THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2012年7月号

第43巻7号(通巻第506号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:三浦拓也
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:「事なかれ外交」が紛争を招く ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
大連マラソン体験記(望月優) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
5
テープ版のコピーは違法です ―― コンプライアンスの確立を願って ―― ・・・・・・・
11
盲導犬と共に北京出張(荒川明宏) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
18
読書人のおしゃべり:『俳人 菅裸馬』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
24
統一英語点字を導入した英国の状況 日点委特別講演会 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
27
第65回全国盲人福祉大会報告 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
32
補助犬法成立10周年記念シンポジウム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
36
岩屋さんのご指摘に感謝(高橋実) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
39
自分が変わること:違和感のない日本 その3 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
41
48㎡の宝箱:訓盲雑誌 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
46
リレーエッセイ:私の点字事始め(畠田武彦) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
外国語放浪記:バトン・ルージュのろう学校 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
大相撲:史上最高齢の初優勝 ―― “鉄人力士”旭天鵬 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
時代の風:肺疾患の息切れに鍼が有効、視覚障害者用ATM拡大、他 ・・・・・・・・・
63
伝言板:ヘレン・ケラー記念音楽コンクール、盲導犬と共に導かれた命、
  劇団ふぁんハウス公演、他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
67
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
「事なかれ外交」が紛争を招く

 東京都の「尖閣諸島寄付金」が6月1日、10億円を超えた。一昨年の中国漁船衝突事件以降、中国の漁業監視船による日本の接続海域への侵入が相次いでおり、尖閣諸島をめぐる情勢は予断を許さない。政府に任せておけば、遠からず紛争が起きるか、中国に実効支配されるのではないかとの危機感が、大きな反響を呼び多額の寄付につながったものと思われる。都が尖閣諸島を購入するのは無理筋で、決して好ましいことではないが、その遠因は日本政府にある。
 1971年に中国と台湾が領有権を主張しはじめたのは、1968年に国連が行った海底調査の結果、東シナ海の大陸棚に石油資源が埋蔵されていることがわかったからだ。それ以前の中国や台湾の地図では尖閣諸島は日本領となっており、1953年1月8日付の『人民日報』は、尖閣諸島は琉球群島に含まれると解説し、台湾の李登輝元総統は、現在でも尖閣諸島は日本領だと発言している。しかし、この間、日本政府は事を荒立てない一心で対処してきたことが、中国に誤ったメッセージを送り、5月中旬の北京での野田佳彦首相との会談で、温家宝首相が「中国側の核心的利益や重大な関心事項を尊重すべきだ」と発言するまでに至ったのである。
 あろう事か、丹羽宇一郎駐中国大使は6月7日付の英『フィナンシャル・タイムズ』のインタビューで、都知事の購入計画が実現したら「日中関係に重大な危機をもたらす」とコメントしている。同日、玄葉光一郎外相が注意したため、同大使は謝罪したそうだが、世界の笑い者になってしまった大使は速やかに更迭すべきである。
 泥沼の日中戦争の元凶に、幣原喜重郎による「事なかれ外交」があったことを想起したいものである。外交では「善隣」や「友好」を求めるのではなく、国際ルールと国益に基づくわが国の政策を明確に粘り強く主張するべきで、これが問題解決の唯一の道なのである。(福山)

