THKA

社会福祉法人 東京ヘレン・ケラー協会

点字ジャーナル 2011年3月号

第42巻3号(通巻第490号)
―― 毎月25日発行 ――
定価:一部700円
編集人:福山 博、発行人:三浦拓也
発行所:社会福祉法人東京ヘレン・ケラー協会点字出版所
(〒169-0072 東京都新宿区大久保3−14−4)
電話:03-3200-1310 E-mail:tj@thka.jp URL:http://www.thka.jp/
振替口座:00190-5-173877

目次

巻頭コラム:ネパールの政局と視覚障害者 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3
音楽とは「耳で奏でるもの」 ハッピー60thコンサートを聴いて ・・・・・・・・・・・・・・・・
5
(追悼)武井実良さんを偲んで ブラインドテニスの展望(松居綾子) ・・・・・・・・・・・・
11
あの青木愛衆議院議員も! 国リハあはきの会「新年の集い」 ・・・・・・・・・・・・・・・
18
私の広州アジアパラ競技大会 パラリンピックに向けた一歩(平井孝明) ・・・・・・・・
21
新幹線と健康増進法、そしてバリアフリー新法(岩屋芳夫) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
26
読書人のおしゃべり:ノンフィクション作家の原田病闘病記 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
31
ブラインドサッカーをあのフィアットが支援 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
33
リレーエッセイ:楽しい思い出から教えられたこと(奥野真里) ・・・・・・・・・・・・・・・・
36
自分が変わること:森一久さんのこと その2 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
41
外国語放浪記:神々の宿る禿山 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
46
あなたがいなければ:日本からの国際電話 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
50
よりどりみどり風見鶏(最終回) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
55
大相撲:角界から八百長はなくなるのか ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
時代の風:ホームドア増設へ、間借りする特別支援学校、他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
63
伝言板:詠進歌、来年のお題は「岸」、日点春のチャリティ映画会、巣立ちの会 ・・・
68
編集ログ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
71

巻頭コラム
ネパールの政局と視覚障害者

 ネパール国の新首相がこの2月3日に、議会第3党の統一共産党カナル議長に決まった。なにしろ、昨年の6月末に予算成立の見通しが立たないため前首相が辞任して以来、ネパールの制憲議会では17回も首相選出投票が行われやっと決まったのだ。このため、前首相が、辞任後も暫定首相を7カ月も務めたのであった。
 前首相も統一共産党員で、名門の高位カースト出身であるためカーストに反対する立場から「ネパール」と改名。同氏のふる里には、ネパール盲人福祉協会(NAWB)が支援する学校もあり、同氏は視覚障害者への理解が深く、NAWB関係者にも敬愛されている。
 新首相選出にあたって異常な日数がかかったのは、議会で過半数を制しなければ首相を選出できないためだが、第一党であるマオイスト(ネパール共産党統一毛沢東主義派)内の確執もあった。
 ネパール氏の前の首相は、マオイスト・プラチャンダ議長で、彼は野心家で演説はうまいが、行政能力は低く、身内を重用したため、首相就任と共に党内での求心力が急速に低下していった。一方、同党の理論的支柱バッタライ博士は、マオイストを武装闘争路線から議会主義的な現実路線に導いた立役者で、プラチャンダ内閣の財務大臣として辣腕を発揮したことはよく知られている。このためマオイスト以外の諸党派は、新首相にこぞって同博士を推した。しかし、博士にお株を奪われることを恐れてプラチャンダ氏がその動きに反対してきた。博士が初等・中等教育を受けた学校は、NAWBが支援する学校であるため、同博士も視覚障害者教育にとても理解が深く、政党支持の枠を超え、NAWB関係者には深く尊敬されている。
 かくして、首相選挙はマオイストと第2党の国民会議派、そしてキャスティングボードを握る統一共産党を軸に空転を繰り返した。そして、統一共産党の中でマオイスト寄りとみられるカナル議長が、新首相に選ばれたのであった。(福山)

