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協会概要

ヘレンケラー・サリバン賞

 「ヘレンケラー・サリバン賞」は、視覚障害者の福祉・教育・文化・スポーツなど各分野において、視覚障害者を支援している「晴眼者」にお贈りする賞です。これは、「視覚障害者は、何らかの形で健常者からのサポートを受けて生活している。その支援に視覚障害者の立場から感謝の意を表したい」との趣旨で、当協会が1993年(平成5年)に創設しました。なお、同賞の名称は、ヘレン・ケラー女史と同女史を生涯支え続けたアン・サリバン女史の両氏の名に由来します。
 選考は、視覚障害者によって推薦された候補者の中から、当協会が委嘱する視覚障害者の選考委員によって、検討・決定しています。第1回の社会福祉法人全国盲ろう者協会理事長の小島純郎千葉大教授に始まり、毎年1回、選ばれた個人・団体の献身的な行為と精神に対し、感謝を込めてお贈りしています。

2019年度ヘレンケラー・サリバン賞は
独創的点字指導の原田良實(はらたよしみ)さんに

(写真)受賞者の原田良實氏

原田良實氏

 本年度の「ヘレンケラー・サリバン賞」は、中途失明者が習得しやすい点字指導法を考案・普及した名古屋ライトハウス理事の原田良實氏に決定した。
 第27回を迎える本賞は、「視覚障害者は、何らかの形で外部からサポートを受けて生活している。それに対して視覚障害者の立場から感謝の意を表したい」との趣旨で、当協会が委嘱した視覚障害者の選考委員によって選ばれた晴眼者に贈っている。
 贈賞式は10月1日(火)に当協会で行われ、本賞(賞状)と副賞として、ヘレン・ケラー女史の直筆のサインを刻印したクリスタル・トロフィーが贈られた。

授賞理由

 文部省図書館職員養成所(現・筑波大学図書館情報専門学群)を昭和39年(1964)に卒業し、同年4月に名古屋市職員として採用され、「鶴舞中央図書館」に配属され、彼は司書(点字文庫の担当)として25年間勤務する。
 一般利用者のカウンターや奉仕者による点字図書製作の調整など毎日多忙な生活を送りながら、彼は点字図書の利用者を通して、視覚障害者の課題や福祉に対する自分の知識不足を感じた。そこで、働きながら日本福祉大学の2部に通い、昭和45年(1970)3月同大社会福祉学科を卒業。
 この間、彼は昭和40年(1965)から始まった晴盲合同キャンプに参加し、盲青年たちの「もっと山を歩きたい」の声に、昭和43年(1968)に「はくじょう会」という登山やハイキングなどを行う会を組織し、この会は結局41年間継続した。
 中途視覚障害者への点字指導を昭和45年(1970)から始めるが、昭和47年(1972)にベーチェット病患者友の会と支援の会が結成されると、点字指導の希望者が増えてきて問題が出てきた。セオリーどおりに点字指導を行うと、必ず落ちこぼれが出てきたのだ。そこで自分で触読に挑戦してみると、これができない。自分ができないことを無理強いしてきたのかと、自己嫌悪に陥りながら本格的に触読の研究を始めた。

(画像)6点の図

 点字は[図1]のように@〜Eの盛り上がった点で構成されるが、先人の文献を紐解き、試行錯誤の連続で研究を重ねた結果、それまでタブー視されてきた「縦読み」でなら自分でも読むことができた。まず1と4の点を探り、次に2と5の点、そして最後に3と6の点を順に探り、何番の点があるのかを確認するのだ。そうすると6つの点すべてがある「メ」とか、123の点だけがある「ニ」など分かりやすい8つの点字がまず認識できた。
 こうして、昭和52年(1977)頃から異端と後ろ指を指されながら「縦読み」による点字指導を開始。もちろん彼自身、後に「名古屋方式」と呼ばれるこの方法が万能だとは思わなかった。ある程度読めるようになった人にはオーソドックスな横読み方式を薦めた。また、点字指導を始めるにあたって、この方式が邪道だと批判されていることと、この方式以外では、中途失明者の触読は難しかった過去の実例を率直に語った。
 こそこそと名古屋だけで行う地下生活者のような点字指導だったが、中途失明者が点字を読めるようになり、盲学校に入学すると、彼の活動は各方面から注目された。それにつれて鶴舞中央図書館に出入りする視覚障害者の数も増えていった。
 昭和50年代に入るとベーチェット病に加え、糖尿病性網膜症による視覚障害者が増加してきた。昭和52年(1977)、念願であった点字文庫の専任になると、彼は館内に中途失明者委員会と図書館利用者を中心に中途失明者友の会を組織し、病院を回り中途視覚障害者の相談や点字指導を行い、名古屋における視覚障害リハビリテーションの立ち上げに邁進。国際障害者年(1981)には、眼科の高柳泰世医師と協力して愛知視覚障害者援護促進協議会(市川宏会長・名古屋大学眼科教授)を組織して、ボランティアによる視覚障害リハビリテーションを開始。昭和59年(1984)4月には名古屋市鶴舞中央図書館が改築されてオープンするが、新中央館には対面朗読、録音図書制作はもちろん、視覚障害者の文字処理として開発されたばかりの点字ワープロを導入して新しい世界の幕開けを利用者に届けた。同年10月には点字受験による視覚障害者司書の入職に成功。国際障害者年を契機に障害者に対する一般の理解は大きく進み、彼が温めてきた企画は次々と実を結んだ。
 鶴舞中央図書館には後継者もできたので、平成元年(1989)4月、市役所を退職して社会福祉法人名古屋市福祉健康センター事業団に視覚指導課長として入職。オープニングイベントに東京から「ギャラリーTOM」の手で見る美術展を誘致し、名古屋市美術館と事業団の共催で開催した。その後美術館は視覚障害者向けの展示を開催していく。
 原田氏は図書館の次は美術館・博物館という思いもあり、視覚障害を持つ人々のために、日本在住の英国人研究者ジュリア・カセム氏が立ち上げた美術工芸品を鑑賞する「アクセス・ヴィジョンの会」に協力して事務方を受け持ち、視覚障害者とともに美術館・博物館巡りを行った。
 点字指導の「名古屋方式」が日の目を見るようになったのは、事業団時代の平成12年(2000)からである。この年、原田氏は日本盲人社会福祉施設協議会(日盲社協)リハビリテーション部会(現・自立支援施設部会)の部会長だったのだが、「点字指導の研修」をやって欲しいという強い要望が出て、重い腰を上げざるを得なかった。
 日盲社協での研修会の翌年から国立特別支援教育総合研究所の研究員・澤田真弓氏と点字触読指導法の研修会を開催し、縦読み、通常の点字より点間が広く・点も高い「L点字」の触読指導が広く認められるようになった。
 そして、平成16年(2004)に読書工房から『中途視覚障害者への点字触読指導マニュアル』が、澤田氏との編著として上梓されてから「名古屋方式」が全国に広く普及するようになったのである。

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