テープ版のコピーは違法です
―― コンプライアンスの確立を願って ――

『ライト&ライフ』編集長/田辺淳也

 5月9日の午後、当点字出版所の業務係に、関西のある点字図書館(以下、様々な名称の情報提供施設を点字図書館と言います)の貸出担当から次のような電話がありました。
 「コピー作業中に『ライト&ライフ』テープ版のマスターテープを誤って消してしまったのですが、再送してもらえませんか」。業務係の職員は「コピーは禁止ですよ」と言ったところ、「すみません」と言って電話は切れました。その直後、当協会の点字図書館にも同様の電話があったので、「著作権法に明白に違反しますよ」と諭したといいます。
 実は『ライト&ライフ』(以下、LLと言います)テープ版の違法コピーは、今回の件が初めてではありません。平成22年(2010)1月1日に改正著作権法が施行されたのを受けて、点字出版所長とLL編集長の連名で「ライト&ライフご購読の皆様へ」という文書を同年1月29日付で購読者に送付しました。その骨子をここに引用します。「『点字ジャーナル』と『ライト&ライフ』(点字版)は創刊以来、営利、非営利を問わず、複写あるいは録音化して配布したり、配信することを固くお断りしてきました。これは『ライト&ライフ』(テープ版)も同様で、ダビングして配布したり、デジタル化して配信することも固くお断りしております。・・・(中略)・・・改正著作権法が施行され、録音物の複写がより厳格化されました。これを機に、上記の趣旨をより一層ご理解いただきますとともに、コンプライアンス(法令遵守)を徹底されますことを、購読者ならびに施設関係者の皆様にお願い致します・・・」。
 送付直後、いくつかの点字図書館から「LLテープ版をコピーしてはいけないのですか」という問い合わせの電話が、当点字出版所に相次ぎました。私たちはコピーされていることをある程度予想していましたが、これほど多数の点字図書館から問い合わせがあったことに驚愕しました。特に東北地方と北陸地方に偏る傾向がみられました。中には「これからは1部追加して2部取ります」と自らを正した点字図書館もありました。
 改正著作権法施行以前から、点字図書館でもLLテープ版のコピーは、保存用のために1部コピーすることを除いて、認められているわけではありませんでした。「視覚障害者のためのサービス向上になるのだから、LLテープ版をコピーして貸し出ししても構わない」といったルーズな意識が、業界に蔓延していたようです。
 著作物の複製に関して著作権法は、第21条で「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と定めています。この複製する権利の専有を制限するという論理で、第30条から第50条の条文が設けられ、著作権者の許諾を得ずに著作物を複製できる場合が具体的に明示されています。これらの制限規定の範囲を超える利用は、著作権者の許諾を得ずに行えば違法なものとなります。点字図書館は、第37条をよりどころに著作物の点訳や音訳を行い、貸出サービスを実施しているのです。著作物の複製に関して、第37条は次のように定めています。第1項は「公表された著作物は、点字により複製することができる。」、第3項は「・・・当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第79条の出版権の設定を受けた者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。」、以上です。
 LLテープ版で説明しましょう。すでに東京ヘレン・ケラー協会(著作権者)がテープ版(音声方式)を公に発売(公衆への提供)を行っていますから、複製できる範囲からは除外されるのですよということになります。先にも述べましたが、制限規定の範囲を超える利用は、著作権者の許諾を得ずに行えば違法です。LLテープ版の複数部コピーは、違法行為なのです。
 古今東西を問わず、法律に違反すれば罰せられるのは世の常、道理です。現在のわが国において、個人のみならず企業などの組織が法令に違反すれば罰せられるわけですし、罰せられないにしても社会的責任を厳しく問われます。食品偽装問題、耐震偽装問題、粉飾決算などが想起されます。点字図書館といえども例外ではありません。「コピーしてもわかりっこない」「ばれるはずがない」と違法コピーを続けることは、もはや許される時代ではないのです。
 契約更新の時期になると、「LLのデイジー版は出さないのですか」という問い合わせがあります。その大半は点字図書館の職員からで、中には「デイジー版を出さないなら契約を打ち切る」と強硬な姿勢のものもあります。個人の読者から問い合わせや要望をいただきますと念のため購読者名簿に当たりますが、デイジー版の要望ではお1人を除いてお名前は購読者名簿にありませんでした。
 デイジー化に熱心なのは、点字図書館の職員と点字図書館の利用者です。ご存じのように、デイジーはコピーが容易で音質の劣化もなく、ネット配信も可能です。いずれはカセットテープも終焉を迎え、LLテープ版もデイジーに切り替える時期が来るとは思いますが、今以上に違法コピーを危惧せざるを得ません。
 当点字出版所における『点字ジャーナル』とLLの発行は、ボランティア活動ではありません。点字図書館における貸し出しのためのコンテンツ作成を一義的な発行目的に掲げているわけでもありません。念のために書き添えておきますが、私は、点字図書館が点字雑誌やテープ雑誌を購入して利用者に貸し出すサービスそれ自体を批判したり、否定しているのではありません。購入した1部を希望する利用者に順次貸し出ししていくこと、必要なら複数部購入して貸し出しすることは合法であり、正当な行為です。例えば、LLテープ版1部に利用者15人がぶら下がっているとして、発送と返却の期間を加えて1人に3日、15人なら45日、休日なども含めるとおよそ2カ月かかります。2カ月の間に情報の価値は低減していきます。タイムラグというコストを負って無料で借りて聴きたいというのであれば、それはそれで仕方のないことです。
 LLの発行部数は低落傾向にあります。詳細なデータの公表は差し控えますが、1つだけ指摘するならば、LLの収入では編集長の人件費でさえ賄えないのが実情です。LLテープ版において、点字図書館を利用する無料の愛読者という多数派を、個人購読者という少数派が支えている構図が浮かび上がってきます。これはあまりにも歪んだ構造であり、不公正と言わざるを得ません。今後LLの発行を続けていけるかどうかは、個人の購読者の皆様のご支援とご理解にかかっているのです。
 当点字出版所では、LLテープ版に関して値上げ、団体・施設への複数部買取制、購読者を個人に限定、休刊等を含めて検討を始めております。そう遠くない時期に何らかの方針を皆様にお示しすることになると思います。なお、LLテープ版の違法コピーに関する情報提供は大歓迎です。手紙、電話、メールにてLL編集部までどしどしお寄せください。お待ちしております。