音楽とは「耳で奏でるもの」
ハッピー60thコンサートを聴いて

 《東京ヘレン・ケラー協会は創立60周年を記念して、1月23日(日)「ハッピー60thコンサート」を東京・晴海の第一生命ホール(767席)で開催しました。
 この記事は、本コンサートを当日客席で聴いた音楽評論家で、毎日新聞専門編集委員の梅津時比古氏の談話等を元に構成したものです。取材・構成は本誌編集長福山博》
 梅津氏は、超満員となったコンサートを振り返って、主催者側としては少々面映ゆい次のような言葉から話し始められた。
 創立60周年という記念すべき年に相応しい素晴らしい演奏会でした。2時間半という長丁場だったにもかかわらず、一瞬の気の緩みも、疲れも感じさせない至福の時でした。
 視覚障害者5人によるちょっと類例のない演奏会で、音楽とは「耳で奏でるものだ」ということがよくわかりました。歌は耳で歌い、ピアノもヴァイオリンも実は耳で弾くものだということを痛感させられました。今までも頭の中ではわかっていたことなのですが、それを如実に示したのが、このコンサートでした。
 2人以上が同時に演奏するアンサンブルでは、目と目で合図しながら行う「アイコンタクト」が、必須のものといわれています。しかし、音楽を内発的に感じ合っていれば、その必要はないのだということをも教えてもらいました。音楽は本当に耳でやるものなんですね。
 このようなことを考えていると、私は、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886〜1954)のエピソードを思い出しました。カラヤンの前にベルリン・フィルの音楽監督を務め、20世紀を代表する指揮者とされる彼は、練習の時も目をつぶって指揮をするので、オーケストラはどこで演奏に入っていいのかよくわからず、何度やっても合わない。そこで業を煮やしたコンサートマスターが、一計を案じて合図を出すとぴたりと合った。するとフルトヴェングラーが、目を開け演奏を止めて、「今のは合いすぎる」と言って怒ったというのです。このエピソードは、内発的に呼応するのが、正しいアンサンブルだということを教えているんですね。
 それでは、第一部から演奏順に見ていきましょう。
 武久源造さんのチェンバロは、物の見事にバッハの時代様式を表しながらも、彼自身の感性による、右手と左手のからみが絶妙でした。バッハ作曲イタリア風協奏曲ヘ長調(BWV971)が活かせるように調律して、美しい響きを聞かせてくれました。
 次はソプラノの澤田理絵さんのチマーラ作曲「ストルネッロ」、それにヴェルディ作曲「歌劇リゴレット」より「慕わしき人の名は」と、「歌劇椿姫」より「ああそは彼の人か」ですが、実は、私は彼女の歌をはじめて聴いたのですが、驚きました。こんなにリリカルで、力強い要素もあり、明るい美しい声があるのかと感嘆したのです。その発声法がとても自然で、しかも高度な技術をもっておられて見事でした。
 綱川泰典さんのフルートは、ビゼー作曲オペラ「カルメン」より「間奏曲」と、バートン作曲「フルートとピアノのためのソナチネ」。柔らかい音の魅力をもちながらもスケールが大きく構想力があって、素晴らしかったですね。
