この話しを最初に聞いたときは、一瞬、新手の「振り込め詐欺」に違いないと思った。が、えげつないがあくまでも合法的で、しかも、あえていうが加害者は米国大使館である。そして、あまりに気の毒なので名前は伏せるが、被害者はこの春、筑波大学大学院に入学した全盲のネパール青年K氏である。
K氏は昨年の9月に、友人である全盲の日本人教師A氏の手引で来日し、同氏の指導でハードな受験勉強に耐え、晴れて大学院の試験に合格。その後、日本における生活訓練や歩行訓練を行うため、神奈川県藤沢市にある光友会や東京都の生活支援センターに入所する。しかし、その前はホームステイ先を探したり、安宿を求めて一泊1,500円の障害者スポーツセンターや2,000円のアジア文化会館などを転々とした。ネパールにおけるごく普通の給与所得者の月給が5,000円程度であるため、彼にとってはたとえ一泊5,000円でも高嶺の花であった。しかしそのような苦労やいくらかの波乱はあったものの、A氏のフルサポートのお陰で、結果的には思いの外順調に推移し、4月以降の学生生活のめどもなんとかついた。そう思っていた矢先に、思わぬ蹉跌が彼を待ち受けていた。
本年3月下旬に米国カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN)において例年開催される障害者カンファレンスに、K氏も参加することになった。むろん、スポンサーがあってのことである。そしてCSUNからは早々と招待状をもらい準備は万端整い、後は米国の査証(ビザ)を貰うだけ。日本人は、観光目的の入国であれば、米国ビザの必要はない。また、ビザが必要な国であっても日本人であれば簡単に取ることができるので、その入手にいたる苦労を知らない。しかし、発展途上国の人々にとっての壁は厚く、日本に入国することだって大変で、留学ビザを取るのにもなにかと苦労が絶えなかったのである。
米国のビザ申請手続きは、あらかじめ大使館に電話で予約して、決められた日に必要な書類を持参し、3分間の面接を受けるという方式。必要書類の中には、ビザ代100ドル相当分の邦貨を送金したという受領証も含まれている。K氏はその月の米国大使館が設定した邦貨に換算した金額がわからなかったので、送金する銀行の窓口で相談して1万800円を送金した。後で確認すると1万600円でよかったのだが、不足するとまずいと思って余分に送ったのだ。そして、面接の日、ボランティアを頼んで大使館に出向くと、書類が1枚足りないといわれた。そして不足の書類を大使館でタイプしてもらうために手数料として6,000円が必要であった。しかし、K氏はこれでビザが貰えると思い喜んで払ったという。
ところが面接の最中「カンファレンスで発表するのか」と聞かれ、「その予定はない」と答えると、「あなたが行かなくても、CSUNは困らない」といわれた。そして、ビザはついに発給されなかったのである。「ネパールに帰って申請すれば、あるいは発給されるかも知れない」と、気休めをいわれたが、ビザを発給されなかった理由については答えてくれなかった。そして、1万800円と6,000円の都合1万6,800円は大使館に没収されたのであった。世界でも最も豊かな国の官吏が、世界で最も貧しい国の障害者から、なけなしの金をかすめ取ったのである。
在日米国大使館は、東京都港区赤坂一丁目にある。しかし、日本国内にあっても大使館の敷地内はアメリカ合衆国内なのだから、米国の法律が適用される。したがって、16,800円は米国の法律に照らして合法なのであろう。しかし、これが「フェアであること」を金科玉条にする「世界の警察官」のやることであろうか? これでは権力を笠に着た「振り込め詐欺」と同じではないか。
ちなみに日本の入国管理局では、提出書類が膨大でしかも審査にとても時間がかかる。留学ビザは申請してから、実際にもらうまで3週間もかかった。しかし査証代は「これから給付しますので、1階のコンビニで6,000円の収入印紙を買って来て下さい」と、発給が決定してから請求する。つまり、日本では、ビザ代だけ取ってビザは発給しないという、詐欺まがいのことはしないのである。
少なくとも、ビザに関しては米国は犯罪的な国である。前からそんな気はしていたが、米国のいう正義なんて所詮、悪徳警官のそれなのである。(福山博)