盲導犬と共に北京出張

株式会社ラビット代表取締役/荒川明宏

 5月26〜6月2日の日程で、友人2人と盲導犬クォーツで北京に行ってきました。目的は「北京交易会」という展示会に出展するためです。
 この展示会は、中国がサービス分野を強化しようという目的で開催したもので、一般の展示会とはかなり異なります。来場者は、日本の出店者と中国の間に立って、何とか取り引きにつなげようという人たちです。私のような会社が出るような展示会ではありませんが、今年の2月に観光で北京に行ったことがきっかけとなって、この展示会に出展しました。
 盲導犬と外国に行く場合、動物検疫が重要です。日本から中国に行く場合、出国よりも入国がとても大変です。この手続きを間違えると、日本に戻ってから最大半年間盲導犬が拘留されます。26日は9時20分の飛行機に乗るため、当日の検疫を受けることができないので、前日に空港の動物検疫所に行きました。事前に書類などを提出しているため、検査自体は20分で終わりました。
 次は北京空港に着いてからですが、一般ロビーに出る直前に動物の検疫所があります。2月も経験しているのでスムーズに行くと思ったら、なかなか大変でした。全日空の方が通訳をしてくれるのですがうまく通じず、結局、出迎えに来てくれた人の尽力で、なんとか手続きができました。約1時間かかり、費用は26元(約325円)でした。
 続いて日本に戻るための手続き準備です。中国の動物病院に行き、指定の検査を受けて政府のお墨付きをもらうという大変な作業です。今回も動物病院に直行しましたが、4時を少し回っていたため、病院は閉まっていました。そのため、翌日の27日(日)の9時に行き、手続き開始。中国の動物病院はかなりしっかり検査を行い、血液、粘膜などの検査を行います。書類を書いてもらうのにうまく言葉が通じず、結局約80分も手続きにかかりました。通常は政府の印鑑をそこの2階でもらうことができるのですが、あいにくこの日は日曜日。結局平日に出直すことになり、最終的に別な人が私のパスポートのコピーを持って手続きをしてくれましたので、その費用に日本円で約8,000円かかりました。その結果を到着地の空港にFAXし、手続きに問題がないかどうかの確認を取っておきます。ただ、確認が取れたのは帰国の1日前でした。
 さて、実際の活動ですが、展示会の前日、準備のためにクォーツを連れて会場に行きましたが、その際にはまったく問題ありませんでした。そして、そのまま地下鉄に乗ってホテルに戻りました。中国の地下鉄は改札の手前で手荷物検査を行います。そこには係員が何人かおり、その1人に呼び止められましたが、結局、言葉もわからず見逃してくれました。
 ところが、翌日、ホテルを出て会場に行くため地下鉄に行くと入れてくれません。こちらは中国語はさっぱりなので、英語で頑張るのですが、まったく通じません。約30分ほどすぎると、少し英語が話せる方が来て、昨日も乗ったことなどを説明して、なんとか乗ることができました。
 そして5月28日(月)展示会の当日。展示会場に入ろうとすると警備員に止められてしまいました。手荷物検査も厳重で、会場に入るまで3カ所も警備員が配置されています。そこでクォーツと展示会場に行くのはあきらめ、隣にあるアメリカ系のインターコンチネンタルホテルにクォーツを預かってもらいました。宿泊もしないのに理由を説明したら気持ちよく対応してくれました。さすが高級ホテルです。
 展示会の帰り、地下鉄でまたもやストップ。たまたまそこに展示会場で知り合った日本語のできる人がいたので事情を説明してもらい、無事に通過できました。地下鉄の中でも、私が歩いている間も、みなさん盲導犬が気になるようで、何の断りもなく写真をバシャバシャ撮られました。
 5月29日(火)、展示会場を少し抜け出して、盲文図書館の見学に行きました。昨年、完成した立派な点字図書館でとてもきれいで驚きました。私が一番感動したことは「触れる博物館」のようになっている場所に、昔の弓、オリンピックの聖火、北京空港の模型、レールに沿って動かせる太陽系の模型、ピラミッドなどがあり自由に触ることができたことです。視覚障害者は一般の博物館で触ることが難しいので、日本にもこのような施設があればいいのにと思いました。
 5月30日(水)には、北京で盲導犬と生活している陳さんという女性に会いました。当地では今ピアノを持つことがはやっており、陳さんはピアノの調律の仕事をしています。北京では地下鉄にほとんど乗れないこと、タクシーに乗るのも難しいことなど、北京の盲導犬事情を教えてくれました。中国全体で現在盲導犬は53頭、北京では5頭活躍しているそうで、盲導犬の存在自体はそれなりに知られており、「盲導犬クイール」は北京でも有名です。盲導犬の訓練は大連の1カ所で行っているそうです。彼女は音声化ソフトを使ってブログも開設しており、なかなか積極的な方でした。本をもらいましたが中国語なので、どうしようか今思案中です。
 陳さんとは食事をして地下鉄の駅まで送ってもらいました。今回も地下鉄に乗ろうとしたら、また、止められました。これまではきちんと説明すれば乗れていたのですが、今回はどうしてもダメでした。上の方に相談してもらったのですが、それでもダメだというので、今回はどうもお手上げの状態でした。ところが、私たちの押し問答を見ていた一般市民の方が、私を応援して駅員にいろいろ言ってくれ、なんと、最終的には乗ることができたのでした。
 北京は活気があり、大阪に似ています。市民は困っていると手を貸してくれますし、とても親切です。しかし、本来真っ先に盲導犬対応をすべき空港、地下鉄、展示会場、ショッピングモールなどへは、なぜかなかなかスムーズに入ることができず、なにやらちぐはぐでした。
 日本企業はどのように中国に進出して市場を確保しようかと考えていますが、現実はかなり厳しいものだと実感しました。やはり社会構造が、資本主義国とは大きく違いますから、そう簡単にはいきません。しかし、北京はとても元気な都市ですから、読者の皆さんもぜひ、一度訪れて、その熱気を体感されてはいかがでしょうか。

