インド洋津波を報じる米国の新聞にはTsunamiの文字が大きく踊っていたので、英語でも「ツナミ」は一般化しているのだなとつくづく思った。従来英語ではタイダル・ウエーブ(tidal wave)といってきたが、これは本来「高潮」の意味なので津波の意味では不正確。
1946年4月1日、アリューシャン列島で起きた大地震による津波が、ハワイを襲い、159人が死亡。もっとも被害が大きかったのが日系人が多く住んでいたヒロ(Hilo)市で、Suisan(水産)と呼ばれる魚市場や、Shinmachi(新町)などの地区が津波で壊滅。これをきっかけに日系人だけが使っていた「ツナミ」がハワイの地方紙に登場。その3年後に、米政府が「ツナミ」のローマ字表記を使った「太平洋津波警報センター」をハワイに設立し、徐々に英語としての市民権を持つようになり、今や世界的に通用するようになった。
いきなり叱りつけるような甲高い中国語の女性の声が聞こえたので、僕は思わずひるんだ。が、すぐに日本語の若い女性の声で「日本語は2番」、次いで英語と韓国語の落ち着いたやさしげなアナウンスが流れた。これは、ある国際電話カードに書いてある無料のアクセスポイントに電話したために流れた音声メッセージである。意味するところは、中国語の音声ガイドを聞きたい人は1番を、日本語を聞きたい人は2番を、英語は3番を、韓国語は4番を押してくださいと、それぞれの言語で案内しているのである。
「2」を押して、音声ガイドに従ってカード番号と「#」を押すと、日本語の音声ガイドが、にわかには信じがたいことをいった。
「韓国へおかけになる場合は『0』を含む地域番号と相手の電話番号を、国際通話をご希望の方は国番号に続いて地域番号と相手の電話番号をダイヤルしてください」というのだ。
「韓国に電話するのに国番号がいらない」というのが、まず解せなかった。なんだか韓国が外国ではないような説明ではないか?僕はしばらく頭をひねっていたが、はたと膝を打った。僕は東京から電話しているので、当然無料のアクセスポイントも日本国内にあるものとばかり思いこんでいたが、実は韓国内にあったのだ。それ以外に考えられないし、そう考えると何もかも腑に落ちた。
このカードはダコムスーパーワールドカード(Wカード)というのだが、インターネットで調べてみると、たしかにダコム(Dacom)という会社が韓国にあった。同社は1982年に創業した韓国第2の通信サービスプロバイダーだが、1992年からは国際電話事業、1996年からは韓国内の長距離電話にも乗り出し、近年業績を急速に拡大している韓国IT産業の雄である。ダコムは日本から海外、それも途上国に電話するより、韓国から海外に電話する方が、安い場合が多い、あるいは安くできることに目をつけ、Wカードを日本で売り出したのである。したがって、このカードを使って日本国内に電話するときは、当然のことながら日本の国番号「81」をまず押して、市外局番の最初の「0」を外してダイヤルしなければならない。しかし、このカードを使って日本国内へ電話するメリットはおそらくないであろう。
高田馬場駅前に「イラワジ」というアジア食材と雑貨の小さな店がある。主人はミャンマー人で、流暢な日本語をしゃべるが、客は圧倒的に東南アジア系外国人が多い。この店で、格安の国際電話カードを売っていると教えてくれたのは、インドレストランに務める日本在住のネパール人であった。僕が「ネパールへの国際電話は高すぎる」とこぼしたのを、小耳にはさんで、教えてくれたのであった。
実際に、一般加入電話で日本から開発途上国に電話すると、その料金の高さに目を見張る。オーソドックスにKDDIを使って平日の昼間に、米国本土に国際ダイヤル通話をすると1時間電話して3,600円である。ところがネパールに電話するとなんと1万3880円もかかる。もちろん各種割引サービスを利用すると、これより随分安くはなる。しかし、米国への電話代が、場合によっては国内長距離電話より安いのにくらべ、開発途上国へはそれでも気軽に電話できるほど安くはならない。1時間というと長いようだが、ひと月1時間と考えるとさほどでもない。毎日かけたら、1日たった2分という短さである。
一方、先のWカードを使うとネパールまで、昼夜関係なく1時間電話して、約2,000円という安さである。ただ、実際は3分ちょっとしか電話していないのに、5分分も引かれるような、不誠実さが若干気になるが、それを割り引いても格安であることは間違いない。ややあざとい商売ではあるかも知れないが、頻繁に彼の地に電話する者にとっては、実にありがたいサービスである。
ところで、「イラワジ」の主人によると、格安国際電話カードにはダコム以外にも数種類あるようで、どの国にかけるかによってカードの種類は変わるという。特殊なものではフィリピン専用とかタイ専用、そして極めつけは東京・横浜・川崎地域から中国に電話をかける専用カードなんていうのまであって驚く。
インターネットを応用した国際電話カードの登場で、世界はますます狭くなり、人々はますます忙しく、苛立ってくる。ちょうど甲高いダコムの中国語アナウンスのように!そして僕はその声が耳について離れない。(福山博)