追悼記事を書いていただくのは、この人しかいないとばかりに、竹下亘さんにかなり無理なお願いをしました。お忙しいなか、原稿締め切り期間が短いので、断られても致し方無いところを、ご快諾のうえ、約束通りの玉稿を賜りました。ありがとうございました。
岩井和彦さんと初めてお会いしたのは、もう35年以上も前のことです。あまり接点はなかったのですが、節目ごとに様々な会議の会場で立ち話をするような間柄でした。そしてお会いするたびに何事か情熱的に語っておられた印象が強くあります。いつまでも夢を追いかけた永遠の青年でした。ご冥福をお祈りいたします。
「読書人のおしゃべり」で紹介した『化石のたわごと ―― 未来につなぐ』の点字版はサピエ図書館でダウンロードして読むことができます。デイジー版は、現在、岐阜の方で鋭意制作中と聞いております。今しばらく、お待ちください。
本誌がお手元に届く頃にははっきりしているはずですが、衆議院の解散総選挙がどうなるのかいまだ藪の中です。投票日が12月14日なのか? その1週間後の21日なのか?あるいは別の日か? 11月12日付新聞朝刊各紙が1面で、衆議院解散総選挙の観測記事を報じましたので、それを受けて、とりあえず、12月2日公示、12月14日投開票で日盲委選挙プロジェクト点字版部会も準備を進めるしかありません。そこで、新聞が1面で一斉に報じた11月12日の午後、音声版部会と拡大文字版部会の代表を交えて、急遽、在京の施設メンバーで、緊急事務局会議を当協会で開催した次第でした。
12月9日公示、12月21日投開票の場合は、本誌の発行が遅れる可能性があります。その際はなにとぞご容赦ください。(福山)
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