読書人のおしゃべり
『俳人 菅裸馬』

 5月の中旬「『俳人 菅裸馬(すが・らば)』という本を山口県点字図書館がCDにしたので、多くの方に知ってほしい」という電話が小誌編集部にかかってきた。著者の長瀬達郎氏は菅の孫である。著者の父親は菅の次男で、20歳の時に母親の実家を家督相続したために長瀬姓に変わったとのことだ。
 しかし、あいにく私は俳句に不案内で、しかも裸馬の本名・菅礼之助にもまったく心当たりはなかった。
 菅は、明治16年(1883)秋田県生まれ。東京高等商業学校(現・一橋大学)を卒業して古河鉱業へ入社し、25年間勤める。昭和6年(1931)には古河鉱業を退職し、2年間外遊。戦後は、吉田茂内閣で石炭庁長官、東京電力(東電)会長、電気事業連合会会長、経団連評議会議長などを歴任し、昭和46年(1971)永眠、享年87。錚々たる経済界の大物だが、今や歴史の狭間に埋もれようとしている。
 平成21年(2009)9月、3回にわたるNHKドラマスペシャルで大きく取り上げられた白洲次郎(1902〜1985)とは大きな違いだ。本書では白洲との関係はまったく触れられていないが、両者には多くの接点がある。第一次吉田内閣で菅が石炭庁長官、第二次吉田内閣で白洲が貿易庁長官を務めている。菅が電気事業連合会会長のとき白洲は東北電力の会長で、鼻っ柱の強い白洲がいつも菅の風下に立っている。
 戦前、戦後を通して日本のエネルギー分野の要職を歴任した菅であるが、他方で裸馬という俳号を持ち、関西俳壇の重鎮・青木月斗(1879〜1949)が主宰する俳句結社「同人」設立に参画し、2代目主宰を務め、その作風は昭和俳句界の重鎮、石田波郷をして「充実、鋭敏、脈動が迫りくる」と評された。
 蝶あがるその高さ目覚しきなり(昭和29年)
これは東電会長に就任する直前に発表した句だ。「電力の鬼」と称された松永安左衛門から強引に要請されての就任だった。
 相撲も好きであった菅は、日本相撲協会運営審議会会長を昭和32年(1957)から亡くなるまで務めている。特に第35代横綱双葉山定次とは昵懇の間柄で、昭和40年、菅が75日にわたり入院したときは、相撲協会を代表して、当時大関だった朝潮太郎(後の46代横綱)を引き連れ見舞いに来ている。
 梅匂ふ夜横綱と大関と(昭和40年)
 角川書店刊『俳人 菅裸馬』税込み1,575円は、裸馬の代表句173句と彼の生きた時代、特に戦後の経済発展期を背景に、古河虎之助、昭和天皇、石田波郷、佐佐木信綱、与謝野晶子、池田勇人、武原はん、横綱双葉山、松永安左衛門等多くの著名人とのエピソードを交えて描かれている。
 著者のメールアドレス(tatsuro.nagase@jcom.home.ne.jp)に注文すれは、同書を送料サービスで入手できる。(福山)

48㎡の宝箱 ―― 京盲史料monoがたり
(16)訓盲雑誌

京都府立盲学校教諭/岸博実

 「ハナハホキ一ハ・ムサシノク)(ムノキホ・リホゴマダコ・ニ)」・・・。これは、凸字雑誌『訓盲雑誌』の冒頭である。従来、まったく紹介されてこなかったわけではない。鈴木力二著『図説盲教育史事典』に写真を載せた上で「明治二十三年五月一日発行、第二号、毎月十五日発行、東京浅草区須賀町十四番地、訓盲社発行、編集人 比田虎雄、印刷兼発行人 大庭伊太郎」と説明されている。それは表紙と裏表紙の凸字印刷の抜粋だが、原本には次の文字もある。