 それから韓国から来られたピアノのイ・ジェヒョクさんは、ショパン作曲のノクターン第13番ハ短調(Op.48 No.1)とポロネーズ変イ長調(Op.53)「英雄」を演奏されました。彼は和声の変化をこまやかに聴くという感受性が鋭く、それが実に音楽によく活かされていました。
 第二部は、第一部の武久・澤田・綱川・イさんに加えて和波孝禧さんが加わってアンサンブルを行いました。これは先ほど言いましたように、アイコンタクトがないと難しいのですが、お互いに聴き合って、内発的に呼応されて、いい演奏をされていました。
 まずは、和波さんのヴァイオリン、武久さんのチェンバロ、澤田さんのソプラノによるアンサンブルで、ヘンデル作曲九つのドイツアリアより「私の魂は見ながらにして聞く」(HWV207)とバッハ作曲カンタータ「神はわれらの確き望みなり」(BWV197)より「満ち足れる愉悦、健やかなる繁栄」。実に音楽的でした。和波さんは「ピリオド様式」というバッハの時代の楽器の奏法を新たに研究され、それを自家薬籠中の物にされていました。彼は今まで長い間ロマン派的な弾き方をしていたのですが、バッハの当時の演奏の良さを取り入れておられびっくりしました。和波さんは大家なのに常に向上心をもってやっておられるのだと、驚くと同時にとても感心しました。
 次にイさんのピアノと和波さんのヴァイオリンによるベートーヴェン作曲、ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第5番ヘ長調(Op.24)。いわゆる「スプリングソナタ」ですが、繊細な響きや音の成り立ちを大切にする演奏で、2人の音楽性が見事に融和して、自然で幅広く、奥深い「スプリングソナタ」を聴くことができました。
 最後に、綱川さんのフルート、和波さんのヴァイオリン、武久さんのチェンバロによるイベール作曲「二つの間奏曲」。先ほどのバッハとは音を変えて、幻想的な作品の持ち味をよく活かしておられました。
 いずれにしろ、深く感動するこんなコンサートはちょっとありません。これができたのは、音楽とは耳で奏でるものだからです。そして、韓国のイさん以外の4人の音楽家は、全員ヘレン・ケラー記念音楽コンクールの出身者ということですが、60年にわたってこのようなコンクールを行い、優秀な音楽家を多数輩出してきたのは、日本の誇りだと思います、と述べ、梅津氏は談話を締めくくりました。
 一方、今回のステージのまとめ役であった和波さんは、
 「50年以上も前に20代の視覚障害音楽家5人による『笹の会』というグループが作られ、私は当時中学2年生でしたが、先輩に誘われて加わりました。あれから半世紀を経て、久しぶりに視覚障害者によるコンサートに参加し、素晴らしい後輩たちが次々に出てきてくれていることを大変頼もしく思いました。リハーサル、本番を通じて、われわれ自身もお互いに深く知り合うことができて、とても幸せでした。視覚障害も大変なことばかりではなく、こんなに楽しいこともあると実感した演奏会でした。またいつかこのような機会が設けられて、みんなで一堂に会することができればそれもまた素晴らしいことです。本当に今日は長時間ありがとうございました」と述べて、大盛況であった今回のコンサートをまとめてくださいました。