 「逓信省認可」「本誌定価及郵税表 本誌一部金六銭 郵税金五厘 三ケ月分前金金三十三銭 (中略) 六ケ月分前金金六十銭 (中略) 一ケ年分前金金一円八銭 (中略) 代金御逓送ハ下名大庭宛テ浅草郵便局ヘ御払込ヲ乞フ 郵便切手代用一割増コト」、「明治二十三年四月三十日印刷 明治二十三年五月十五日発行」(新漢字に改めた。)
 逓信省の認可を受け、郵便による購読を想定した、盲児・盲人用の、凸字による「学習雑誌」が少なくとも2号までは出版されたのだ。盲教育雑誌の嚆矢と言えようか。同年11月1日には東京盲唖学校において石川倉次の点字が選定される。凸字文化の精華と評したい。
 もう1人は、『ふみ子の海』の著者、市川信夫氏。『上越タイムス』連載の「旧高田盲学校史料」で言及、製本上の特徴と本文の内容に及ぶ解説に新味がある。
 「凸字を印刷した厚紙を八つ折りにした八ページの誌面に『塙保己一伝』などが掲載されています。カタカナ横書きで最初は左から読み、行末で次の行は右から読むというような工夫がしてあります」と。さらに、「凸字文化の広がりと実用化がわかります」とも添えられている。説明の仕方を少し変えてみよう。
 「八ページ」とはあるが、8ページ(4枚の紙)を綴じてあるのとは違う。1枚の大きな横長の長方形の紙に縦3本、横1本の折り目が施してあり、手順に沿ってたためば8ページの本のように読んでいくことができるしかけになっているのだ。元の広げた状態では、上段は正しい向きに、下段は上下逆に文字が配列されているが、たためば、全て正しい向きに揃う。1ページあたりのサイズは縦14cm×横22cmとなる。
 塙保己一の伝記、1ページ目は次の如し。(・は、分かち書きの区切りを意味する。)
 「ハナハホキ一ハ・ムサシノク)(ムノキホ・リホゴマダコ・ニ)(ラノ・ヒトニシテ・エフセウ)(ウハ・リナトラクメ・リヲノ)(レキ七ネン・八グワツ・トシ)(・トンジウモルア・テニ〇十)(トモニ・イサヽカノ・シルベ」 今度は読めただろうか。
 市川氏の説明を広げていうと、「奇数行は左から読み、偶数行は右から読む」ように設計されているのだ。
 原本では、奇数行の右端に次の行にまたがる記号【 ) 】が、偶数行の左端に次の行にまたがる記号【 ( 】が浮き出している。つまりは、行替えに関わる指の動きをリードし、省エネ化するのがねらいだ。一つの知恵だが、右から遡行する偶数行は読みにくかっただろう。
 漢字仮名交じりに直せば次のとおり。
 「塙保己一は 武蔵の国 児玉郡 保木野村の 人にして 幼少の折り 盲となり 宝暦七年 八月 年十〇(ママ)にて ある盲人と ともに いささかの 知るべ」
 この雑誌の創刊号について書き加えよう。これが初公開ではなかろうか。明治23年4月19日印刷・同20日発行で、サイズは第二号より一回り小さい(縦13.5cm×横20cm)。たたみ方も異なる。空白のページがあり、実質は表紙を含めて6ページ分、内容は『五十音及数字』である。五十音は3種のサイズ、すべてカタカナで示されている。字形には触察に配慮したデフォルメ(線の削除等)が認められる。第二号以降を読む人のために、使用文字の一覧を示す編集だったと推定しうる。
 点字の出現によって、まもなく存在意義は薄れていったと考えられる。読者数はどこまで伸びたのだろう。比田虎雄、大庭伊太郎もまた深い霧のかなたの人である。


訓盲雑誌第二号

(写真は著者のご要望により、ホームページに限り掲載しています)

編集ログ

 小誌編集部では、日盲連大会を編集長の私と小川百合子記者で取材しました。「報告」にはもう少し書きたいことがあったのですが、誌面が足りませんでしたので、2点だけ追記します。それは、全国盲人代表者会議の挨拶の中で竹下義樹会長が、「現行の同行援護事業には地域間格差があり、私たちが望んだ形にはなっていない。視覚障害者の日常生活を支える、そうした制度に発展させることができるかどうか、日盲連の存在意義が問われている」と決意表明されたことと、福井県視覚障害者福祉協会の小山尊(こやま・たかし)会長が、「原発事故が起こったとき障害者が最後になる。避難路の確保や介助保障がないまま大飯原発が再稼働されようとしている」と危機感を強く訴えられたことです。来年の日盲連大会の開催地でもあり、責任感からなおのこと不安が募るのだろうと感じ、耳に残りました。
 「補助犬法成立10周年記念シンポジウム」の取材後、「日経テレコン」の記事検索で、「相棒の盲導犬アトム探して」と題した記事(『長崎新聞』2月1日付)を閲覧しました。すると「サンズイにウカンムリにマユ毛のマユの目が貝」という珍妙な漢字の説明に出会いました。横濱の「濱」という字の正字(旧字)の説明なのですが、アトムのユーザー中濱氏の「濱」は常用漢字の「浜」をあてれば済むことなので、ちょっと異彩を放っていました。ちなみにPCトーカーの詳細読みでは「浜辺の浜の旧字」と読みましたが、XPリーダーはなんと「浜の第2」と読みました。正字のことを「第2」と読むようなのですが、これにもちょっと頭を捻りました。
 畠田武彦氏の「リレーエッセイ」に出てくる『十五少年』とは、ジュール・ヴェルヌ著『十五少年漂流記』が明治29年(1896)にわが国ではじめて翻訳・出版されたときの書名です。なお、この他に原題を直訳した『二年間の休暇』の書名でも発行されています。(福山)

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