ブラインドサッカーをあのフィアットが支援

 日本ブラインドサッカー協会(JBFA)は、イタリアの自動車メーカーであるフィアット・グループ・オートモービルズ・ジャパン(株)(以下、フィアット)から支援を受けることが決まった。フィアットの社会貢献活動「シェア・ウィズ・フィアット」の一環として行われ、1月31日(月)からスタートし、今年の12月末まで行われる。初日には東京・青山のフィアットカフェで、同社主催のプレスイベントが行われ、関係者や記者などおよそ120名が集まった。
 イベントではまず、ポンタス・ヘグストロム フィアット社長があいさつ、「フィアットは常に開かれたブランドであり続けてきた。日本でもセールスは好調で、今年春にはフィアット500の販売累計台数が1万台に達する勢いだ。フィアットとって困っている人を支援するのは自然なこと。少しでも社会に恩返しをしていきたい」とこの活動の意義を説明した。
 このキャンペーンが興味深いのは、ただの資金援助に終わらないことだ。もちろん、資金援助も行われ、各支援団体へはフィアットの販売収益の1部が寄付され、また活動のサポートとしてフィアット500も無償貸与される。全国に75あるフィアットショールームでも大々的なキャンペーンが行われるという。しかしフィアットは、それだけでなく、各支援団体、そしてそれぞれのサポーターや未来のサポーターと「シェア=結びつき」を深めることを目標にしている。
 その代表的なものは、フィアットが「共同ウェブコミュニケーションプラットフォーム」と呼ぶ、キャンペーン専用のウェブサイトだ。ここでは、各支援団体の活動紹介や活動状況を継続して発信する。さらにツイッターやフェイスブックといったインターネット上に文章を投稿・閲覧できるツールを利用。応援メッセージを送った人には抽選でグッズをプレゼントするなど、既存のサポーターだけでなく、普段社会貢献に関わりのなかった人が興味をもち、気軽に参加できるようなイベントも予定されている。そのほか、ユーチューブなどを利用して、動画を配信することも計画している。
 支援は、こうしたインターネットを通したイベントにとどまらない。6月以降には「シェア・ウィズ・フィアット・フォーラム」を開催する。また、各支援団体と共同のイベントも企画中だという。JBFAとのイベントとしては、今年4月に「ブラインドサッカー・クラブチャンピオンシップ」(通称フィアット・カルチョ)が開催される予定だ。これはブラインドサッカーとして初めての企業冠大会となる。また記念グッズ(Tシャツ)の製作や、コラボイベントなども現在調整中だ。
 JBFAによると、日本代表は今年開催されるアジア選手権へ向けて強化練習に励んでいるという。この大会には、来年ロンドンで行われるパラリンピックの残り1枚となったチケットがかかっているだけに、選手たちやサポーターの思いは熱い。フィアットの支援活動が実を結び、選手たちのサポート体制が充実することが期待される。なお、イタリアサッカー1部リーグセリエAの強豪ユヴェントスFCは、イタリア・トリノを拠点とするフィアットグループのオーナー一族であるアニエッリ家が、1923年に買い取り、現在もオーナーとしてその資金・運営面においてバックアップしている。(小川百合子)

編集ログ

 本誌前編集長水谷昌史氏のコラムは、今回をもって完了しました。
 水谷氏は編集長降板以来、2003年10月号から「門真発、水谷ジャーナル」、次いで「コラム・三点セット」、「新コラム・三点セット」、「よりどりみどり風見鶏」と、さながら出世魚のように4回もコラムタイトルを変えて7年余り連載。ある時は真っ向から、あるときは独特の斜に構えた視点から縦横無尽に、世相、政治、点字文化、書評、スポーツ、芸能、身辺雑記を書き連ねてこられました。その中にはやや慎重さに欠けた表現や断定もあり、毀誉褒貶・賛否両論があったことは、読者諸兄姉ご存じの通りです。
 ある種のエンターテインメントの軽妙さも含めて毒のある文章を、私は毎月第一番目の読者として楽しみにしていました。しかし水谷氏は「近頃短絡的な辛口コメントや月並みな批評が目立ってきた」との自省から点筆をおくことにされました。長い間お疲れさま、そして、ありがとうございました。
 次号からは、京都府立盲学校の岸博実先生による京都府盲資料室の貴重な所蔵品についての連載が始まります。ご期待ください。(福山)

田邊邦夫さんにエスペラントの栄冠

 本誌先月号の「中村屋でエロシェンコを語る」で、東京光の家の職員で、日本盲人エスペラント協会会員の田邊邦夫さん(66歳・全盲)が、ロシアの文筆家ワシーリー・エロシェンコに関するエスペラント語の論文国際コンクールに応募したと紹介しましたが、このたび見事、第1位の栄冠に輝きました。
 このコンクールは、国際盲人エスペラント連盟とロシア視覚障害者エスペラント協会の共催で、エロシェンコ生誕120周年を記念して開催され、テーマは「エロシェンコの生涯と作品:今日の盲人にとっての価値」。
 「エロシェンコの教育者としての側面」と題された田邊さんの論文は、一般に文筆家としてしか見られていないエロシェンコについて、盲人としての生活力と、彼が実践した盲学校教育の内容とに焦点をあて、教育者としての側面にこそ今日の盲人が学ぶべきものがあると論じたものです。おめでとうございます。

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